Pアイランド顛末記#4

★大東京通り

 ヒロシは大東京通りをあるいていた。夏の太陽光がショッピングモールのガラス天井を突き刺し、モーターじかけでゆらゆらと動くイミテーションの木の葉のすきまをかいくぐってヒロシの瞳を直撃した。ヒロシは目を細めてくしゃみをした。
 通りの飲食店は暑さに恐れをなしてピタリとシャッターを閉じ、人影もない。

 キショー!今年の暑さは異常だぜ!これじゃ、脳味噌も目玉も金玉もとろけちまう!

 アスファルトの路上には色とりどりのごみくずがちらばり、何か芸術作品のように見えた。光の粒子はヒロシの目玉のレンズを通過して、脳の中心部をこがした。太陽熱で熱くなった頭の芯に、様々な映像が浮かんでは消えた。

 魚のアタマ。
 ミカンの皮。
 アトミックステーションの爆発。
 ピストル。
 バナナ。
 小便のしずく。
 乳首。
 ガキの死体
 はみだしたピンクの内臓。
 星の光。
 蘭の花。

 ぺッ!

 ヒロシは唾を吐きすてると、袖を切りとった皮ジャンのポケットからシガレットケースを取り出して、煙草に火をつけた。ケースには爆発するダイナマイトが描かれている。
 煙を胸いっぱいに吸い込むと、頭のなかの青白い映像が急速にとろけて、目の前の風景がゆらゆらゆらゆらと輪郭をとりもどした。
 ヒロシは道端の自動販売機にコインをちゃりちゃりと放りこみ、コークを買った。ごくごくと飲み干すとコークは体中にいきわたり、四肢の神経をちくちくいわせた。
 ヒロシはぶるっと身震いして息をついた。

 血液が炭酸入りだったらいいな。コークみたいに…。

 ヒロシの背後からきしむようなエンジン音がちかづいてくる。ブカブカとクラクションを鳴らす。

「エーイ!ヒロシ。夕べのオカマはどうした?お楽しみは、もうおしまい?」

 おサイケにペイントされたオープンカーの、まっかな牛皮シートでハンドルをにぎっているのはゲン。そばかすだらけの小太りな顔に黒眼鏡がギラギラと輝いている。

「いま頭痛えんだよ!静かにしてくれよ。」

 ヒロシとゲンは超能力漫才コンビ「ごぼてんブラザース」を組んで1年になる。超能力を使うはもっぱらゲンだったが、ヒロシも持ちまえの勘のよさで絶妙なコンビネーションを発揮していた。もっとも、ゲンが使えるのはせいぜい水の入ったバケツを宙に浮かせたり、空中に火をともすぐらいのもので、二人のおはこの変身ネタなどは特殊メイク技術や特殊映像技術によるものだった。

 そう、朝だったな。何かひっかくような、シビれるような…。神経の中をガガガってビートがかけめぐった。俺は思ったね。何かやれるぞって。ルックスには自信あったし。それでバンドのメンバー募集したらそのなかにおかしなヤツがいたんだ。超能力使えるっていって、宙にうかんでみせやがった。そいつがゲンさ。おどろいたね。さわれるままにコンビを組んでもう一年たっちまった。結構楽しいよ。なにせこの島じゃスターだからね。

 助手席にヒロシをのせたゲンのオープンカーは、大東京通りのはずれにとまった。道の両側には、うらぶれたゲームセンターがたちならんで、瀕死の電子音を発していた。意地の悪い太陽の光もゲームセンターの内部まではとどかず、建物の中では、わずかにに生き残ったゲーム機がひんやりとしたRGBを発している。

 「ゲームバトルロワイヤル」のなかはおちぶれた水族館のようだった。生き残った魚…ゲームのキャラクターたちが、とぎれとぎれの光をはなってヒロシの目をチクチクと刺した。入口ちかくのカウンターにはショートカットで痩せすぎの少女がぼんやりと座っていた。ボックス席では浴衣を着たしみだらけの老人が放心したような目つきでシュートボタンを押しつづけている。口にくわえた煙草の灰が今にも落ちそうだ。

 ゲンは奥まったいつものマシンにコインをいれる。丸っこい顔がCRTの光に照らされてほてったような赤味をおびた。ゲンのお気に入りのゲーム「スカルウオッシャー」だ。CRTにはどこまでもひろがる砂漠が映しだされている。その砂漠をゆっくりと飛んでいく巨大なダークグリーンのドクロ。そのドクロのそこかしこから無数のうじ虫がわきだしてくる。ゲンが操る黄色のヤモリがそのうじ虫を食い殺していく。うじ虫を食いつくしたヤモリは真っ赤な舌を出してドクロの表面をぺろぺろと舐め、みがいていく。ヤモリが舐めた部分は純白にかがやいていく。ドクロが半分ほど白くなったころ、だしぬけに巨大な岩石が現われた。ゲンの指に緊張がはしる。ドクロは、岩石をよけそこねて爆発し、きのこ雲をあげた。ゲンの口がへの字になった。

「ちっ!」
「けけけ!へったくそ!」

 ゲンはゲームのトリップ状態から醒めきらず、焦点のあわない眼でヒロシを見あげた。
 ヒロシはガムを吐きだし、煙草に火をつけた。
 ゲンは次のコインを捜してポケットをまさぐった。

「くそう!」

 ゲンは鼻のあたまに汗をうかべてコインをスロットに放りこんだ。しかしCRTは「INSERT COIN」を点滅させたままうんともすんとも言わない。

「こんちくしょう!」

 ゲンはゴムぞうりの足でゲーム機を蹴飛ばした。その音がゲームセンターのなかにいつまでもこだました。その音はヒロシの頭のなかにも同じように響き、頭痛を増した。ヒロシは思った。

 これも悪くない。頭がここにあるってはっきりわかるからな。


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