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寒さが身に染みた

 きょうのぼくはまあまあだ。きのうは最悪だった。あまりにも最悪だったせいで作業所に行くことができなかった。ここしばらく、そういう兆候がないではなかった。朝、起きて、作業所に仕事に行くのが面倒くさくて、サボりたくなる。ちなみに、朝は時間に余裕があるので、朝ごはんを食べた後はツイッターを見てダラダラしたり、音楽を聴きながらダラダラしたりする。そういう朝の時間が好きなのだった。
 しかし、ここ最近は、会社に行く時間になって、家を出るのに意志の力が必要だった。家を出ずにこのままサボってしまえたらいいのに、とおもうのだ。そうは言っても、もちろん、ぼくはサボったりはしない。基本的に真面目な人間だし、サボったら、サボったで面倒くさいことになるのは知っていた。
 でも、きのうはあまりにも最悪だったので、実際にサボってしまった。作業所に電話して、調子が悪いから休みます、と伝えた。すると、上司は、「どこの調子が悪い?」と聞くので、「精神です」と答えた。それは嘘ではなかった。実際に調子が悪いのだ。
 作業所は障害者の行く場所だし、そういうふうに休むひともいる。普通の会社とは違う。でも、上司は「きょう来れば、明日は休みだけれどね」と言った。その日は金曜日だった。でも、だいたい作業所は土曜日も出勤のことが多いので、ぼくは、すっかりそのつもりだった。
 「え? 明日って休みでしたっけ?」と聞いて、カレンダーを見ると、たしかに休みだった。騙されているわけではなかった。「じゃあ、行きます」とぼくは言った。「待っています」と上司は言って、電話を切った。
 でも、その後が、さらに最悪だった。精神的に調子が悪くて、頭がボンヤリしてしまった。電車に乗って、座席に座って、いつものようにスマホを開いた。自分の調子の悪さについて調べようとおもって、Googleの検索窓に、「判断力 低下 疲労」などと打ち込んで、検索した。調子の悪さのせいで、表示された記事を読むことができなかった。
 ぼくは調子が悪くなると、頭が働かなくなる。それは普通のひとでもそうなのだろうか。集中力がなくなって、思考がぶつ切りになって、物事を決めることができなくなる。無気力になってしまう。
 ふと気がつくと、会社のある駅を乗り過ごしていた。うまく物事を考えることができない。やはり、きょうは休んだほうがいいのだろう。次の駅で降りて、反対側のホームに行って、そこから作業所に電話をかけた。「やはり、休みます」と伝えた。「来週はちゃんと来てくださいね」と上司は言った。
 電車はなかなか来なかった。なんとなく、視界が明るくかんじられて、新鮮な気持ちだった。
 ぼくはコンビニで赤いきつねと檸檬堂を買って帰った。赤いきつねは昼ごはんで、檸檬堂はいまの精神的苦痛を和らげるためのものだった。
 こういうとき、精神的苦痛を和らげるために飲む酒こそ、酒の本来の使用法だと言える。昔の小説とかでも、たとえば、怪我をしたときは、傷口にウイスキーを流して消毒するし、その後、痛みを鈍くするために一口飲む。と言うようなことを考えた。でも、こういう理屈は、酒飲みの言い訳のようにも聞こえる。
 それから、家に帰ったぼくは、布団に横になってずっと寝ていたのだった。孤独と不安をかんじた。支援者さんに電話をしてみた。
 支援者さんは他の利用者と面談しているみたいだった。電話に出たひとは、面談は一時間後には終わると言っていた。一時間経ってまた電話してみた。電話に出た事務員のひとは、新しく入ったひとのようだった。なんとなく、ネバネバとした口調で話すひとだった。「まだ、面談中なんですよう」と言うので、「じゃあ、電話はもう結構です」と言ったら、「その旨をお伝えしておきますね」と言っていた。
 これではまるで、ぼくが怒っているみたいだとおもったが、しかし、いつかかってくるかわからない電話を待つ、ということが、自分にとってはストレスだった。だから、もう電話はいらないと言ったのだ。それに、支援者さんと電話をしたところで、いまの自分の不調がよくなるわけでもない。
 その日は運が悪いことに、団地のゴミ置き場の掃除の当番だった。基本的に真面目な性格なので、それはサボらずにやった。
 それ以外の時間は、ずっと横になっていた。真面目に調子が悪かったのだ。また、その日は気温がやけに低くて、寒さが身に染みた。中年にさしかかった障害者のひとり暮らしはつらい。このまま惨めに年老いて死んでいくのだというような気がしてつらかった。
 夕方になって、外が暗くなってから、食べるものがないので、近所のスーパーに行った。ロコモコ丼とサラダ、酒を飲もうとおもってワンカップ大関を買った。日本酒を飲んで温まりたかったのだ。
 家に帰って、マグカップにワンカップ大関を移し替えて、レンジで温めると、それを飲もうという気分ではなくなった。どうしようかとおもったが、捨てることにした。流しにワンカップ大関を流すと部屋が酒臭くなった。サラダとロコモコ丼を貪り食った。サラダを買ったのは健康のためだった。その日は風呂にも入らなかった。布団で休んでいると、ようやく支援者さんからメールが来たので、大丈夫だと返信した。
 それから、夜は、睡眠薬を三錠飲んでしまった。マイスリーという薬で、飲むといいかんじに判断力が低下して、頭がフワフワとしたかんじになる。ほんとうは一錠しか飲んではいけないのだ。脳がゆるふわになった状態で、いざというときのために買っておいたカップ麺を食べた。さらに余ったスープに冷凍のごはんを入れて食べてしまった。こんなことをしているから太るのだ。

 以上がきのうの話だ。たまに、そういうふうなことがある。きょうのぼくはまあまあだ。調子が戻ったと言っていいだろう。
 電車を乗り継いで、近くの街で降りて、本屋をブラブラした。気になった本を三冊買った。書店で気になる本を選んで、しかも、それをレジに並んで買うことができる。そういうことをするのには、健常者並のエネルギーが必要なのだ。

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