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子どもには表現の「場」をたくさん与えてあげたい。

最近、スーパーマリオメーカー2を買って息子(4歳)と遊んでいる。

ゲームによって息子の志向性がわかったため、簡単にまとめてみます。


ゲームは『争い』→『創造』へ

私がゲームをはじめたのは6才くらいだったと思うんだけど、はじめは「スーパーマリオワールド」とか「星のカービィ」なんかで遊んでいた。それから「ストリートファイター」「鉄拳」などのバトル系、「FF・ドラクエ」のRPGへ流れていった。

※超魔界村という鬼畜ゲームにもはまってたな・・・。

どちらかと言うと『仮想敵を蹴落として「ゴール」へ向かう系』、といったところだろうか。

私の息子もはじめのうちは『仮想敵を蹴落として「ゴール」へ向かう系』で遊んでいた。ヒカキンに影響を受けて「青鬼オンライン」なんかもやってた。

でも最近、スーパーマリオメーカーでコースばかりつくっている。コースを遊ぶのでなく、つくるだけ。

そこで、ふと気が付いてツイートしてみた。

今の世代の特徴なのか、私の息子だけなのかわからないけど「誰かと争うこと」にはあまり興味がないように感じる。

そう感じたもう1つの事象は、息子が好きなストライダーを乗っているとき。beforeコロナ時はストライダーの大会が全国で実施していて、私も2度ほど息子を連れて参加していた。

そこでは10人程のキッズたちが一斉にスタートして順位を決める、という紛れもない「レース」なのだけど、息子にとっては「同じゴールを目指して走る仲間」として見ているんじゃないか!?と私の目に映った。

余談だけど、ストライダーのマーケティング戦略はめっちゃ好み。

↓の企画もとても秀逸です。

5歳になってストライダーを卒業したストライダーキッズたち。
当時を振り返り、そして今何を感じるのかそんなストライダー卒業生を追う企画です。


子どもが個性を表現できる場をつくる

ギリギリ昭和生まれの私は、昔から「比較されること、誰かと争うこと」を通して成長すべき、という考え方を半ば押し付けられてきた。そして学歴や就職する会社がステータスになる時代に青春を送っていた(ように感じる)。

でもずっと、その考え方には疑問を感じていた。どうして1人ひとりの個性が違うのに、同じ競技で争わなければならないのだろう、と。

個性を活かした競技でそれぞれが輝ければそれでいいじゃないか、という考えは、33歳になった今も変わっていない。


だから息子にとって「共に争うこと」ではなく「共に創る」ことができる場所・機会をもっとたくさんつくってあげたい、と感じている。さらに息子自身が「自分の哲学・思想を世に表現できる手段」をもっとたくさん身に着けてもらえるような機会づくりをしていきたい。

音楽でも、絵でも、ゲームでもいい。彼が彼自身を1番表現できると思えるモノを気づけるといいなぁ、そこまでのおぜん立てはしてあげたいなぁと思っています。

親は子どもの熱狂的な、1人目のファンだから、これからも成長を楽しみながら見守っていきたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


◎twitterやってます


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