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【新作落語台本】スペシャルマンシール

男1「あーあ、せっかくの日曜だってのに、何にもやることねぇや。四十歳にもなって独身、彼女なし、安月給、汚い部屋。四十にして惑わずなんて言葉があるけどさ、それがどうだい、惑いっぱなしじゃねぇか。不惑というより不覚だね、こりゃ……」

この男、見ての通りのダメ中年。自分の人生に軽く絶望して、休みの日も愚痴を吐いてばかり。

男1「腹減ってきたな。コンビニで飯でも買ってくるか……あ、給料日前で手持ちも引き出す金もねぇんだったよ。どうすっかな……そうだ、確か押し入れの奥にずっと前に懸賞でもらった商品券があったな。それを換金すりゃ、とりあえず食いつなげる。えーっと……どこにあったか……あっ!痛い!いたたたたた……。あーあ、何でもかんでも押し入れにぎゅうぎゅうに突っ込んでたから、開けた途端に雪崩だよ。ここが雪山だったら死んでるぞ……雪山に押し入れねぇけど。しかしまぁ、何だかわかんねぇものがいっぱい出てきたな。このお菓子の空き箱なんて一体何が入ってんだか……あっ!懐かしいなぁ、スペシャルマンシール!チョコレートのおまけでついてくるんだよな。小学生の頃集めてたっけ……。漫画も連載されてて、変身シーンがカッコよかったなぁ……。でも、一年くらいで人気が下火になって、それでもどうしてもシールを全種類揃えたくて町中探し歩いたんだよな。すっかり忘れてたけど実家からわざわざ持ってきてたんだ……でも正直言って、いるかこれ?こういうのが押し入れで場所とって、それが積み重なって最後は雪崩だよ。いいや、この際もう捨てちまおう」

男2「……おい、待て!」

男1「ぎゃっ!泥棒!……にしては、ものすごくいいスーツ着てんな。こんな身なりじゃ泥棒に入る筋合いがねぇ。だいたいどこから入った?この部屋にはずっと俺一人しかいないはずだぞ?」

男2「ハハハ……まぁ、慌てるわな」

男1「え?……あんた、よく見たら俺にそっくりだな」

男2「フフフ、その通り。はじめまして、四十歳の俺。俺は、四十二歳のお前だ」

男1「……冗談は顔だけにしろよ」

男2「同じ顔して言えた義理か。あのな、ちょうど今ニュースになってるだろ?時空移動装置の開発」

男1「ああ、確かに」

男2「それがな、二年後に実用化されるんだよ。で、金持ちの俺がいち早く手に入れて、これが初めての時空移動」

男1「おい……金持ちの俺って……何があったんだ?この先の二年で何がどうなるんだ?まさか……銀行強盗とか恐喝とかそういう」

男2「おい、俺はお前なんだぞ。自分でそんなことできるタマだと思うか?すべてのはじまりは、今、お前が手に持ってるそれだよ」

男1「……スペシャルマンシール?」

男2「そうだ。これがな、とあるテレビ番組の特集で再注目されるんだよ。でも、発売元の会社はもうとっくに潰れちまってる。そこで、マニアの間でこのシールにとんでもない値段がつくんだ」

男1「なんだって……」

男2「今お前が手に持ってるお菓子の空き箱の中には、スペシャルマンシールが全種類ある。しかもずっと押し入れの奥に眠っていたから、幸い保存状態もいい。その値段……総額五百万円」

男1「ご、五百万円?」

男2「マニアは金に糸目をつけないからな。次に、その資金を元手に俺は宝くじを買う。そしたら一等が大当たり。その金額……五億円」

男1「ご、ごごごごご、五億円?そんなうますぎる話が……」

男2「あるんだよ、あったんだよ……だからこそ今こうして高級スーツを着て、人より先に時空移動装置を買って、ここにいる」

男1「……俺、すげー!」

男2「すげーだろ」

男1「爪の垢煎じて飲みたい!」

男2「いや、それただ自分の爪の垢煎じて飲んでる変人だから……でだな、なんでここに来たかというと、スペシャルマンシールを捨てるなという念のための忠告と、二年後は明るい未来が待ってるぞってことをくすぶってる四十歳の俺に伝えたかったんだ」

男1「わかった!このシール捨てない!大事にとっとく!……あのー、でさ、金持ちになったってことはさ、当然彼女なんかもうよりどりみどりみたいな?」

男2「……まったく、下衆な質問だな」

男1「しょうがないよ、血は争えない」

男2「同一人物だからな……いいか、あのなぁ、もうそりゃ当然毎晩……」

男3「……待て!」

男1「またもうひとりわけわかんないの来ちゃったよ……うわっ、汚い服着て髪もボサボサ……」

男2「あー、きっとあれだよ、タイムトラベル物乞い」

男1「タイムトラベル物乞い?」

男2「未来の世界で相手にされないからって過去に遡って施しを受けようっていうやつらさ。二年後にもちょっと問題になってるんだ……おい、おっさん!時空警察に通報するぞ!」

男3「……待て!お前ら、わからんのか?」

男2「はぁ?」

男3「四十歳……四十二歳……そして俺が、四十五歳のお前らだ」

男2「……冗談は顔だけにしろよ」

男1「ほんとほんと」

男3「だから同じ顔なのによく言えるな」

男1「だってさ、二年後の俺がこの金持ちでさ、五年後の俺がこれ。信じられるわけないよ!」

男3「ま、それもそうか……いいか、今日ここに来たのは他でもない。そのスペシャルマンシールを今すぐ捨てろ!」

男1「はぁ?」

男2「何でだよ、これがなけりゃ金持ちになれないんだぞ!」

男3「……四十二歳の俺はわかってると思うがな、五億の金を元手に俺はビジネスを始める。ところがそれがことごとく失敗。逆に借金抱えて逃亡の毎日だよ……。所詮はシールと宝くじで運よく成り上がっただけの男、商才なんてあるわけがない」

男2「……黙って聞いてりゃ、失礼なことばかりぬかしやがって!お前に俺の何がわかる!」

男3「逆にわからないわけないだろ!四十二歳のお前の三年後は、残念ながら俺なんだ……。この時空移動装置ももうすぐ借金のカタに取られる。その前に、過去を変えに来たんだ。そもそもそのシールさえなければ、四十五歳のこの俺の苦しみはなくなるんだ!」

男2「……あのさ、今さらっと過去を変えるって言ったけど、過去変わったら、この金持ちの俺、どうなるの?」

男3「……消える。そしてこの俺も消える」

男2「そんなのやだよ!せっかく金持ちになれたのに!せっかく札束浮かべたジャグジーに入って、水着の美女はべらせて、サングラスかけて葉巻をふかす生活を手に入れたのに!」

男1「二年後の俺、そんなパワーストーンの広告みたいな生活なの……?」

男2「やだぁ!せっかく高嶺の花だった六本木のクラブのママからまさかの逆ナンされたのに!」

男3「そんな女は金がなくなりゃすぐいなくなる!そんなもんなんだよ!」

男2「ん?……でもさ、金があった頃はママとよろしくやっておいしい思いできたってことだよね」

男3「……いや、まぁ、それは、ね」

男2「だからあんたは簡単に消えるとか言えるんだよ!ちくしょう、せめて、せめてママとあんなことやこんなことしてから消えたい……」

男3「ええい、見苦しいぞ、四十二歳の俺!……おい、ここはもうひとおもいにシールを捨てろ!四十歳の俺!」

男2「やだぁ!捨てないで!四十歳の俺!」

男1「なんか違う意味に聞こえる……」

男3「もう俺は、覚悟はできてんだ。たとえこの俺が消え……あああああ」

男1「……え?え?消えた?四十五歳の俺が消えた?」

男2「なぜだ?過去はまだ変わってないぞ?……でも、これで邪魔者は消えた!四十歳の俺、そのシールは大切に保管するんだぞ!そうと決まれば未来に戻ってロールスロイスでママとドライ……あああああ」

男1「四十二歳の俺も消えた!いったいどういうことだ?」

男4「……それは、わしの仕業じゃ」

男1「今度はおじいちゃん出てきた!」

男4「わしは……九十歳のお前じゃ」

男1「ええっ?四十五歳のあの状況から九十歳まで俺生きられるの?」

男4「人生、なんとかなるもんじゃよ……。さっきな、わしは時空移動装置で十歳の頃のわしの実家に行ってきた。そして……十歳のわしが集めていたスペシャルマンシールを、すべて捨てた」

男1「えっ!なんでそんなことを?だってシールがなきゃ、お金……」

男4「それじゃよ。わしの人生は、シールとそれによって得た金で大いに狂わされた。四十五歳の頃に作った借金を遮二無二なってコツコツ働いて返して、ようやく九十歳で全額返済できた……。しかし、振り返ってみると、なんとむなしい人生だったことか。それはまさに、一枚のシールのように薄っぺらいものじゃった。もしも、最初からスペシャルマンシールのない人生を歩んでいたなら……その思いが日に日に強くなり、ようやくわしは中古の時空移動装置を安値で手に入れ、それを実行に移したんじゃ」

男1「いや、でも、そんなことしたら過去が変わってあんたも消えて……え?俺ももしかして、消える?」

男4「そうじゃ。お前もわしも消える」

男1「なんてことを……で、でも、こうしてまだ……」

男4「長い年月に渡ることじゃ。消えるのには、数分の誤差がある……わしはむしろ楽しみじゃよ。スペシャルマンシールのない人生を歩んだわしが、どんな姿であらわれるのか……ま、記憶や意識は新しいわしに引き継がれんから、このわしがそれを知る術はないがの」

男1「……頭がこんがらがってきた」

男4「なぁに、お前も九十歳になればきっとわか……あああああ」

男1「消えた!あ、スペシャルマンシールも消えた!……俺も、もうすぐ消えるのか?いったいなんなんだろうな、人生って。もうすぐこの四十歳の俺じゃない俺が新しくあらわれて、今のこの時代に生きるってことだよな。どんなやつなんだろう?顔……は変わらないだろうけど、今のこのダメな生活よりはきっといいはずだよな。そうでも思わなきゃ俺が消える意味がない。……ああっ!つま先が透き通ってきた……消える、俺が消えていく……存在感が薄いなんてよく言われてきたけど、こうして本当に薄くなってみると妙な気分だな。さよなら、俺。特別な人生なんかじゃなくていいんだ、お金持ちなんかじゃなくていい、スペシャルマンみたいなカッコいいヒーローなんかじゃなくていい、ただ普通のまっとうな人生、ささやかな幸せを感じられるような人生であれば、それでいい……どうか、そんな四十歳の新しい俺が無事あらわれますよう……あああああ」

(上半身伏せた状態から、ゆっくりと起き上
がって周りをキョロキョロ見回す)

男1「あーあ、せっかくの日曜だってのに、何にもやることねぇや。四十歳にもなって独身、彼女なし、安月給、汚い部屋……」

人間、持って生まれた性分は簡単には変わらないというお話でございました。

【完】


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

2021年落語協会新作落語台本コンテスト、落選作品を供養させていただきました。。。

昨年、同性同年代の登場人物が4人同時に出てくるという落語では厳しい設定の噺を書いてしまったため、登場人物を減らそう減らそうと考えていたら……こういうことになりました(笑)落語としてはチャレンジングすぎたかもしれません。。。また来年、精進します!

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