日本の幸せ、アメリカの幸せ
● 命題「欧米的ウェルビーイングは、日本的ではない」
「アメリカ人にとっての幸福と、日本人のそれは違うはずだ」という、当たり前のようで、きちんと研究しなければ明らかにならないテーマ。
通称「安藤プロジェクト」(※1)をご存知だろうか。
文科省系の研究プロジェクトである。アプローチがたいへん面白い。
まだ研究期間が終わっていないので、その土台となる知識を何回かに分けて書いてみようと思う。以下は、ドミニクチェン氏がWIREDに寄稿した内容をもとに、僕なりに原著を読み直して深めたものだ。
● 幸せなのは運?自分の努力?
日本人は、自分の幸せは「運」によってもたらされるものだと考える。
2016年に発表された心理学の研究論文(※2)では、現代アメリカ人は幸福を能力や努力で獲得するものだと捉えており「運は考えない」。きっぱりとそう書かれている。科学論文なので、読んでいてけっこう衝撃的だった。
運による幸福(運勢型:luck-based happiness)は日本の他、中国やノルウェー、ロシアなど24か国に見い出せる。興味深いのは、アメリカでも1920年代までは運勢型だったこと。この研究では、200年以上にわたって毎年のアメリカで出版されたすべての書籍物を言語解析し、そのように結論付けている。
現代アメリカ人は決断の回数が多い人生を送っていることが特徴であり、そのため「運」という要素を幸福から切り離しているのではないか、とも考察している。これは興味深い観点だ。
「幸福」を「成功」に置き換えても同じだろう。日本人は「幸運もあって私はうまくいった」と考えるのに対し、アメリカ人は「うまくいったのは俺の努力と能力が足りたからだ」と、まぁ、そういうことになる。
ここで考えさせられるのは、逆に不幸や失敗についてアメリカ人はもっぱら自らを責めるのではないか、ということだ。
どちらが幸せなのかは微妙。なぜなら論文ではさらに踏み込んで次のようなことも書かれているからである。
日本型の場合、良いことが起こると「次は悪いことが起こるに違いない」と考える。
アメリカ型の場合、良いことが起こると「同じように次も良いことが起こるに違いない」と考える。
● 感情はどこに?
もうひとつ、注目すべき論文がある(※3)。
感情(Emotion)が自分のどこから湧くかという、下のような図。
こちらも立派な科学論文に書かれているもの。詳しく書かないが根拠もきちんと示されている。
日本人は、周囲の人との関係性の中から感情が立ち上がる。アメリカ人は違う。あくまでも自己の中からのみ、感情は生じるという解説である。つまりアメリカ人は他者とのやりとりのなかで悦びや怒りが湧いたとしても、あくまで「その刺激を受けた自分」の内側から、感情が湧いたというとらえ方である。
幸福のイメージも、根本にある感情のイメージも、日本とアメリカではまるで違う。
したがって、欧米から輸入された「ウェルビーイング」の知識やノウハウは、日本に適用できない、というのは明らかだ。
日本型とアメリカ型の価値観は、人間関係にも非常に密接に影響を与えている。次回はそのことを書こうと思う。
Urano, the luck-based happy man
※1:フルネームは長いです。「日本的 Wellbeing を促進する情報技術のためのガイドラインの策定と普及」(研究代表:安藤英由樹大阪大学准教授, 2016年~2019年, 科学技術振興機構)
http://www.jst.go.jp/ristex/hite/community/project000081.html
※2:ヴァージニア大学の大石繁宏先生(心理学)の論文です。
S. Oishi, J. Graham, S. Kesebir, and I. C. Galinha (2016). Concepts of Happiness Across Time and Cultures: Personality and Social Psychology Bulletin, 39, 5
※3:京都大学の内田由紀子教授らの研究。オリンピック選手のインタビュー内容を分析するなどの手法を使っています。
Uchida, Y., M., S. S., Markus, H.R., & Bergsieker, H.B.(2009). Emotions as Within or Between People? Cultural Variation in Lay Theories of Emotion Expression and Inference. Personality and Social Psychology Bulletin, 35(11), 1427–1439.
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