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『いま俺はこの世でいちばん幸運なのではないかと』


呼び鈴が鳴る


ふだんなら集金か勧誘しか来ないから

無視をするところだけども


きょうは午前中に隣室がバタバタしている様子が

伺えたせいもあって何故かドアの覗き穴を…


アタリ!


俺と同世代の女子


「初めまして、きょう隣に越してきたSと申します」


いまどき一人暮らしの賃貸で挨拶に来てくれるなんて

もしかして俺に気があるんじゃないかなどと

邪推するもちろんそんなはずはない


「これよろしかったら」


菓子折りを手渡される俺はお構いなくと言いつつ

手を伸ばしちょっと彼女の手と重なる

礼の言葉を述べながらひゅいっと引っ込める


「お騒がせすると思いますが、今後ともよろしくお願いします」


せっかくですからうちでお茶でもなんて

言えるわけがないしだいいちこんな汚い部屋に

初対面の異性など招き入れられるわけがない


思い立った俺はまず

床に散乱したゴミや荷物を捨てるなり寄せるなりして

ちょっと掃除機をかける


それから押入れに詰め込んだままの

雑多なあれやこれやを断捨離しようと意気込む


卒アルじゃん


気付けば掃除機をかけ終わってから

二時間近くが過ぎていた

おそらく自分の馬鹿な作文以外は

隅から隅まで見尽くし読み尽くしたと思う


いかんいかんいくら暇だからって

大掃除の最中じゃないかと卒アルをバタっと閉じる


あっ


SさんってSさんかよ


もう一度アルバムを開く

うん面影がある間違いない


学年で一位とは言わないけど

トップ10には入る美人さん


へえぇと何故か仕切りに感心する俺


もしかして俺に気があるんじゃないかなどと

邪推するもちろんそんなはずはない


せっかくですからうちでお茶でもなんて

言えるわけがないしだいいちこんな汚い部屋に…


片付ければやっぱりワンチャンあるかな


妙に奮い立った俺は

猛烈な勢いで部屋の片づけと掃除を完遂

我が前線基地は

見事引っ越したてさながらの佇まいに戻ったわけ


それからなんとなくシャワーを浴びて

なんとなく缶チューハイを開けて

なんとなくネットを徘徊していたら


またピンポンと鳴る

集金でも勧誘でもないだろう

やっぱり

覗き穴の先にはSさん


本来ならばこちらからお伺いするところをすみません


「あのぉ…もしかして、K君?」


彼女が両手で抱えているのも俺のと同じ卒アル


俺はKだけどもしかしてSさん?っと俺が返すと

やっぱりK君だったんだ最初は人違いかなって思ったけど

K君で良かったと微笑む彼女


「まさかK君の隣に越してくることになるとはねぇ」


運命っていうのはこういうことを言うんだなと俺は確信


「もしK君が良かったら、まだ片付いてないけど、夕飯こっちで一緒にどう?」


待ってました


本来ならばこちらがお招きするところすみません


内心は快諾なんだけど小さなプライドが邪魔をして

脳内で予定を確認するふりなどをし

オッケーの返事をする


「じゃあ六時ごろ、待ってるね」


そう言って隣室に消えていった彼女を見送りつつ

いま俺はこの世でいちばん幸運なのではないかと

まさに有頂天の気分になっていた


その5分後


宝くじの一等が当たるよりも低い確率で

隕石が自分の部屋に直撃し

屋根を貫通して俺の頭に当たるまでは









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