わたしって、キレイ?【短編小説】

ケタケタ、ケタケタ、と、深夜3時にアパートのドアが鳴る。僕は今か今かと待ち侘びて、毎日なのに子供のように、待ち侘びて。クリスマスを迎える純粋な子供よりも幼気に、冷たい世間と向き合う社会人だなんて無視をして、僕は、ゆっくり身体を動かしながら、今日もアパートの玄関ドアを開ける。すると、君は立っている。長い髪の君は。いつだって恥ずかしそうに。顔を、見られたくないからとうつむいて、綺麗だよ、とても、とてもとても綺麗だよ、って、僕は君に、声をかけて、前髪を、そっとかきわけて、君の、美しい、顔を覗き込む。

「本当に、キレイだよ、本当だよ」

君はまだ俯いている。俯いたまま僕に言う。「どうして2回も言うの? どうしてそんな風に、自分を納得させようとするの? あたしのこと、騙してるの?」

「違う」僕は強く断定する。「だますわけなんかない。本当にキレイだと思ってる。君の顔は、生きていたときと、何も変わらないよ」

「何も変わらないってことは、変わってしまったって、ことなの?」

僕は一瞬考え込む。いや考える、ふりをする。答えなんて、分かっているから。いつものお馴染みの会話のラリーに過ぎないから。

「変わるものなんて、何もないんだよ」そして僕は、彼女の顔を無理やり右手で持ち上げる。そこには白濁した瞳がある。青くひび割れた鼻梁がある。唇は激しく避けて、原型を留めないほど醜くて、僕が知る彼女の顔ではもちろんないけれど、それもまた、美しくて好きだった。

彼女が僕を見つめる。いや見つめるふりをする。眼球が正常に機能していないから。もう彼女は此岸にいないから。彼岸へ旅立って、黄泉の暗さへ移動して、それなのに火葬できない理由それゆえに、彼女の遺体は丁重に土の中に埋められて、月夜の晩に、こうして、僕に、会いに、来てくれるのだ。

可愛い彼女、麗しい恋人よ、2人は肩を寄せ合って、面白くないテレビ番組を見つめ合って、そのまま見つめ合って、鼻を近付け合って、唇を溶かし合って、身体を融解させて、彼女と僕の境界線も曖昧で、僕と彼女の臨界線は絡み合い、寄せ合い、知らない声を出し合って、全てを知ったふりをして、お互いに、お互いのことが、何も知らなくて、自分自身のことだって、何ひとつ、分からないまま。それだけ、なのに。たった、それだけ、なのに君は、死んで、君は、死んだままの姿で、僕に、会いに、来てくれたというわけだ。

僕は涙だって流さない、僕はもう、泣き笑いすら浮かべない。ただ、君の気が済むままに、今日も、今後も、時間が過ぎればいいと、僕は、そんな風に、思ってる、本当に。

彼女が僕を見る。僕も彼女を見る。もう、見るとしか言いようがない悲しい時間に、彼女は僕に向かって、静かに微かにこう言った。すっかり様変わりした声質で、あんなにも透き通った声だったのに、今や、どす黒く染まった男の声で、酒につぶれたような、嗄れた汚い声で、君は、確かに、こう言った。

「わたしって、キレイ?」

僕は即答した。「もちろん」

「ありがとう」そう言って、君は泣いてしまった。ひととおり、泣いたあと、君は、確かに、こう言った。

「じゃあもう一度殺して」

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