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ストレスまみれの「繊細さん」の半生

 生まれた時から育てずらい子供だった。寝つきが悪く、やっと眠ったと思って布団に寝かせると火が付いたように泣き始めた。この子は疳の虫(かんのむし)が強いと言われ、祖母に宇津救命丸を飲まされた。生まれつき心臓に欠陥があったこともあり、病気がちで母に苦労をかけた。

 環境が変わると慣れるのに時間がかかり、なかなか人と話すことができない。特に大勢の中に入ると自分の意見を言うことはおろか、顔を上げることすらできなかった。誰かに身体上の欠陥を指摘されからかわれると、そのことばかり気にしてしまい学校に行きたくなくなった。近所の子供のおさがりで、女の子が着ないような古い服で学校に行くと、みんなが自分のことを話しているような気がして気になって仕方なかった。突然おなかが痛くなることはしょっちゅうで、中学の時にバリウムを飲んで検査をするところまで行った。結局胃の形が少し変わっているだけで、器質的な問題はなにもなかった。

 洗剤が変わるとにおいが気になって頭痛や吐き気で体調が悪くなった。少しでも汚れの残った食器類は使えなかったし、テーブルの上に落ちた食べ物も汚い気がして食べられなかった。母は私を「神経質な子」だと評価した。

 父親はよく怒鳴り、物を投げつけ、大きな音を立ててドアを開け閉てした。そのたびにビクッと飛び上がり、しばらく動悸が止まらなかった。物音が気になり勉強にも身が入らず、皆が寝静まった深夜にならなければ集中できなかった。いろいろなことを考えすぎて大学受験にも失敗した。

 大人になってからはさらに拍車がかかり、慣れない環境にいると息が苦しくなった。ふと気づくと呼吸をしていなかった。周囲の目や反応が気になってしまい、仕事に集中することができない。閉じられた落ち着ける「自分の居場所」と感じられる場所では逆に、集中しすぎて他者の呼びかけに気づくことができず、無視したと思われないかとビクビクしてしまう。知らない人の多い飲み会は苦手だけど、親しい人と一緒だと楽しくて楽しくて、家に帰ると反動でヘトヘトに疲れてしまうのに、いざ寝ようと思うと神経が高ぶってなかなか寝付けない。

 人混みが苦手で、特に同質の集団(同じ制服を着ている、同じような年ごろ、男性ばかりの集団など)の中に入ってしまうと落ち着かなくなり、その場にいたたまれなくなってしまう。人が多すぎて自分のペースで歩けない場所にも長くいられない。四方から大勢の人がこちらに向かってくる渋谷のスクランブル交差点などは恐怖しかない。

 機嫌の悪い人がいると、その人の気分に影響され自分まで気分がささくれたり暗くなる。段取りを綿密に組んで行動するのが好きなので、突発的なことが起きて予定が狂うとバタバタしてしまう。ナースステーションの机の上が散らかっていると仕事に取り掛かれない。誰かが散らかしたものを片付けて、いざ仕事をしようとするとナースコールが鳴って、対応して戻ってくるとまた散らかっていてイラッとする。予定通りにものごとがこなせないと自分は駄目だと思い落ち込んでしまう。相手の気持ちがわかるため気を利かせすぎて、何でもかんでも自分で抱え込み負担を増やし、しまいには自分の中の何かが切れてしまう。

 でも、悪いことばかりでもない。

 人がスルーしてしまうような小さなものごとが目に留まり、深く考えたり感動したりする。すべてのものに意味を見出し、自分の心の肥やしにすることができる。芝居や映画、ドラマや小説なんかに感動して、登場人物一人ひとりの思いや考えに共感することができる。患者や家族、同僚や部下の言葉に耳を傾け、思いを汲み取ることができる。しかし、感情の振り幅が激しいため揺り戻しが強く出る。とっても楽しいか、とっても淋しいか、とっても幸せか、とっても不幸か、どちらかしかないような不安定さをいつも抱えてる、そんな人生を送ってきた。

 生まれてこのかた、ずっとそうだったので、これが普通なのだと思っていた。ほかの人たちはうまく対応できるんだろう、私がもう少し鈍感になればいいだけの話だ。私が神経質なのがいけないんだ、うまく感情を処理できないのがいけないんだ。周囲の人に振り回され、感情をすり減らし、うまくコントロールできないのは、自分が悪いから。生きるのが苦手だから。だからって死ぬわけにはいかないから頑張るしかない。そんな風に生きずらさを引きずって、今の今まできてしまった。

 でも最近、この生きずらさの原因がわかった。自分がHSP(Highly Sensitive Person)であるということに気づいたのだ。

 HSPとは、アメリカの心理学者であるエレイン・N・アーロン博士が提唱したもので、直訳すると「とても敏感な人」という意味になる。だいたい5人に1人程度の割合でHSPは存在するらしいので、さほど珍しいものではない。現に私の周囲にもHSPではないかと感じる人が何人かいて、その人たちの感じ方は手に取るように理解できるし共感できる。

 HSPかどうかの診断はいくつかあるようだが、以下のサイトからお借りした診断項目は25個あって、私は20個該当した。半分以上当てはまるとHSPの可能性が高いとのことなので、私の場合はかなり重症のようだ。

 1.人の気分に左右されやすい
 2.大人数の飲み会や集まりが苦手で、いつも居心地の悪さを感じる
 3.急な予定変更にパニックになってしまう
 4.疲れやすく、1人の時間が欲しいと感じる
 5.友達が狭い範囲に少ししかいない
 6.人の輪に上手に入っていくことができない
 7.好きな人や友達、職場の人などに本音で話せない
 8.すぐ人を好きになったり、相手に依存したりしてしまう
 9.職場で周りの目が気になる
10.小さなミスにも激しく動揺する
11.一度に複数のことができない
12.ミスが怖くて仕事に時間がかかる
13.仕事を頼まれると断れない
14.怒っている人やトラブルを見ると落ち込む
15.同僚との雑談や表面的な会話が苦手
16.仕事で注意されると、自分が全否定されたような気になる
17.人混みで疲労困憊する
18.いまの仕事が向いてない気がして転職を繰り返してしまう
19.体調がすぐれないことが多い
20.ちょっとしたことで落ち込みやすい
21.職場異動や席替えなど、環境の変化にうまく対応できない
22.相手が望むとおりにしようとして疲れてしまう
23.時間にいつもギリギリ、もしくは遅れてしまう
24.自分で決めるよりかは他人に決めてもらう傾向がある
25.結果を出そうと頑張りすぎてしまう

 「とても敏感な人」という特性は、一見看護師という職能に向いているように思えるが、実はそうでもない。他者の感情がダイレクトに流れ込んできてしまうため、ただでさえ感情労働と言われ心理的に疲弊しやすい看護職にとっては、あまり長く続けられる仕事であるとは思えない。今更のように看護師に向いていないのではないかと感じた理由の一つがこれであり、もう少し客観的に他者を見つめ、理性的に考え判断できる人の方が、患者にとって最善の看護を提供できるように思える。

 看護師として働き始めてこのかた、ほかの仕事をするとかフリーになるとかなんて考えたことすらなかった。大変だの疲れるだの思うのは自分にこらえ性がないからであって、生きていくためには頑張って看護師を続けていくしかないと盲目的に信じていたが、このように根本的に他の人より辛さを感じやすい特性である以上、無理して続けることはないのだと、肩の力を抜くことができた今は、かなり気持ちが楽になった。

 HSPについて書かれた本はいくつか出版されているが、最近読んだものだと武田友紀さんの「『繊細さん』の本」がとても読みやすくわかりやすい。著者の武田さんはご自分もHSPで苦しんだ経験から、今ではHSPの人専門のカウンセラーとして活躍されている方である。

 この本の中で、HSPの人は「繊細さん」と呼ばれている。この呼び方はとてもしっくりくるもので、sensitiveの和訳である「敏感すぎる人」よりはカジュアルで劣等感を感じにくいいいネーミングだと思う。一方、HSPでない人々のことは「非・繊細さん」と呼んでいて、HSPもそうでない人も優劣をつけていないところが好ましい。繊細さんが辛さを感じずに、非・繊細さんの多い社会で生きていくための考え方などが、楽しいイラストともに書かれている。

 もしも自分がHSPではないかと思い当たり、そのことで苦しんでいる人がいたとしたら、この本は入門編としては最適なので、一度手に取ってみることをお勧めしたい。

 

 

 

 

 

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