見出し画像

Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第39話 中国政府による驚愕の情報統制

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/n527e656545ce
 
 この話は2015年7月まで遡る。この当時、氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は香港のフェータイル社(仮名)に勤務していた。フェータイル社はコンテナリースの国際的大手企業で、世界の五指に入るシェアを誇っている。この度フェータイル社はマレーシアで子会社を立ち上げる事になったのだが、その社長に抜擢されたのが氷堂だった。氷堂はその準備を着々と進めていたが、コンテナリース業はコンテナの集積拠点を複数の港に作る必要がある。この点で新会社では中国国内の貨物も多く扱う予定でいたため、氷堂は中国で拠点となる港の選定を続けていた。そして最終的に天津港に拠点を置く事に決めた。
 

 
 天津は北京の東120kmほどに位置する大都市である。首都北京に近いという立地的優位性から、中国北部の物流の玄関口として巨大な港湾が整備されている。氷堂はここを中国の集積拠点とするべく、現地の物流会社と会議を重ねていた。
 
 
 ある日、氷堂の上司でフェータイル社のCOOでもあるアレックスが氷堂に声をかけてきた。
 
「リツ、元気でやっているか?天津港の準備は順調か?」
 
 それに対して氷堂も答える。
 
「はい、お陰様で順調に進んでいます。これまで4回にわたり天津へ出張し、現地の物流会社と交渉を重ねてきました。香港と中国では商習慣も全く違うので大変な部分もありますが、何とか来月には契約に漕ぎ着けそうです。」
 
 それを聞いてアレックスも安心した様子でこう言った。
 
「それは何よりだ。今回の子会社設立に関しては、うちの会社からも数億円が出資されているからな。是が非でも成功を収める必要がある。大変かと思うが頑張ってくれ。」
 
 そう言うとアレックスは席を立った。アレックスの言葉を聞いて、氷堂も「この仕事をやり遂げる」という決意を強くした。
 
 
 さてそれから一か月ほどが経過した。その日は8月12日だった。氷堂は仕事を終えて帰宅し、夜11時30分頃に就寝した。通常氷堂は朝6時頃に起きるのだが、夜中の午前4時に携帯電話が鳴った。寝ぼけまなこで携帯を手に取ると、発信者はアレックスとなっていた。氷堂は「こんな時間に何だろう?」と思った。これまでアレックスが深夜に電話を掛けてきた事など一度もなかったからだ。きっとアクシデントに違いないと氷堂は直感的に理解した。そして氷堂が電話に出ると、アレックスはこう言った。
 
「リツ、起こしてしまって申し訳ない。明日会社で伝えようかと思ったのだが、とにかくテレビを点けてみろ。天津が大変な事になっている。」
 
 その言葉を聞いて、氷堂はテレビの電源をオンにした。するとそこに映っていたのは信じられない光景だった。天津の浜海新区で化学物質が発火し、大爆発を起こしていたのだ。
 

 
 報道によれば、この爆発による死者は100名を超える可能性があるらしい。そしてこの天津の浜海新区こそ、氷堂が新たなコンテナの集積場所に選定した地域であり、現地の物流会社の所在地も正にこのエリアだった。
 
 氷堂はテレビを見ながら絶句し、一人で呟いた。
 
「これは大変な事になった…」
 
 するとアレックスは電話越しにこう言った。
 
「リツ、見ての通り、天津は大惨事だ。リツはできる限り早くフライトを手配して現地に向かってくれ。もし今回の爆発が我々の提携先に及べば、ここまでの投資も水の泡になってしまう可能性がある。宜しく頼んだぞ。」
 
 そう言うとアレックスは電話を一方的に切った。その後も氷堂はテレビを眺めていたが、そこには延々と燃え盛る倉庫群がただ映し出されていた。それで氷堂はすぐに天津行きのフライトの手配に入った。しかしその後に氷堂が天津で目の当たりにしたのは、凄惨な現場と、中国政府による驚愕の情報統制だった。

ここから先は

6,001字 / 7画像
マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?