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誰がためにマルシェやる?その3:コンテンツからはじめる地域コミュニティ

準備をしてきたマルシェもいよいよ次の日曜日。当初は雨予報だった天気も好転しそうで、気温も比較的暖かくなりそうです。

さて今回は下記の記事の続きです。

前回は地域経済的な視点からマルシェを見ましたが、今回は地域コミュニティの視点から考えてみたいと思います。

理念ベースの地域コミュニティ論の限界

私自身は自宅マンションの理事をしており、また所属町内会の地区長もしています。(もっとも、コロナ禍で地区長の仕事はほとんどありませんが。)一般的には避けたがられる役職だと思いますが、両方とも自ら志願してやっています。

なんでやっているのかというと、単純にマニアだからです。コミュニティという対象への知的好奇心があって、その実践フィールドを得たいという私と、その役職を募集したいコミュニティ側との利害が一致しているのです。

つまりは、別に私が善い行いをする模範的市民ということを示すものではありません。

何が言いたいかって、どれだけ理念を語り「地域コミュニティは大切だ!若い世代も参加しないと担い手がいなくて困る!」と言っても、具体的なインセンティブがなければ誰も進んで参加しようとはしないということです。

特に都市部は忙しいフルタイム共働き世帯も多く、僅かなプライベートの時間を子育てや趣味に充てています。これと「地域コミュニティでの活動」を天秤にかけるというのはかなりリアルな話で、どれだけ世のため人のための説法したところで多くの人が前者を選択するのはごく自然なことではないでしょうか。

コンテンツを地域コミュニティの入口に

では、どうすれば私のようなマニア以外の人にも地域コミュニティに目を向けてもらうのか。それは、まずはターゲットとなる人にとって興味関心のあるコンテンツを提供することでしょう。

私にとってはそれが地域コミュニティそのものだったわけですが、ある人にとっては子育てであり、ある人にとってはまた別の何ごとか。そのまちに住む人のニーズにあったコンテンツを呼び水にすることで、そこからまちの中の「顔の見える関係」の第一歩にすることができるはずです。

今回仕掛ける「Oda petit marche」もそういった意味合いを持たせています。新鮮な地元野菜やクラフトビール、コーヒーなどを買って楽しめる。家からすぐ近くの場所にふらっと入ってみたくなるような空間を用意する。まちの人にとっても、企画側にとっても自分たちが欲しいものをつくってしまおうという試みです。

こうして「寝る」と「大型スーパーで日用品を買う」のみになりがちなベッドタウンに、地域内部に向けた今までと違う人の動きを作ることで、新しい人の関係性をつくっていく。そんな、地域コミュニティの入口としての第一歩とする実験でもあります。

もちろん、最初から補助金や助成金を用いず自立した収支計画とすることで、持続性の外部への依存度も減少させています。

やっぱり意味のある地域コミュニティ

さてあえて理念より実利的コンテンツを地域コミュニティの入口としてみましたが、それでも本来的に地域コミュニティは私たちに意義あるものでしょうか?

これは私見ですが、バリバリ仕事をする世代にとってはそれほどの価値を地域コミュニティには見いだせないケースが多いかもしれません。というのも、ベッドタウンに多い(私や妻も含めた)サラリーマンにとって、職場に拘束される時間があまりに多いからです。知人友人も仕事関係で事足りるでしょうし、自己実現も仕事が中心になるでしょう。

ところが、定年した時には世界が変わるはずです。会社の看板を失い自己実現が途絶える。仕事を中心とした知人友人との関係性も弱まる。子どももその頃には自立しているかもしれません。

その時になって初めて、配偶者との関係性、そして地域コミュニティとの関係性が一挙に人生にとって重要なテーマとして急浮上してきます。

いくらネットでのコミュニケーションが容易になっても、私たちの身体は運動と日の光を求め続けます。必ずしも目的性のない散歩や買い物のついでに、まちの中で友人と出会えること。人生の仕事を大方済ませた後の老年期には、そういった目的性のない関係性を持つことが非常に有益に見えます。これは行政職員として、そういった関係性を持つ人、持たない人の両方を見てきて思うことでもあります。

それを若いころから少しずつ育むことは、幸福な老後に向けて意義深いことではないでしょうか。貯蓄するべきは、老後”資金”だけではありません。

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