空の広さを知ってしまった私たちは。

The sky is the limit.
訳:空が限度である。(=不可能はない。)

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昨日は入学式だった。浪人してまで受験したK大に落ちた私は、後期で滑り止まったS大の入学式に出席していた。K大ほどではないにしても、S大もそこそこ世間で名の知られている国立大学である。私は別にS大でも私立でもよかった。K大じゃないならどこも同じだ。


私は小学生のころからずっとK大生になりたかった。当時流行っていたクイズ番組で活躍していた芸能人の賢さに一目惚れした私は、彼の後輩になる!とK大を志したのだ。

こんな短絡的な理由でも、K大について調べるうちに行きたい学部、学科、研究室も定まった。そこの先生に連絡を取って研究室見学もした。もう、私の進む道はそこしか考えられなかった。


かれこれ10年以上の夢に敗れた私はK大生に会えなくなった。私の受験が終わったら遊ぼうと約束していた、現役でK大に受かった友達にも連絡できていない。SNSで彼らのつぶやきを見たり、彼らの話を聞いたりするのに耐えられずアンストした。


こんなに未練が私の心を占領しているというのに、S大に通うにはK大に行くときに乗換えで使う駅を通らなければならない。その駅への到着を知らせるアナウンスを聞いても、大学生らしき人がその駅で乗り降りするのが視界に入っても、心臓がきゅううと締め付けられるのを感じる。まるで心臓を握られているような。前にも経験したことがある気がして、自分の死を考えたときの苦しさに似ているのだと気づいた。


ふと後輩たちの進路が気になって調べてみると、1番仲のよかった後輩が推薦でK大に受かっていた。去年まで他大の医学部志望だと言っていたのに。私は推薦も落ちたのに。なんで彼女が受かるの。学部は違えど、彼女の1年足らずの志望理由が私の10年の想いを超えたとでも言うのか。家で一人だったのをいいことに、声を上げて泣いた。



入学式では、学長の挨拶を長々と聞くほどにK大に落ちたことを実感して、辛かった。涙で視界が霞んだ。隣の席の子には嬉し涙だと誤解されたようだが。

正直S大を第一志望にしていたような人たちと一緒にされたくない。私の方が高校のときから娯楽も恋愛も捨てて勉強に打ち込んできたのに。華の女子高生など私には存在しなかった。入ったところが全てなのに、なんて私の心は狭いのだろう。

SNSで浪人仲間が高校の同級生に合格の報告をしている中、私はS大に進学すると言えなかった。浪人したのにK大に落ちたことが恥ずかしかった。ほかのS大が本命だった人たちと一緒にされたくなかった。絶対私の方がいろいろ捨てて高校時代から勉強してきたのに。たかが1年勉強しただけの奴らと一緒にするな。親友とその他数名以外に進路を教えていないから、そこそこ仲のよかった子とも疎遠になった。予備校が同じだった子とも。つまらない自尊心のせいでまた友達が減っていく。



そして、今日。その他数名のうちの1人に会いたいとねだった。前に2人で来たことのある和菓子屋で。正直高校での評判はよくなかったらしい。が、私にとっては、どう思われてもいい、なんでも思ったことをそのまま言ってしまえる気の置けない友人だ。向こうがどう思っているかは分からない。けど、むしろそれが心地良いとさえ思う。

彼も去年K大に落ちたが、そのまま後期で妥協して公立に行った。大学生活の話をいろいろ聞いたが、彼日く、「大学生になって分かったことは、研究者志望なら大学名は関係ない」らしい。彼も私も研究者志望でそれをお互いに把握しているけど、それでも、私はK大に拘っていた。センタ一試験で失敗したら、学部を変えてでもK大を受けるつもりだった。


「私って学歴至上主義みたいなところあると思うんだ。」

そう言って私はみたらし団子を頬張った。

「S大でそれはきつくないか?」

彼は残っているわらび餅に、付属のシロップをかけきった。見る見るうちにシロップが大海を成していき、わらび餅がシロップの海を漂っている。その様子だけ見ると、風にあおられる雲のように見えなくもない。お皿の縁に追い詰められ変形するわらび餅は、空の限界を知る。


The sky is the limit. と言うけれど、そんなこと誰が言い始めたのだろう。努力が実ってきた人は、自分が恵まれているなんて思わない。昔の自分がそうだった。幸せだった、あの頃は。自分の限界なんて知りたくなかったよ。


「…よく分からんけど、S大はあほすぎるってことでいいん?どっちにしろ、きっと私は学歴コンプをこの先ずっと背負って生きていくんだと思う。」

それから、彼は私の話を聞いてくれていた、と思う。ほとんど黙っていたから分かんないけど。彼は当然のように奢ってくれていたけど、金欠と言っていたのを覚えていたからちゃんと返した。別に性格悪くないと思うんだけどなあ。

「まあ、頑張りな。不本意なところに行った先輩として、話聞いてあげるから。」

「あはは、それは心強い。ありがとね。」

仲の良かった子はみんな行きたいところに受かってしまったから、同じ境遇で気楽に話せる人は彼しかいない。結構嬉しかった。のに、帰りの電車でK大のジャージの人を見つけてしまったんだ。やっぱりまだ気にせずにはいられない。気がつくと頬が涙で濡れていた。今日も私の心は荒む。

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