パパの教科書 : 絶対に出産に立ち会った方がいい、たったひとつの理由

長女の出産に立ち会って、初めてわかったこと

2012年2月、いよいよ最初の子が生まれる。

なんだか地に足のついてない、フワフワした感じ。

「あー明日には父親になるのかなあ」と思った。

やるべきことは、わかる。だいたい本で読んだし、ネットで調べた。

産まれそうなので、今日休みます、と言って会社を休んだ。

朝、妻を病室へ見送って、いろいろ買い出しに。

少年ジャンプを買って、(ってことは月曜日だったんだな)

妻から頼まれた飲み物や食べ物を持って、病室へ戻った。

初産だから、十何時間とかかかるのかなあ、くらいに思っていた。

このときまだ、いわゆるお産の痛みって、

産道を通るときに痛むんだよね、ってガチで思っていた。

しばらくすると陣痛が強くなっていった。

すると、思っていた陣痛と、本当の陣痛が、ぜんぜん違っていた。

お産が始まるずっとずっと前から激しい痛み。子宮口は閉じたまま。

たまに見に来る看護師さんは、子宮口の開き具合を確認すると

かんたんに「うーん、まだですねえ」と言って去っていく。

そうすると、とにかく痛みに耐える妻を見守るしかない。

終わりの見えない痛みに、ただただ耐え続ける。

腰をさすればいい?のど乾いた?そんなことしかできない。

分娩室には「ドックン・・ドックン・・」と、

機械から絶え間なく赤ちゃんの心音が響いている。

たぶん、5~6時間くらいそんな状態だった。

日が暮れてきて、いよいよ子宮口が開きはじめると、

痛みもピークになってきて、うちの場合はゴルフボールを使った。

赤ちゃんが勝手に降りて来ないように、

僕が妻のおしりのあたりを堅いボールで思いきり押す。

おもいっっきり押す。こんな強く押して大丈夫?ってくらい。

もう僕は押し始めてから30分くらいで疲れ果ててるんだけど、

でも終わりはまだ全然見えてこない。

「もう限界」と僕が思ってから3時間くらい続けたところで、

『今からお産に入ります!』とベテランの助産師さんが。

準備をするのでご主人は外へと言われて、15分くらい待つ。

病室へ戻ると、そこは戦場に変わっていた。

ドラマでよく見る手術室のような様相、助産師さんもそんな恰好。

僕は恐る恐る、仰向けに寝ている妻の顔の横に立った。

大柄なベテラン助産師さんが、

緩急をつけながら「はい!グーっとがんばる!」と叫ぶ。

すごい叫び声。先生も叫ぶ。妻も叫ぶ。僕だけ声がでない。

僕は妻の顔のすぐ横に立って、とにかく見守るしかない。

そこで見たのは、本当の「生きるか死ぬか」の場面だった。

こんなに本気で祈ったのは初めて。お願い、無事に生まれて。

分娩が始まって30分くらいで、生まれた。

もう死ぬほどホッとした。終わった。みんな無事だった。

そのあとの展開は、だいたい予想どおり。

夜中にも関わらず両親が駆けつけてくれて、赤ちゃんとご対面。

幸せな瞬間。

でも僕は満身創痍。今すぐ倒れそうなくらい疲れた。

何が言いたいかって、

世の中にはいろいろな事情があることはわかったうえで、

あえて言うけど、出産に立ち会わない男はクズだ。

自分の意思ではどうにもできない事情があるなら仕方ないけど、

すこしの努力を惜しんで立ち合いをしない選択をするなら、

そいつはクズ。

だって、その間、十何時間もあんな痛みと孤独と不安のなかで

大事な人を独りぼっちにさせてしまうんだぜ。

本当に、本当に怖いんだよ、出産って。

よほどのことがない限り、その人のそばにいてあげてよ。

「立ち合い出産?うーん、俺はパス!血が苦手ww」とか、やめてね。

出産って、生きるか死ぬか、そういうことだから。

僕は出産に立ち会えて、幸せでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?