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読書レビュー:社会学「介護する息子たち」

介護市場では主なプレイヤーとして扱われがちな女性。
本著は、女性を主軸でなく、文字通り介護をする息子たちに焦点を当てた本。しかしながら女性のケア労働も見落とすことない徹底した調べぶり。


息子と要介護高齢者への虐待の関係

介護高齢者が虐待に合うニュースを目にかける人も多いでしょう。
残念ながら虐待加害者のツートップは、主な介護担い手として想定する女性でなく男性です。

<虐待加害者>
息子(40.3%)>夫(19.9%)>娘(17.1%)
男性が半数を超える。

逆に被害者となると偏りがあり、母親が80%を超えている。
男性による女性への暴力とも言えると筆者は綴る。

タスクとマネジメント

介護の解像度を上げるため、ケア概念を言語化してきた研究を借りながら、ケアの二分法を提示している。

<ケアの二分法>
・世話すること(タスク)
労働。
・気遣うこと(マネジメント)
感覚的活動。ケアを成り立たせるために必要な感知すること・思考することの営為。

ケアの二分法に沿うと、こどもにご飯をあげる行為は例として以下に分けられる。

・タスク
料理をする・必要な食材を調達する
・マネジメント
気候や栄養状況から何を作るか考える。子供の好き嫌いを思い出す。それらを考えながら、店頭に並ぶ食材から献立を考える。家族の生活パターンを把握しつつ全員にとって都合のいい時間に間に合うようスケジュールをたてる

一時流行った見えない家事のよう。別次元だが、昨今の生成AI活用においては、AIに「タスク」を指示できる「マネジメント」力が求められていると感じる。
筆者は例として、とある介護者の事例を出します。

最近退院した高齢の母親。入院から退院したがまだ虚弱な状態。
母親をケアするため、息子はケアに訪れ栄養価の高いものを調理して食べさせようとするが、滋養ある肉料理は高齢の身体機能が低下した母親にとっては食べやすいものではない。
母親はケアに訪れる息子に困惑し、息子の「献身」のせいで食が細くなりますます弱っていっている。

母親の元に定期的に通い、料理をする息子は一見「よく親をケアしている」と判断されるでしょう。

しかし母親は、健康な時からそのような料理を好きでないと打ち明けている。先程のケアの二分法の中で彼はタスクには熱心である一方、母親の心情を図り戦略を練るマネジメントの行為が欠けているため、ケアとして破綻していると示唆します。

息子介護におけるマネジメントは誰が行っているか

タスク・マネジメントが揃ってないとケアは成立しないが、分業は難しいもの。
例えば家事でマネジメントを担っている人がタスクを割り当てる際、そのタスクを言語化しないといけない。料理の例だと、作るものや材料が決まっている上で調理するだけなので、自分でやった方が早いと思うことが多いでしょう。

介護でも同様に、食事の介護補助するには、まず作られたご飯が必要で、既婚者の息子の中には妻がこの「介護の基礎」を負担している人が多いようだ。また、マネジメントを行う女性がその介護の基礎を見せずに、タスクのみ実施する男性をお膳立てしてあげる傾向にあると筆者は指摘する。

男性は生きづらいのか

ケア労働で男性が抱える矛盾などを掲げながら、自身も男性である著者は、男性学の研究者である別の男性多賀太氏の「男性の生きづらさ」を参照し、疑問を投げかけている。

<多賀氏の生きづらさ考察への著者の批判>
・男性に対する「役割期待の増大」
著者の批判→仕事家事育児の視点では、少なくとも男性だけに役割期待をしているわけではなく、参照した調査結果が不十分で恣意的。調査結果では、女性たちが男性のみが稼得役割を担うことを期待しているわけではないのが分かるため誤っている。
・女性の生きづらさは「能力発揮、成功、上昇の機会が奪われたりすること、すなわち社会的達成の阻害」で、男性は「能力発揮、成功、上昇の機会
へと駆り立てられること、すなわち社会的達成への強迫」
批判→女性の生きづらさと男性の生きづらさは根本的に異なる。
女性が就労機会や稼得能力を自身に望むのは能力発揮の文脈ではなく、個人として生存を維持する資源を得るため。
性別分業的な構造のもと、妻が夫の稼得能力に頼ることで妻の生殺与奪権は夫に握られている。妻が生の基盤を得ることに対し、男性の生きづらさは家庭における支配を維持するための対価で非対称

不安定な就労状況である男性がいないわけでもないが、多賀氏が指摘する男性の生きづらさはあくまで女性からの期待とされており、調査結果でも女性全てが男性にそのような期待を抱いているわけでもない。多賀氏自身が保守的な見方をしていると指摘しています。

所感

本著は研究者による本にありがちな結論をストレートに提示する内容でなく、結論に至るまでの研究の過程から書き連ねるタイプで読むのに時間は少しかかります。

息子が介護対象の母親に暴力的になってしまう要因を解説しつつ、男性の生きづらさを世間に届けられない理由として社会においてドミナントな男性が原因と示唆しています。

弱者男性がそのルサンチマンを女性にぶつけるのでなく、ドミナントな男性に異議申し立てることで、男性支配の構造に抵抗することが可能とあり、個人としての男性にできることを示しています。

男性の怒りが本来利益を得ているはずの別の強者男性に向かわない背景については、こちらの本もおすすめ。

最終章とあとがきが、著者が訴えたいことが詰まっており面白かったです。

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