『"1年ごとに1歳ずつ加齢する"欄』
「馬鹿だな、チェック外さなかったの?」
そう言われて少しムッとしたけど
僕はコーヒーを啜って
ゆっくりと飲みこんだ
せっかくの休日ほんとうは
自宅でのんびりしたかったけどこうして
カフェで友人Nと話している
「しょうがないよな、おまえが書くわけじゃないからな出生届は」
お互いにもう家庭を持っていてもおかしくない年頃
現に同級生はどんどんと結ばれていき
祝儀貧乏なんて言葉が身に染みる
僕が何の気なしに
「歳はとりたくないよな」
なんて言ったものだから
Nはオレンジジュースを吹きこぼしそうになり
慌ててそれを抑え込みながら
僕の目を覗いた
Nが言うところによると出生届には
"1年ごとに1歳ずつ加齢する"
という欄があって
そこに元々チェックが入っている
そう教えてくれた
つまり1年に1歳加齢するというわけ
当たり前だけど
その欄は出生届の隅の隅
とても小さく作られているから
99.9%の人間が気づかないまま
生まれた我が子が毎年自動で歳を喰っていくように
設定された状態で
そのまま提出するらしい
じゃあNはどうかというと
両親がしっかり
"1年ごとに1歳ずつ加齢する"欄の
チェックを外していたという
チェック欄の下には自由記述欄があるらしく
加齢の仕方を自由に設定できるのだとか
「俺の場合は親が16歳で止まるようにしといてくれたんだよね」
いつ死んでも享年16歳か
Nとは中学からの付き合いで
同じ年数生きているのに
僕の半分の年齢じゃないか
「だから死ぬまで俺は働かなくていいんだ」
どおりでNは生まれてこのかた
一切の職業に従事していなかったわけだ
それどころか高校も中退している
そして"普通なら"三十路を過ぎたいまもこうして
僕の貴重な休日のひとときを奪って
自分の立てた妄想
都合の良い妄想を
一方的に話す
思えば僕とNの関係は中学の頃からずっと
こんな感じで変わらないなと
苦いコーヒーを啜りながら思う
明日僕は仕事がある
明日もNはのんびりしている