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第17話:役割

 九十歳のぶっこちゃん、自分の生活動作以外に日々特にせねばならないことは無いわけであるが、幾つかの仕事を担っている。彼女にとっての仕事とは、もちろん賃金に変換されるものではない。最大の意味合いは「生きている証」であろうかとしのぶは考える。
 人は社会の中で生きていて、ぶっこちゃんは特に幼少より人にまみれて生きてきた。人との関わりで、何かを行い、それが誰かの役に立っていると実感できることが彼女の喜びだとしのぶは見ている。
 年老いて弱ってきたからといって全てを与えられて誰の役にも立てずに暮らす日々は苦痛だろうと考えた。
 そこで必要になってくるのが「役割」である。しかも、人と関わったり誰かの役に立っていることが重要である。
 ごえんさんのお供は誰に言われるでもなく、ぶっこちゃんの重要な仕事になっている。
 今日は午後より洗濯物たたみを依頼した。タオルと、ぶっこちゃんの衣類である。
「ぶっこちゃん、これたたんでくれる?」
「あ、タオルやな」
 嬉しそうである。任しときと言わんばかりに手が動く。
 たたみ方は気にかけない。要は、概ね小さいサイズに折りたたまれていたら良しとする。
 時折、手が止まって一点を見つめている。何かを考えているのかもしれないし、無の世界に居るのかもしれない。
 暫くして見ると、全てたたみ終えた様子で洗濯物をカゴに入れている。
「ありがとうぶっこちゃん、助かるわぁ、次はこれお願い」
 ぶっこちゃんからカゴを取り上げて、今度は目の前にいんげん豆を置く。
「え、何や?」
「筋取ってくれる?」
「人使い荒いなぁ」
 言いながら、やはり嬉しそうである。
 ぶっこちゃんの手の動きは早い。やはり長年主婦をおこなってきているだけあって、慣れたことをするのは得意なようで、手が勝手に動いている。
 今度はぼーとする間もなく、すぐに作業を完了させた。年々、可食部分の廃棄が増えていくのは少し気になるが、目をつぶろう。
 他にも様々な役割を、ぶっこちゃんは担っている。結構忙しいのだ。
 中でも最も大きな役割は、しのぶに付き合うことだろう。会話したり、一緒に写真を撮られる。笑顔にさせられ、撮られた写真は加工されて勝手にSNSに投稿される。
 しのぶとしては、とにかくぶっこちゃんに笑っていてほしい。彼女が笑ってさえいれば同居を選択した自分が報われるのだ。なので、日に一度は必ずぶっこちゃんの隣に座ってちょっかいを出す。
 いんげん豆の作業を終えたぶっこちゃんは、おもむろに立ち上がった。
「ちょっと疲れたわ、寝てこよっかな」
 などと言って、よたよたと寝室とは逆の方向に向かった。
 ふいに、首を振っている扇風機に手をつこうとして、よろめいた。
「こら、じっとしてろ!」
 そんな様子を見て笑いをこらえるしのぶ。
 ぶっこちゃんは案の定、お気に入りのソファに座り込んだので、追いかけてしのぶも横に腰を下ろした。
「なんやのん」
「なんもない」
 まどろみの時間が始まる。
「ちょっとおなかすいたかも」
 ぶっこちゃんが言う。
「ミスタードーナツ食べたいなぁ」
 しのぶが言ってみる。
「やっぱり、あそこのが一番美味しいなぁ」
 ぶっこちゃんが話に乗ってきた。
「そんなに色々食べたことあんの?」
「あそこのしか食べたことないけど」
 真顔のぶっこちゃんに、しのぶは思わず笑ってしまた。
 訳が分からず、ぶっこちゃんがつられて笑った。
 

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