うつじゃなかった

 勤めていた会社でリストラが行われようとしていた。対象となったのはたったの1名。そしてわたしはその対象ではないことをあらかじめ知っていた。正直、だいぶ前からわたしはその会社を金払ってでも辞めたいと思っていたので、自分が対象にならなかったことでモヤモヤし、さらに対象になった人をかばって何て言うの?「後追い退職希望者」みたいなのが次々出てきて、それもモヤモヤした。

 リストラ対象になった人は、まあ確かにリストラされてもおかしくない人だったんだけど、要は、その人と友達みたいにべったり親しくしていた同僚が「俺もやめる」「じゃあオレも・・・」ってなったんで、そんなこと言って、あんたらみんな生活はどうすんの?って思った。わたしの中では同僚ってのはあくまで同僚で、オトモダチとして見たことなんて全くなかったから、そこらへんがどうにも理解できなかったのだ。

 辞めたくてどうしようもない会社を辞められるかもしれない「リストラ」というチャンスが来たというのに、対象になったのがわたしじゃなかったことに加え、情に流され後追いのように「辞める辞める」と騒いだ同僚たちの考えのなさがどうにも気持ち悪く、大きなストレスになったらしい。

 数日後、ベッドで目を覚まし、寝返りをうつと気持ち悪いことが起こった。視界がぐわんと揺れたのだ。何というか、脳みそが寝返りの速さについてこれず、遅れて反応したかのような気持ち悪さ。軽い吐き気も覚え、起きあがることがしばらくできなかった。それが数日続く。一度起きあがってしまえば、立ちくらみを起こしたりということはないのだが、とにかく朝、起きたときにそのめまいは起こる。

 加えて、仕事中の無気力感も強くなってきた。何をやっても楽しくないし、何を食べても美味しくない。ああ、うつかもしれないと思った。そして、うつなら会社辞められるかなとしょうもない考えが浮かんで初めて心療内科というところへ行ったのだ。

 そのクリニックはネットで調べた。設備もきれいそうだし、何より院長が女性と言うことで頼りになりそうだと思った。

 行ってみると、こじんまりしたキレイなクリニックで、常連っぽい女の子が、薬を受け取りに来ていた。緊張しながら診察の順番を待つ。名前を呼ばれ中へはいると、やや年配の先生が座っていた。初対面だと若干怖いなって思えるくらいには険しい表情だ。診察は、先生の質問に答える形で進んでいく。眠れないのがつらいと訴えた。じゃあよく眠れる薬を出しましょうということで、診察は終わった。特になんの病気かということは言われなかった。それもモヤモヤしたが、それとは別の問題で、わたしはこのクリニックに来たことを後悔していた。

 なんせ先生がわたしの話を聞いている間、しょっちゅう爪を噛んでいたのである。ガリガリって。わたしは思った。

 あの人のほうがよっぽどマズイんじゃないかと。

 そしてこうも思った。

 医者も人間なんだから絶対じゃないんだよな。

 あんな人に診られるということの不信感がぐわっと湧いて、医者がわたしを治せるわけがないと思っちゃったんだろな。症状は収まった。これは気合いというヤツか。

 まあ、カンタンに治ったってことはうつじゃなかったってことでいいんだろうけど、気合いの力ってのも捨てたもんじゃないなと思った。

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