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IRIS SUNという名前がやってきた

IRIS SUNという名義で作品を発表することにした理由は、歌を歌っているのは向田麻衣ではないと私自身が思っているからです。

このことについて、いまままで一度もことばにしたことがなかったのですが、ここで私なりに、どういうことかを、できる限り実際の感覚から離れぬように注意深くなりながら、書けるだけ書いてみようと思います。

あ、ところで、いまリリース準備中のアルバムのタイトルは「AO」(アオ)となりました。今回は5曲収めます。

1,ONE
2,The end of the day
3,Stormy Night
4,AO
5,Sunshine

すべて、2018年の5月に作ったものです。この時期に、私と酒本信太は唐突に、後にOne Stroke Sketch(一筆書き)と自分たちで呼んでいる方法でレコーディグをはじめました。

One Stroke Sketchは、一切の準備を行わずに、作詞、作曲、演奏、歌唱、そしてレコーディグを同時に行います。創造の瞬間、音楽が生まれでてくる瞬間にだけ響いているものをそのまま捕らえるという試みです。

こういった方法で制作しているのは、私が音楽制作というものを一度も体系的に学ぶことがなかったということが大きく由来しています。ただ、自分の中に響いているもの、流れているものをどのように取り出したらいいのか、ずっとわからずにいました。それを、酒本信太という人と、彼が奏でるピアノが引き金となり、私の中から無尽蔵に取り出すことができるようになった。それが、IRIS SUNとして行っている創作です。

音楽を「作る」という意識は消えて、音楽そのものに「なる」というのが創作中の体感と最も近いように感じます。始める前に、体をできるかぎり緩め、そして、ピアノの音を聴きながら、歌います。どうしてこのようなことができるようになったのかということについては、私にもわかりませんが、唐突そのようなことが起きました。

ここでひとつ物語を紹介させてください。「千と千尋の神隠し」の主題歌の歌詞を書かれたことでも有名な覚和歌子さんの詩と物語の作品集「ゼロになるからだ」に収録されているひとつめの作品「鬼の元」から、一部を引用させていただきます。

突然お茶の中から現れた鬼に、ダンスを踊りましょうと誘われるシーンです。

“いやいやまさか このわたしが

ダンスだなんて考えるだに顔から火が出る

もじもじしつづけているのにも いよいよ間がもたなくなったおばさんが

精一杯に絞った知恵は 突然何もないところにつまずいて

あらあらあらとひとおもいに 鬼の両手をとってしまうという

語るに落ちる姑息な手段だった

それにしても おばさんが鬼の手を取った瞬間

鼻歌だった「幻想協奏曲」が

超絶技巧のピアノ演奏となって耳のなかで回りはじめたのはどういうわけだろう

理性が根こそぎ持っていかれた瞬間を おばさんは全く覚えていない

気がついたとき もうそれはおばさんが知っている自分の身体ではなくなっていて

誰のものとも知れない夢のような身体が

鬼の見事なリードのままに 呼び名のないダンスを踊っていた

自由というものにかたちを与えたら きっとこうなるにちがいない

鬼は おばさんの身体の動きのしくみを

ずっとまえから知っていたかのように

背骨や関節にあらゆる方向性を与え 文楽の人形師さながら

息の通った動きを次々に引き出していく

身体が初めて出遭ったような筋肉の感覚なのに

初対面のぎこちなさは出会いの新鮮さとなっておばさんの意思に応え

おばさんはそのすがすがしく目覚めた身体の

向かいたい方へ向かいたい方へと気持ちの勢いを任せていく

身体中の皮膚は途切れ目のない一枚のつながりでできていて

指先で創るほんの小さなさざ波さえ

ひとつものがさずすみずみに伝えていく精妙な水の面のようだ

夢中な頭の片すみで おばさんは自問した

いつか死にゆくその瞬間も 私は踊り続けているだろうか


どれほどの時間が過ぎただろう

いつのまにか黄昏が降りていたのにも気づかずに

リビングルームの真ん中にひとり座り込むおばさんは

稲妻に打たれた空缶のように からんころんと空っぽだった

かくしておばさんの人生の真実は

ある日藪から棒に極まってしまったのだった”


「ゼロになるからだ」覚和歌子(徳間書店) 『鬼の元』より


事実を語るよりも、物語や詩のほうが雄弁に語ってくれる。と、この短い物語を読んだときにとても救われた気持ちがしました。私はそういった気づきもあって、この昨年5月から6月に音楽の制作を行いながら平行して物語を書きました。「TAMARU」という14歳の少年が旅の中で音楽を作り始めるというお話です。これは私が自分の身に起きたことについて、もっとも近いかたちで書くことができる唯一の手段だったように感じています。人がどうして物語を必要としているのか、はじめてわかったような気がします。

昨年の5月に「藪から棒に極まってしまった」おばさんとおなじような流れではじまったのが、IRIS SUNとして発表している作品群です。最初の作品「OI」はレコーディグ中、比較的はっきりと景色が見えている曲を集めました。レコーディグが終わってからメモできるほどに記憶に残るものだけを集めています。その最初のテイクに、あとからもう一本声を重ねたり、楽器を重ねたりして、完成しました。

「OI」をリリースしてひと月経ち、先日次のアルバムの制作に入ろうと思い、レコーディグしてから一度も聞き返すことのなかった昨年5月の音源をいくつか聴いてみたときに、私の記憶にも残っていない大量の歌があったということにようやく気が付きました。聞き返した音源には、私というものがまったく存在していませんでした。命をなにものかに完全にゆだねて、意識のない状態で歌っているときの響きのおだやかさ、ここちよさ、やわらかさ、あたたかさを知りました。聞き返してすぐに、私達はこの響きだけを集めて次のアルバムを作ることにきめました。いままで制作した作品集のなかで、もっともささやかで主張のない静かなアルバムになると思います。

5曲、55分のアルバムですが、聴いていると、ものすごく、、眠くなります。私ははじめて聴いたとき(自分でも歌った記憶がないのではじめての感覚です)体中の緊張やこわばりがいっきに溶けてしまうような感覚になりました。腰が抜けて、ふらふらと床にしゃがみ込みました。これは実際に私がOne Stroke Sketchで歌をうたっているときに、だいたいいつも身体に現われる現象です。

ミキシングもマスタリングも、起きているのが精一杯で、ふたりともソファーになだれ込み、すやすや眠ってしまったこともありました。とても不思議な音楽です。私は、「私」という存在を通り越して、何かとつながり、ただ「つなぎ目」としての役割を果たすことができたのだと感じています。それはこれ以上ない喜びでした。この響きは、生まれてきてくれてから、いちども聞き返されることもなくじっと黙って待っていてくれました。約9ヶ月かかりましたが、あらためて発見し、作品として光を当てることができるようになった自分にも、よくやったと言ってやりたい気分です。やっとここまできたね。すこし大人になったような気分です。表現「しよう」というところから、ただ「在ろう」というふうに。自然体でいられるようになったのだと思います。

あまりにもしずかで、ゆるやかで、ささやかだけれど、私にとってもっとも必要な音楽でした。愛を音で表現するとしたら、もうこれ以上は今の私にはできないと思います。このアルバムは、私の36年の人生のひとつの到達で間違いないです。これからたくさんの曲を発表してゆくと思いますが、私はずっとこの響きを歌い続けたいと思います。

長くなりましたが、そんないろいろなことを体験して、IRIS SUNというのは向田麻衣ではないだれかの歌、という気持ちでつけた新しい名前です。ちなみに、そもそもIRIS SUNというのは誰かというと、私が昔書いた短編小説の主人公の宇宙人の名前です。地球に参与観察にきて、レポートを書いた、というお話です。一度noteに掲載させていただきました。また近く掲載させていただこうかな。と思ったり、しております。

さて、今日はこの辺で筆を置こうと思います。
読んでくださってありがとうございました。私は、今日この文章を書くことができて本当によかったです。書くこともこれからずっとやってゆきたいと思います。音楽、特にこれからリリースする「AO」も聴いていただけたらうれしいです。リリースまでもうひといき、また進捗ご報告いたします。



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