『物』から学んでいる、日々を大切に、丁寧に、愛す気持ち。
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『物』から学んでいる、日々を大切に、丁寧に、愛す気持ち。


最近、物を持たない暮らしがすきになってきた。
考える負担を減らし、心地よく過ごすための環境の整理をしているように感じる。物を持つことは、選択が迫られるときが自ずとやってくる。

使い古した物の変えどき。または、使っているけれど、新調したくなるものかで、そのまま取っておくか、断捨離するかで迷ったりする。あるいは、全く別のものが欲しい時。物が増えることを想定して買わないといけない時もある。その悩む時間が大きいほど、負担を感じる時もある。


……そんなときは、日々の中で、最近活躍しなくなったものは捨てた方がいいことに気づいた。
『物』も、その時その時の『旬』があったりする。それは、その時に必要だったもので、今も必要だとは限らない。だから、置き去りにされたままで残っていたりもする。


物って、いま現在の自分の人生ストーリーを映し出してくれたりする。暮らしぶり、夢中なこと、日々で欠かせないものーー。それは、永遠に必要なものではなかったりするものも潜んでいる。

それが、時の流れように、ごく自然に移り変わる『心境の変化』だったりするから。あらがわなくても、そのままの自分を受け入れるように、以前愛用していたものという「過去」と、清くお別れできたりするようになってきた。それが『思い出』という『経験』と重ねているんじゃないかと思う。


よく考えたら、『その時その時に必要な、生きる力、支えになってくれる物』に、いつも助けてもらっている。物に自分のストーリーを収めたりして。


そんなふうに、日々の過程を、物を通して眺めているかのようだなぁ。だからこそ、いま力になってくれる『物』は、よくよく深く、考えてみる必要がある。「必要なもの」を判別をしながら、心も整えていくように。


掃除も苦手だから、できればその負担を減らしたいと常に思っているけれど、ようやく最近わかってきたことがある。『心の断捨離』が出来たら、ある程度、最低限の片付けはできるようになること。整理できるようになるには、まず、自分のできる範囲内という基準に留めておく必要もある。

物が多くあると、片付けの負担になったり、迷いが生じやすい。そのために、物はあらかじめ増えないようにすることが1番だと分かってきた。

だいすきな洋服も、普段よく着る服なんて、実際は限られていたりする。欲しくても、その時の環境によって着られない領域になるのなら、あえて持たずに、着られる物を持っていた方が良かったり。

特に、子育て真っ盛りの今はそう思う。オシャレするのも、子供と動きやすい服が最優先。子供と過ごしながらも、満足して着られるお気に入りの服にすると、気分も良くなる。

だから、よく活用する洋服のメンバーなんて、ワンシーズンに上下3着くらいあれば、立派なんじゃないかと思ってきた。この前断捨離した時に、随分服を減らしたけれど、確かそれくらいの数になってたかも……!?

物を持たないようにしたくなるシンプルな暮らしということは、『いまホントに必要な物』を見極めて、大切に。丁寧に。懸命に愛したくなるものを持ちたくなることかもしれない。そして、その『循環』をし続けていくことなのかもしれない。

人生でホントに欠かせないものって、「自分の目の届く範囲内に置いておきたくなる」ものだから。

その都度移り変わってゆく心の成長と共に、『必要なこと』も新調して、切り替えていくことが必要だったりする。人生って、その『循環』をし続けることなのかもしれないな、なんて思ったりする。それによって、日々の充実さが増し、「満たされる幸福度」が潤ってきたように感じている。



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ちび助2児の母。子育てを機に繊細でも意識だけで生き方が変化する。カウンセラー(5年)→現フリーランス。主にWebライター。 こぼれないように物思いに漏らして書く、 『それでも過ぎ去る私の素敵な日々』の思考観察記録。 人生探しの文章をエッセイ調の日記で綴ります。読むことがすき。