見出し画像

建築事務所のいろいろ_才能よりチャンス

「建築家は才能よりチャンスだと思う。」

と数年前、一番尊敬するある日本人建築家が私に言った。世界でも成功しているこの建築家から出た言葉は、とても衝撃的だった。
BIGニューヨーク事務所ができたきっかけも、それだったかも知れない、と思う。

2000年代初期、ニューヨークの老舗デベロッパーDURSTの社長が、コペンハーゲンで講演をした。彼は自社の功績を発表し、いかにデザインの優れた建築物を創り出しているかを話したそうだ。
そこで手をあげた青年がいた。彼はその初老の社長にこう質問を投げかけた。「素晴らしいデザインといいますが、ではなぜあなたの建物は他の建物と同じ様に四角い箱なのですか?」
こんな質問を投げかけたのが、コペンハーゲンに事務所を構えるまだ20代のビアルケだった。

この質問に社長はきっと、はっとさせられたのだろう。この青年は面白い。これをきっかけに、親子ほど年の離れたDURST社長とビアルケの会話が始まったそうなのだ。(写真下:ビアルケと社長。Photo by James Andrachuk)

そして、数年の交流を経て、DURSTはこの若者にある建物の依頼をしたのである。この建物がマンハッタンに異彩を放ってそびえ建つVIA57、そしてBIGがニューヨークに事務所をオープンさせたきっかけともなった建物なのだ。VIA57はヨーロッパの中庭式とマンハッタンの高層建築を混ぜ合わせた住宅棟で、日光とハドソン川への景観を最大限にするために、敷地の3点を低く、そして北の陸側を持ち上げる形だ。結果、まるでピラミッドのような建築が生まれた。

建物の依頼を受けるというのは、そう簡単なことではないが、きっかけは意外なところにあったりするものだ。
もしあの講演の場にビアルケがいなかったら、もし頭に浮かんだ質問を率直にぶつけなかったら、もしかしたらBIGの今はなかったかもしれない。きっと社長がはっとさせられ、交流が始まった時、ビアルケはそのチャンスを最大限に活かしたのではないか。

でも「建築家は才能よりチャンスだと思う。」の言葉の裏にあるもっと重要なことは、いつチャンスが来てもいいように準備を怠るな、という事だと思う。
きっとビアルケもそんな準備をし、自分の引き出しを豊にしていたのだと思う。そうでなければ、普通のデベロッパーが求める金銭的利益を求めた四角い建物とはまったく違う、VIA57の様な建築を実現させることは出来なかったはず。そしてこの建築を現実にしてくれたDURSTも素晴らしいと思う。

時にはやりたくない仕事もやらないいといけない。でも目の前の仕事に集中し、いい仕事を心がけ、いざチャンスが来た時いつでもそれをつかめるように、この年になっても、前と変わらずそういうことを思いながら日々過ごそうと思う。

つづく

(追伸:ここ数日、ニューヨークの最高気温は36度。湿気があまりないのが幸いですが、暑さで大停電がおこったり、地下鉄が止まったり。。。インフラがとても弱いのです。写真下:遠くに見えるのは建設ラッシュのダウンタウンブルックリン。四角いハイライズがニョキニョキと建っています。)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?