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#こんな学校あったらいいな 「秘密のポスト」

 4月、まる先生がぼくの学校に来た。まる先生は顔も体も丸い。
「私の名前は丸山勝子です。校長先生じゃなく、まる先生と呼んでください」
 始業式でまる先生があいさつした。クラスメイトは「名前とピッタリじゃん」「本当に丸くてウケる」とヒソヒソ笑っていたけど、ぼくはすぐに気に入った。

 まる先生が来てから、色々と変わった。ろうかや教室にはってあった紙がなくなった。「団結」とか「みんな仲良く」とか。あと、毎年やってた2分の1成人式も今年は中止にするんだって。お父さんやお母さんや学校の近所の人の前で、4年生が1人ずつ感謝の手紙を読むんだけれど、去年やったとき、ぼくはすごく恥ずかしかった。今年の4年生がうらやましい。

 ある日学校に行くと、昇降口を入ってすぐのところに赤くて四角いポストがあった。何人か集まってのぞいている。
「おーい、早く教室に入れー」
 しのだ先生が来て声をかけた。大きくて明るくて運動が上手で、人気があるけど、ぼくはちょっと苦手だ。朝のホームルームでしのだ先生がプリントを配った。

 今日から「秘密のポスト」を置きます。みんな、手紙を入れてください。書きたいときでいいです。宿題ではありません。名前は書いても書かなくてもいいです。マンガでも詩でも絵でも大かんげい。ルールはひとつだけ。ウソはダメです。手紙を読むのはまる先生だけです。返事がほしい人は、手紙の最後に大きなまるを書いてください。それでは待ってます。丸山勝子

「5年1組しのだチームはみんなで書いてみよう!来週の月曜までな!」
 しのだ先生が大きな声で呼びかけた。みんな大きな声で「はい」と返事をした。しのだ先生はうれしそうに笑っていた。
「あほくさい」
 先生が出て行った後、となりの席のハヤシさんがつぶやいた。ハヤシさんはあたまが良くて、足も早い。大人が読むような難しい本を読む。
「ハヤシさん、何書く?ぼくはあんまり書くことないな」
「家族で遊びに行ったとか家で手伝いをしたとか、そういう話を書けば校長先生も満足してくれるよ」

 ぼくは月曜になっても手紙を書けなかった。でも出さないといけないから、仕方なく昼休みにノートを1枚ちぎって書いた。

 昨日の晩ごはんはカレーとハンバーグでした。ハンバーグにはチーズが入っていました。デザートはチョコレートケーキでした。まる先生は昨日何を食べましたか? 5年1組 竹田孝太

「見せろよ」
 5人くらいの男子が机を囲み、さっとぼくの手紙を取った。1人が大声で読み上げる。     「これ、ルール違反じゃん。うそばっか」
「お前んとこ、またスペシャルラーメンだろ」
 女子が笑いながら言う。         「やめなよー。いじめ、ダメ、絶対じゃん?」

 チャイムが鳴った。しのだ先生の足音がする。みんなサッと席に戻った。ハヤシさんは騒ぎの間、離れたところからぼくをじっと見ていた。

 スペシャルラーメンはぼくのお母さんの得意料理だ。誕生日くらいしか出ない。みそ味のインスタントラーメンに、炒めたキャベツともやしとハムをのせて、最後に目玉焼きをつけて、チューブのにんにくを入れる。すごく美味しいし、大好きだ。
 でも、それは言っちゃだめなことらしい。去年、クラスごとに開いた2分の1成人式の練習で、ぼくはスペシャルラーメンのことを得意になって紹介した。教室のなかがシーンとなった。「うわ、かわいそ」と誰かが言った。本番では違うことを読み上げようとしたけれど、しのだ先生は「恥ずかしいことじゃない。お母さんもよろこぶよ」と許してくれず、ぼくは本番でもそのまま読み上げた。やっぱり、シーンとなって、大人はみんな困った顔をしている。式の最後はみんなで「お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう」と言ったけど、ぼくのうちはお父さんもお母さんも来ていなかった。
 お母さんはずっと具合が悪くて、1日中、布団のなかでぐったりしている。テーブルの上には色んな薬がおいてあって、薬を飲まないと眠れないしやる気も出ないんだって。でも薬を飲んでも元気がなくて、変だなと思う。お父さんは月に1回くらい家に帰ってこないから、2分の1成人式があるのも知らない。たまに来るとお金だけ置いて出て行ってしまう。だけど、ぼくが好きなおかしとジュースをたくさん買ってくれるし、来てくれるとやっぱりうれしい。
 式が終わって教室にもどると、しのだ先生は目をうるませながら「今日、1番頑張ったのは竹田君だ。みんな、竹田君に拍手」と言い、自分から拍手を始めた。みんな、大きな拍手をした。ぼくは早く帰ることばかり考えていた。

 手紙はとりあげられてしまった。放課後、もう1度ノートをちぎって、ウソの晩ごはんを書いて秘密のポストに入れた。返事がほしかったから、大きな丸を最後に書いた。水曜日に返事が来た。みんな返事をもらっていた。しのだ先生が1人ずつ渡してくれた。薄い水色の小さな封筒に1枚のカードが入っている。

 お手紙ありがとう。私は昨日、冷凍の肉まんをチンして買ってきたサラダと一緒に食べました。肉まんは二個。食べすぎかな。丸山勝子 

 まる先生のことがもっと好きになった。

 最初はみんな手紙を書いていたけど、だんだん飽きてきたらしい。しのだ先生も何も言わなくなった。ぼくはしばらく続けてみた。

 この前の手紙はうそです。ごめんなさい。本当はカップめんでした。お母さんが具合が悪いのにお湯をわかしてくれました。先生はどのカップめんが好きですか。

 優しいお母さんですね。私はしょうゆ味でわかめがたくさんはいったカップめんが好きです。あとは塩味のインスタントラーメンにツナを入れたり、トマトジュースを入れてアレンジするのも好きですよ。

 昨日はお父さんが来てお菓子を色々買ってくれました。夕ご飯はぼくの好きなのりしお味のポテトチップスにしました。

 ポテトチップス、私も大好きです。サラダにポテトチップスをくだいて入れるとおいしいですよ。あとサラダのほかにチーズと一緒に食べたらどうでしょう。

 何か作りたいけど、料理をしたことがないです。包丁も火も怖いです。

 ひややっこはどうかな。お豆腐(とうふ)にチューブのしょうがを乗せてみて。お塩とごま油もおいしいよ。電子レンジはあるかな。卵をといて牛乳を入れてチンするだけでスクランブルエッグが作れます。包丁やなべはひとりで使わないでね。

 返事にはイラストが描いてあったり簡単な作り方が入っていることもあった。ごはんのたき方も教えてくれた。ぼくはときどきお母さんに作るようになった。ぐったりしていて食べないときの方が多いけれど、作るのは楽しかった。

 まる先生はよく学校のなかをウロウロしていて、花だんの草とりやウサギ小屋のそうじをしていることもあった。ぼくが近くに行くと、他のクラスメイトがいないところで自分の晩ご飯の話をしてくれた。

 手紙を書き出してから半年くらい経った。放課後、いつものようにポストに手紙を入れているとハヤシさんにばったり会った。
「まだやってたの?」
「うん」
「大人のじこまんぞくによく付き合ってるね」
 ハヤシさんの言葉は難しくて、よく分からなかった。
「楽しいよ。料理を教えてもらってるんだ」
「へえ。どんな返事が来るの?」
 ランドセルに入れていたまる先生からの返事を見せてあげた。ハヤシさんは何も言わずにしばらく見ていた。

 3学期が終わりに近づいたころハヤシさんが引っ越すことが分かった。名字も変わるらしい。男子も女子もハヤシさんをチラチラ見るだけで、話しかけなくなった。

 終業式ではまる先生がお別れのあいさつをした。悲しくて、ぼくは先生が教えてくれた料理のことばかり考えた。4月から山奥にあるしせつの「じむきょくちょう」になるんだって。みんな「大人の事情でとばされた」とうわさしていた。

 終業式後のホームルームでハヤシさんが黒板の前に立った。
「今までみんなと遊べて楽しかったです。さようなら」
「つらいことがあっても先生は味方だ」
 しのだ先生が言う。ハヤシさんは返事をしな かった。

 帰り道、ハヤシさんに呼び止められた。告白かと思ってドキドキした。
「私もこの前秘密のポストに手紙入れたの」
「どんな料理を教えてもらったの」
「バカね。みんなに料理の返事ばかり書くわけないじゃない」
 ハヤシさんはあたりに人がいないか見回した。それからそっとぼくに聞いた。
「しのだ先生、好き?」
「うーん、あんまり好きじゃない」
「私も!大っ嫌い」
 ハヤシさんがそんな風に悪口を言うなんてびっくりした。
「あのね、手紙にはお母さんのこと書いたの。お母さんはときどきお父さんに叩かれるの。お母さんは後で私のことを叩くの。それから私を抱きしめてごめんねって泣くの。いいよって言うともっと泣くの。まる先生に、お母さんが泣くの見たくないって書いた。秘密だよ」
 ハヤシさんのお父さんもお母さんも見たことある。2人ともとっても優しそうだったんだけどな。
「まる先生から返事は来たの?」
 ハヤシさんはランドセルから薄い黄色の封筒を取り出した。

 お手紙ありがとう。これまでよく頑張りましたね。一度、先生と話しませんか?

 その下には大きな花まるが書いてあった。

「えーいいな。花まるじゃん!!」
「そこ?」
 ハヤシさんが笑った。じゃあねと言って走っていった。ハヤシさんは振り返らなかった。

 始業式の日、学校に行くと「秘密のポスト」はなくなっていた。でも、大丈夫。まる先生がくれた返事は家の宝箱に入れてあるんだ。バイバイ、まる先生。


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