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「加害者像の取り込み」についてまとめてみた。「自己内の自己たち」の話になった。◇サイコロりんしょうしんりがく #01

公認心理士試験問題2018年,問154  に" 6歳の男児Aの心理的問題を査定する” という問題がある。ここに「暴力的なモデルの取り入れ」という言葉が出て来る。

概要:Aが4歳のとき,母親が再婚。再婚相手Bが母親とAに暴力を振るうようになった。5歳のとき,Bの暴力によりAは骨折。母親はBと離婚し,6歳となった現在,Aは母親とふたりで暮らす。Aは保育所では内気で消極的に見えるが,時折別人のようになり他児に暴力を振るう。昼寝ができず,夜も頻繁に目を覚ます。但し,乳幼児検診等では問題を指摘されたことがない。

この問題の正解(男児Aの心理的問題)は,「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」「支配的で暴力的なモデルの取り入れ」の2つであった。PTSDについては診断基準があるので,それを参考にすれば,この事例の少年があてはまることがわかる。難しかったのは,もう一つの「支配的で暴力的なモデルの取り入れ」。

「支配的で暴力的なモデルの取り入れ」という病名や診断基準はない。これを選択する際,背景とすべき理論はなんだったのだろう?まずバンデューラの社会的学習理論が浮かんだが,それだけではなんか違う気がした。

これまでのAの経緯を想像したとき,自我状態療法の文脈で印象に残っていた「加害者像の取り込み」という言葉を思い出した。それで「支配的で暴力的なモデルの取り入れ」について,この言葉を使って説明しようとした。すると学生から,"「加害者像の取り込み」がどういうことなのかイメージできない" との感想をもらった。それをきっかけに,「加害者像の取り込み」についてまとめてみようと思った。

「加害者像の取り込み」とは

 Putnam,F(1989) が解離性同一性障害の症状と治療について説明する際に提唱した概念。サンドラ・ポールセンは「トラウマと解離症状の治療」のなかで

自分に危害を加える人の行動・信念・思考の枠組みなどを自己の内側に取り込んでしまう現象。 

と説明している。

「加害者像の取り込み」はどのようにして起きるのか

子どもは養育者の像を取り込んで自己統制の機能を獲得する。これはフロイトの提唱した「超自我の形成」にあたる。しかし,問題のある家庭では,そもそも自己統制の機能を持たない養育者が存在する。そのような場合,子どもは,加害を行う(自己統制の機能を持たない)養育者であっても,やはりその像を取り込んでしまう。そうすると,子どもに自己統制の機能は育たない。けれども,取り込んだ養育者の像は,別の機能を保って子どもの中に残る。

「加害者像の取り込み」はどんな機能を持つのか

 1. 心的な境界を守る機能:加害者は,被害者である子どもの心的な境界を突然侵す。この境界を曖昧にしておくこと(加害者の像を内在させること)により,被害者である子どもは,加害者である養育者の気の向くままに心的な境界を侵され続けることを防ぐことができると考えられる。

2. 親を失う恐怖を低減させる機能:親が加害者であっても,子どもにとっては愛情や愛着の根源である。そのため,加害者が親である場合,親を内面に取り入れることは,愛情や愛着の対象を失うことへの恐怖を軽減する機能も持っていると考えられる。

3. 被害のコントロール:加害者の像を内在化させることにより,加害者の行動・思考・認知の枠組みなどを使用することができる。加害者の行動・思考・認知パターンに沿わせて自分の言動をコントロールすることにより,受ける被害を少なくする試みができると考えられる。

「加害者像の取り込み」の弊害

1. 攻撃性:加害者は通常,強い攻撃性を持つ。加害者像を取り込むと,この高い攻撃性も一緒に取り込んでしまう。

2. 抑圧:加害者の行動・思考・認知パターンに沿わせて自分の言動をコントロールすることにより,被害者は,自分の怒り・悲しみ・不安・その他,求めるものを自ら抑圧することになる。加害者からの理不尽な抑圧に加え,加害者がいないところでも,永遠にいなくなってからも,自分でその抑圧(自分いじめのような行為)を行い続けてしまう。その結果,自分が何を求めているのか全く分からなくなる。無気力になり,一方で,有害なエネルギーが蓄積され,高い攻撃性や,PTSDの症状であるフラッシュバックと重なり,怒りの表出のコントロールが効かなくなる。

3. 嫌悪:加害者への嫌悪がある一方で,自分がその加害者と同じ特性(行動・思考・認知パターン)を持っていることのギャップに苦しむようになる。

※パーソナリティ障害とか,発達障害の二次障害とか,依存症とか,いろんな困った症状の原因のひとつがここにあるのではないかと考えられている(「弊害」について書いていて,思い出した映画のHPを貼っておきます)。

さて,つづいて,「治療について」を書いてみる。自分も実践しながら勉強中のため,参考にしている本やサイトを載せておきます。

「加害者像の取り込み」と治療について

 1. 自我状態療法(Watkins夫妻):それぞれの自我状態が持つ,異なる特徴と機能を同定し,自我状態どうしがよい関係を築くための介入を行う( 詳しくは前述「トラウマと解離症状の治療」,杉山(2012),福井(2012),EST-J のサイトなど)。

2. スキーマ療法(Jeffery. E. Young):内在化されたネガティブなパターンやテーマをもとに,過去に満たされなかった「中核的感情欲求」を探る。現在,不適応的に働いているスキーマ(考え方/物事の捉え方の癖)を特定し,適応的なスキーマを育てていく(詳しくは実践者まりんさんのサイトへ。ワークショップも時折開催されています。自分が読んでいる図書もいくつか載せます)。

自分のことを書くと,自我状態療法はEMDRを習う文脈で,EST-J(の前身時代)のワークショップや,EMDR学会の研修等で主に習い,自分もトラウマ治療を受けた際にとてもお世話になった。スキーマ療法は,最初,自我状態療法の発想と近いように思ったけど,代表的な不適応的スキーマの名称や特徴出自などがはっきりしていることや,対話の目的がはっきりしていること,催眠誘導的な建て付けを要しないところなどから,より使いやすく,ゴールも分かりやすいと思う(決して簡単という意味ではないのですが)。自我状態療法のようにいちから各パーツのイメージを伝え合う(フルオーダー?)ようなところを整理して,パターンオーダーで仕立てることができる道具,というような印象がある。

おわりに

「加害者像の取り込み」についてまとめていたら,やはりさいごは「自己内の自己たち」の話になりました。ひとまず書き終えることができて良かったです。誤りほか,お気づきのことがありましたら,ご指摘頂けましたら幸いです。