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血液は循環しているということ。システムの中でフィードバックがあるか・ないかが健全さを測るモノサシとなるではないだろうか。

今日は『血流がすべて解決する』(著:堀江昭佳)より「血流は細胞レベルで、あなたの体を変える」を読みました。

「血流が悪い=血流ドロドロ」ではない。およそ9割の人は「血流チョロチョロ」つまり血の量が不足しており、栄養やサプリメントで補ったとしても流れるものも流れない状態になっています。血が不足している状態のことを「血虚」といい、まず何より「血の量を増やすこと」が重要となります。

血流が悪い=血流ドロドロという先入観を持ってしまっていましたが、問題の真因を特定せずして、正しい理解なくしては解決は難しい。そのことを再認識したのでした。

大切な血流の働きですが、そもそも、なぜ血流が生まれたのでしょう?
その秘密は、生命の誕生にまでさかのぼります。今から約四十億年前。初めての生命は海の中で生まれました。そのころの生物は、単細胞生物といってたった一つの細胞でできていました。そのころは、血液は必要ありませんでした。当時の生物は直接海水から必要な酸素や栄養を取り込むことができたからです。その後、進化によっていくつかの細胞が集まった多細胞生物になっていきます。このとき、生物は海水を体の中に取り込み、それを体液としました。今でも海水がそのまま血液の代わりに全身を流れる仕組みを持っている生物もいます。

ルーツをさかのぼることで視界が開ける。「なぜ血流が生まれたのか?」という問いは血流を考える上で根本の問いです。たしかに言われてみれば、「人の身体が血流を必要とするように進化したから」と答えたくなります。

何より血流を必要とせず、海水から酸素や栄養を直接取り込む機能を備えていたというのは驚きでした。ほとんどの人は陸上で生活していますし、身近に海水が存在しません。もし海水から酸素や栄養を直接取り込む必要があるならば、陸上生活への移行は叶わなかったのでしょう。

海水が血液だったということは、血流の重要性を考えるうえでとても大きな鍵になります。海では常に潮の満ち引きや海流によって新鮮な海水が流れています。その中で、原子の細胞は生活していました。今の人間の細胞も同じです。血液という海がしっかりと流れることで、そして新鮮な血液が常に供給されることで、ぼくたち人間をつくっている細胞は生きていくことができます。心臓の鼓動で生まれる脈拍は海の波ともいえるでしょう。心臓が止まり、血流が止まるのが死です。血流は細胞一つひとつを支えることで、生命そのものを支えているのです。

「心臓の鼓動で生まれる脈拍は海の波ともいえる」

著者のこの言葉がとても印象的でした。寄せては返す波のように、心臓は一定のリズムを刻んで全身に血液を送り出しています。全身をたえまなく血液が巡り、常に新鮮な血液が隅々にまで行き渡り、細胞の一つひとつを支えている。

そして、送るだけではなく戻ってくること。流れの循環こそが健全さを保ち続ける秘訣でもある。何かを送りっぱなしにするのではなく、受け取った側からのフィードバックがあること。フィードバックがない状況というのは、健全さが損なわれている状態と言えるのかもしれません。

たった一つの細胞で生物が生きていた四十億年前と違い、今や人間には全身に六十兆個もの細胞があります。その六十兆個に酸素と栄養を届けるのは、非常に大変なことなのです。そのために、全身にある細胞のなんと三分の一、二十兆個が血液の細胞です。(中略)人間の体をつくっている細胞一つひとつに、酸素や栄養などを届けるのが血の仕事。血を増やして血流をよくするというのは、細胞レベルで体の働きを活性化し、重大な病気や不調になるのを防ぐということなのです。

人間の細胞六十兆個に対して、血液細胞は二十兆個もある。全体の三分の一が「媒質」であるということ。

血管にも動脈・静脈と毛細血管がある。道にたとえると、高速道路と一般道のように「太く遠くまで届く流れ」「細く近く隅々に届く流れ」の2種類があるということ。

全体としてみれば「木」のように適度に枝分かれしていて「粗」であるのに対して、近くでは毛細血管が根のように張り巡らされていて「密」であるということ。

社会的ネットワークにおける情報やアイデアの流れも「ネットワークが適度に粗で、適度に密であるときに最も効率的に流れる」ことと、どこか重なるように思ったのでした。

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