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巡礼1日目〈サン・ジャン・ピエ・ド・ポー~オリソン、8km〉

ついにカミーノスタートの日。早朝にパリにさよならを告げ、バイヨンヌに向かうTGVへ乗り込む。“鉄道オタク”な夫は興奮気味だ。私は快適な車内でよく眠れた。

昨日も書いたが、今回の旅は、巡礼のスタート地サン・ジャン・ピエ・ド・ポーへの交通のことから、荷物、天気のことに至るまで夫がしっかりと調べてくれていて、いつも行きあたりばったりの私の旅よりずっとスムーズで、トラブルもない。

しかし、目前で急ぎの判断を迫られたとき、考えすぎるあまりか、様子を見すぎるあまりか、とっさの動きが遅い夫には申し訳ないがかなりいらいらさせられる。

バイヨンヌでサン・ジャン・ピエ・ド・ポー行きのバスに乗り込む際も、さっと動いてよい位置を確保すればよいのに、なぜかぐずぐず。私がはやくはやくとお尻を叩いていなければきっと乗り過ごしていたに違いない。

サン・ジャン・ピエ・ド・ポーのカミーノの事務所でも、明らかに正しい列がそこにあるのに、すっと並ぼうとしないのはどうしたことだ。「事前準備」はあんなに得意なのに、きっと「現場判断」が苦手なタイプなんだろう。私とまったく逆だ。

ドイツ人全体に見られる傾向だと思うが、彼らは「失敗」や「格好悪いところを見られる」といったことを極端に避けようとするきらいがある。物事をいつでもスマートにインテリジェントにこなしたい(またはそうしていると見られたい)、といったところか。 

しかし、時には強引に格好悪く物事を運ばなくてはならない場面もある。特に旅先のようなきちんとしたルールがない場所で日和見をしていても損をするだけだ。……まあ、愚痴を言っていてもはじまらない。

と、自分に言い聞かせるものの、いきなりの山道を歩き出してさっそく、今度はペースの速すぎる夫にまた腹が立ってくる。白アスパラガスみたいな夫とはいえ、私より足も長ければ、当然筋肉も多い。こちらを振り返りもしない、どんどん小さくなっていく背中をにらむ。

言いだしっぺの私が「もっとゆっくり歩いて」なんて言ったり、早々にへこたれるのはちょっと癪に障る。父親が今回の旅用にと贈ってくれたスキーのストックみたいな杖に頼りながら、なんとか体を引き上げた。

ようやく到着した今夜の宿の「リフュージュ・オリソン」は、室内は少し冷えるけれど、木の温もりのあるインテリアやさっぱりと人間らしいサービスがとても素敵だ。着くなり女性主人からフランス語なまりの英語で大歓迎を受け、無口な料理人がサーブしてくれるできたての夕食をお腹いっぱいに食べた。

ありがたいことに部屋は個室で、ようやくひと息をつく……前にシャワーを浴びてしまうことにする。座り込んだら最後、そのままお尻に根っこが生えてしまいそうなほどに疲れていた。

山の中腹にあるこの宿ではお湯は貴重らしく、シャワーは専用コイン式。コイン1枚でなんと5分間しかお湯が流れてこないという。いつもはたっぷり20分は浴びているシャワーをたった5分で!不可能だ。私が「ぜったいに無理だ」と言い募っていると、なんと夫が自分の分のコインを差し出してくれた!今日のいら立ちはこれで帳消しになった。

しかしこのシャワーがつらかった。清潔なダイニングや部屋と違ってシャワールームは水浸しでぬるぬるで(先客たちのせいだろう)、おまけに流れてくるお湯はほとんど水。震えながらシャワーを浴び、すっかり冷え切った体に明日用の服を靴下まですべて身にまとい、念のため持ってきていたユニクロのダウンジャケットまで着込んで、ベッドの上に広げた寝袋に潜り込む。

室温はさらにぐっと下がったようで、はく息が白い。もう眠ろう。

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※夫の手記はハフィントンポストで連載しています。→前途多難な僕らの巡礼の旅がはじまった。

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ドイツ・ミュンヘン在住のフリー編集者、溝口シュテルツ真帆です。コツコツと暮らし、コツコツと書いています。