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口紅を買いに行った話


突然だが、私の口紅のつけ方というと
ブラシで輪郭を引いた後に
ぽんぽんと唇にはたく程度である。

おそらく一般的である「塗る」ことはどうも抵抗がある。

なんかこう…
そんなにしっかり塗ったら重たくない?唇。

しかし、そんないい加減な態度を猛省する時が来た。

デパコス売り場である。

デパコス売り場へ行く経緯

8月某日。私は某所のデパコス売り場に来ていた。

口紅を新調しに来たのである。

そう。文字通り新調しに来た。
化粧にこだわりのない私は口紅を1つしか持っておらず、それの残りがわずかであったのだ。

化粧に無頓着な私でも、さすがに口紅がなくなるのは困る。
それが無くては私の顔は血色のない病人になってしまう。

今使っているものはイヴサンローラン。
美意識の高い先輩にプレゼントしていただいたのだ。
ちなみに同級生に言われるまで、私はその価値もブランドもわかっていなかった。
全く持って豚に真珠である。

先輩ごめんなさい。

ともあれ、やっぱり良いものは良い。
なんだかいい香りがすると気分が上がるし、
なんといっても冬場に唇が全く荒れなかった。

そんなこんなで私はイヴサンローランのブースへと向かった。

試されるコスメ語彙力

キラキラ光るコスメ。
楽しそうに手に取り、美容部員さんの話を聞く綺麗な女性たち。

場違いさをひしひしと感じつつ、
今使っているものと同じシリーズを見つけた。

しかし、分からない。

今と同じ色を買うべきか。
それとも、もっと私に合う色があるのか…

そんな私を目ざとく見つけた美容部員のお姉さんが声をかけてくださる。

私は今使っている口紅がこのシリーズであることとその色を伝えた。

するとお姉さんは、「そのお色もお似合いだと思いますが…」
と前置きをしつつ、違う色も勧めてくださった。

せっかくなので、試させてもらう。
デパコスを買うことなんて、これからの人生を考えても多くはない。
ならばアウェーに耐え、経験値を上げようと思ったのだ。

お姉さんはにこやかに口紅を差しだし、
近くにあるコスメの並びを整えたりして
私の近くにいつつも気をそらしてくださっている。

嗚呼。お姉さんありがとう。
私は緊張しつつも口紅を塗って、
お姉さんにそれをお返しするために声をかけた。

するとどうだろう。
先ほどまでその微笑みを一切乱さなかったお姉さんが振り向きつつ

「もう塗り終わったんですか!!」

と驚愕の表情を浮かべたではないか。

私はそこで初めて悟ったのだ、
私の口紅の塗り方は他よりダントツで早く、おそらくその分雑であることを。

お姉さんは気を取り直し、また微笑みながら私に感想を聞いて下さる。

しかし、困る。

いや…感想ってなにを言えばいいの?

薄々気づいていたのだ。
私は色に鈍感である。

いま塗っている口紅がピンクがかっているのか、
オレンジがかっているのか見当もつかない。
したがって、色に言及するのは危険である。

私はどうにか他の言葉を探す。
華やかですね、とか?でもこれ大人しめの色ってさっき言ってたし…
一瞬で私の頭はフル回転である。
口紅に対する誉め言葉って何なんだろうか。
コスメ業界は色をどう表現するのだろうか。

そこで私は気づいた。

私、コスメに関する語彙が皆無。

しかし、これ以上お姉さんを混乱させたくない。
私はよくいる客としてこのブースを去り、お姉さんの記憶から消えたいのである。

私は答えた。

「あー。あの、顔色になじむ感じで、いいかなぁって思います…」

お姉さん:「そうですね…」

どうやら誤答だったようである。

いや、少なくとも合格点ではなかった。

しかし、私は口紅を買いに来たのである。
このまま心折れて手ぶらで帰るわけにはいかない。

私は果敢に挑戦する。
私のいいところはガッツがあるところって前に誰かが言ってた。

「あの…この他に何かおすすめの口紅ってありますか?」

お姉さんは秋の新作ティントを勧めてくださった。
2,3色を手の甲に塗って見せてくれた。

うん。すごい。全部同じ色に見える。

しかし、あきらめてはいけない。
なんて言ったって、私は今日何かしらの唇に塗るものを買いに来たのだ。
買わなければ、数日後には私の口紅は底を尽き、
私は血色を失った病人になってしまう。

私は色の違いがわかる人間を装って
「最初に見せていただいたティントの色、可愛いですね」と言った。

お姉さんは微笑み、「お試ししますか?」と聞く。
優しい人である。

私は「お願いします」と答えた。

もうお姉さんは私にそれを渡すことはしなかった。
お姉さんは直々に私の唇に塗って下さった。

それはもう、すごい丁寧さだった。

お姉さんはその時間を通して私に、
化粧とはどれほど繊細に作り上げていくべきものかを強く訴えてくれたように思う。

私は今でもその時間を、
お姉さんの恐ろしく綺麗に跳ね上がったアイラインと共にまざまざと思い出せる。

そして、再びあの時間が来た。

お姉さんは私に問う。

「いかがですか?」

限界であった。
何って、私のコスメ語彙力のである。

しかしこの色はさっきの口紅よりくっきりした色である。
私は堂々と言った。

「結構、濃くてはっきりした感じですね。」

お?どうだ?

お姉さんは答える。
「あの…今お使いの口紅でもこの濃さになりませんか…?」

あ。
わたし、あのぽんぽんする塗り方しかしたことないわ。
確かにいま使ってるやつ、結構濃い感じしてたんだよねー。

ねー。

私は椅子から降り、お姉さんの言葉にあいまいな笑みを浮かべ、感謝を伝えた。
そして言う。

「どれにするか、ちょっと考えようと思います。」

そして私はデパコス売り場から去った。

私にはデパコスは早かったのである。
私にはキャンメイクとか、ちふれとかで十分なのである。

異次元のアウェーから抜け出した私は、久しぶりに呼吸をした気がした。

後ろにはきらめく世界。
美を追求する女性たちが熱心にコスメを見つめている。

また、会う日まで。
さよならデパコス。


ちなみに、私がキャンメイクとちふれの口紅の色の多さに発狂するのはまた後日の話である。

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大学生。恋愛感情が乏しい。
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