「できない」と言うことは悪なのか

 会社という箱の中では「できない」という言葉を発するのは悪らしい。先日も、自分の力量以上の仕事をしろと言われて「できません」と言った人がこっぴどく叱られたと聞いた。

 その話を聞いた人のうち数人が「フツーできないなんて言わないよね」と口々に言った。だけどわたしはその意見に同調なんてできなかった。

 その現場にいたわけじゃないからその「できない」がどんなテンションで、どんなシチュエーションで出てきたものかはわからないんだけど、わたしは「できない」ことは「できない」と言いたい質なのだ。

 できるかできないかに関わらず、極めて困難な仕事に当ってしまうことはたびたびある。自分がやりたいかやりたくないかに関わらずだ。会社というのはそういうものだと理解している。自分ひとりでやっている訳じゃないから、仕事のペースや量を好きに調節することなんてできない。

 ある仕事を「できない」とか「やりたくない」と思う裏には必ずしも「めんどくさい」という感情があるわけじゃない。「やってみてもいないのに、できないと判断するな」と言うけれど、やれって言われた当事者は、単なる怠惰で「できない」と言っているわけじゃないと気づいてほしいと切実に思う。

 自分がいっぱいいっぱいに仕事を抱えている状態だったらどうだろう。新たな仕事を抱える時間や力量の余裕が全くないと。そんなときに「できない」と言わないで、まあ残業すれば、休日出勤すればなんとか、寝ないで頑張ればなんとか・・・と、我慢してその仕事を受けてしまったらどうなるかと考える。

 言わずもがな、仕事の量や質は体調に左右される。休みもなく寝る間もない中でやった仕事なんて、調子のいいときのそれに比べればゴミもいいとこで、なんとか形としてまとまっていたとしても、ミスが満載だったり、計算を間違っていたり、大事なところが抜けていたりするものだ。「なんとか」なんてなってないんである。

 会社の中で完結し、外とは関係ない仕事ならば、そういったミスで痛い目見るのは当事者だけだから「無茶な仕事をさせたせいだ。ザマミロ」くらいのことで済むかもしれないけど、残念なことにそんな仕事めったにない。大体が「お客さん」の絡んでくる話だから。

 「お客さん」である個人や企業からお金をもらって仕事をしているのだ。そちらの立場に立ってみれば「あの会社、できると言って仕事を受けたくせに、全然できていないじゃないか。こんな仕事に金なんて払うもんか」ってことになる。それで済むならまだいい。一番怖いのは、中途半端なものを納めてしまったこと、あるいは期日に間に合わなかったことで「お客さん」に迷惑をかけてしまうことだ。

 当然会社への信頼は失うし、そればかりか無茶してその仕事を「なんとかやる」と言った当事者も責任を問われることになる。当然誰かひとりの責任はそのひとりが取ればいいわけじゃなく、会社全体で取るべきものだ。当事者の気持ちを考えると気の毒になるよ。お客さんからも同僚からも上司からも白い目で見られるんだから。「やれ」と言ったのは会社なのに、その会社は自分を守ってもくれないのだ。

 そこまで考えて、自分には今その仕事を「できない」と判断し、上に言えるということを、逆に私は讃えたいのだ。責任というものをどこかに投げたりせず、自分自身できっちり考えられるから、責任を取り切れない仕事は断ることができる人なのだ。(もちろん、一方ではただめんどうで断る人もいるんだろうけど)

 わたしも言いたい。できないことはできないと言いたい。わたしは正直、会社よりお客さんのほうが大事だもん。そのお客さんに迷惑をかけることはしたくない。だから「フツーできないなんて言わないよね」と多数が言ってしまうこの状況にゾッとしている。もしかしたら「できないと言うな」という上からの圧力に毒されているのかもしれない。

 一方で、出来る限り「できない」とは言いたくない気持ちだってわたしにはある。この気持ちはやっかいだ。今までやったことがない種類の仕事をやれと言われたときは、それが顕著に出る。やったことないから自信なんてあるわけないんだけど、「できない」と言ってしまって「お前ができないんなら違うヤツに頼むから、いいよ」と返されたら、正直悔しい。できないヤツだ、使えないヤツだと思われたようで。

 そんな時わたしはたびたび、悔しくてたまらなくなって、自信がないにも関わらず「あ~やっぱりやります!やらせてください」と言いがちなのだ。それで、結局中途半端なものしか出来ず上司からもお客さんからも怒られるという始末だ。迷惑をかけてしまったんだから消えてしまいたい気持ちで満たされてしまう。

 自信のない仕事にぶち当たったとき、当人の中では激しい感情のせめぎ合いがある。この仕事できる?時間は間に合う?迷惑かけない?利益になるの?決して自分勝手な理由で「できない」という言葉を発しているのではない場合もあるのだから、頭ごなしに説教するというのはどうなんだろうと思う。せめて、できない理由を聞いて欲しいと思う。

 「できない」と言わないことが会社員のオキテならば、とっとと会社員辞めたいと切に思う。「できない」という言葉には責任感の強さが含まれていることだってあるのだ。

 

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