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マシーナリーとも子EX 〜タイムマシンの模様替え篇〜


 池袋山本ビルディング……。その入り口周りをうろついている二つの影があった。

「ここだ……入居者出入り口は」
「警備は…?」
「入り口の脇のおっさんだけだ……。バイトだろ。脅せば通すさ」
「どうかな? サイボーグかもよ?」
「サイボーグがビルの警備員なんかするかよ」

 男たちは意を決し、ドアを開けようとする。その時!

「待ちな待ちな〜〜。そこの怪しい人類」
「私たちはこのビルのものです……なにか御用ですか?」

 ふたつの声色に男たちはびくりと反応し、ゆっくりと後ろを見る。そこには派手な髪色をした2機のサイボーグ! 互いに腹部が無く、上半身と下半身がフレームで繋がれている! 池袋支部のサイボーグ、パワーボンバー土屋とダークフォース前澤だ!

「いえその……私たちここのお店の人の友人でしてね」
「へぇ〜? どこのお店? 案内しよーか?」
「えーっと2Fの……」
「2Fはいま空きテナントだ」

 男たちは目を見合わせる。目を閉じ、観念したようにため息をこぼすとふたりは高くジャンプし、腕を伸ばした! ひとりは前澤に向かい両腕を捻りながら手を組み、槍のように突き出す! もうひとりは両腕を大きく広げながら土屋に飛び掛かる!

「こいつらやはり……」
「N.A.I.L.のどうぶつ人間!」
「死ねーっ! サイボーグ!」

 前澤に腕を突き出した男が迫る! 男が気合いを込めると身体にエネルギーが集まり、その覇気が空気中のチリに反射して一瞬その「姿」を映す! カブトムシ ! もっともパワーのある昆虫だ!

「カブトーッ!!」
「何!?」

 前澤は槍のように突き出された腕から繰り出される突きを警戒し、上半身のガードを固めていた! だが予想外にカブトムシ男の腕は前澤の下半身に向かう!

「カブトーッ!!」
「ウワーッ!」

 男は両腕をカブトムシのツノのように前澤の脚のあいだに滑り込ませると、そのまま大きく持ち上げた! カブトムシスルー! ダークフォース前澤は天高く前上がった!

「前澤ーッ!」
「仲間の心配をしてる場合かぁーッ!?」

 両腕を広げた男が土屋に迫る!

「スタッグ!!!」
「んあっ!?」

 男が両腕を勢いよく閉じるとともにそのパワーのビジョンが映し出される! これはカブトムシ最大のライバル、クワガタムシだ! クワガタムシの強靭なパワーを発揮した男の腕は土屋のボディを凄まじい力で締め上げた!

「グギャーッ!!」
「このまま挟み殺してやるぜーっ!」

 苦悶する土屋! だが!

「……なんてね」

 脂汗をかき、歯を食いしばって苦しんでいた土屋だったが、突然スンと真顔に戻った。

「なにっ!?」
「私はさァー…」

 そのときクワガタ男は気づいた! 土屋の両手が…無い!

「手が取れるんだよねーッ」
「ギャーム!」

 気づいた時にはもう遅い! 死角から飛来した土屋のロケットパンチがクワガタ男の頭部を両側から挟み込み、イクラのごとく圧縮粉砕した!

「前澤ーっ! なに遊んでやがる! 早くそっちも始末してよー!」

 土屋が空中に向かって叫ぶ! その方向を見てみよう……空中に吹き飛ばされた前澤が、難儀して背部の巨大なキャノン砲を展開しようとしていた!

「こいつが……重くてっ! 空中で開こうとすると身体を持ってかれるんだっ!」
「なんとかしろーい」

 前澤はなんとか三つ折りになった方針を展開、固定する! その大きさは前澤の体躯とは不釣り合いなほどで、全長は2メートルほどあるように見える! 

「へっ…?」

 その異形を見たカブトムシ男は体温が下がるのを感じた。遅れて身体中から汗が噴き出る!

「やば……ッ」
「死ねーっ!」

 光。遅れて爆音。
 カブトムシ男はキャノン砲の発射音を認識する前に意識を空中に溶かした。

***

「またN.A.I.L.か……」

 池袋支部のリーダー、ドゥームズデイクロックゆずきは2体からの報告を聞いてため息をついた。ここのところ支部の周囲をどうぶつ人間がウロウロしている。これはワニツバメの襲撃以来、ここにタイムマシンがあることをほぼ突き止められていることを意味する。大きなインシデントだ。

「非常にまずいねこれは…」
「タイムマシンを移動するわけにはいかないんですか?」

 カウンターウェイトの角度を頻繁に調整しながら前澤が尋ねる。この巨大キャノン砲を購入して間もないため、ベストな塩梅の取り付け具合をまだ決めあぐねているようだ。

「そういうわけにはいかないね。タイムマシンというのはこの土地あってのものなんだ。ここは日本有数のパワースポットでね……。徳が集まる場なんだよ。この場所の徳なくしてはタイムマシンは稼働しない。奈良支部のタイムマシンだってそうさ。機構さえあればどこでもいいというわけじゃあないんだな」
「んじゃあ〜、もっとロボを増やしたら? 4機だけってのも不安じゃないスか?」
「それも賛成できないね。警備を強化するというのは外部に"ここは重要な拠点ですよ"とアピールするようなもんだ。それに場所にはそこに見合ったリソースというものがある。横浜データセンターのような大型拠点ならともかく、この支部くらいの規模ならサイボーグ4機は妥当な数だよ。むしろ遊ばせてる状態のサイボーグが増えることのほうが好ましくない」

 ゆずきはまたため息をついた。

「だがまあ……警備体制を強化する、ということは悪くないアイディアだね」
「ってゆーと?」
「業者を呼ぼう」

 言うが早いかゆずきは電話を手に取った。

***


 次の日の昼、池袋支部の内線がなり、土屋が取った。電話番は年功序列なのだ!

「はい」
「どうもー。13時からお約束しておりましたツェッタでございます」
「ああはいはい、どうぞ。そちらから入っちゃってください」

 電話を置くと程なくしてドアを開け暗闇が入室してきた。

「本日はよろしくお願いしますー」

 ガス状の暗闇の上辺が凹んだ。彼はくじら銀河、スキャリー星にルーツを持つ宇宙生命体。スキャリー星はたいへん変わった種族で、星ぐるみでセキュリティ用品の販売を行うことで経済を成り立たせている。その販路は多岐に渡り、彼は天の川銀河での営業を一手に引き受け、とくにシンギュラリティは有力な得意先のひとつだった。

「や、や、久しぶりだねツェットくん…5年ぶりかな?」

 ガションガションと巨大な手を使ってゆずきが暗闇に歩み寄る。

「毎度お声がけいただいて光栄ですゆずき様。横浜のタレットをメンテナンスして以来ですかね」
「君らの仕事は信用できるし……なにより新しく契約書を書いたりする面倒がないからねえ。ほら、セキュリティ関連ともなると初回取引の前にいろいろやりとり面倒くさいだろう」
「ハハ、理解できる話です。では早速お部屋を見せていただけますか?」

 暗闇と3機のサイボーグは仮眠室に移動する……。6条畳張り、日当たりは悪く、小さなちゃぶ台とポット、冷蔵庫がある以外は何もない殺風景な空間……。この部屋が池袋支部のタイムマシンなのだ!

「ご覧の通り、つまるところ"ただの部屋"でねえ。ここを、側から見たときの警戒感は抑え、それでいてセキュリティレベルを上げたいんだよ。難しい注文かな?」
「なるほど……確かにこれはただの部屋ですね」

 暗闇はギュッと縮こまった。あれはなんだと土屋がゆずきに尋ねる。曰く、ヒューマノイドタイプで例えるならアゴに手を当てて考え込んでるようなものだと言う。

「色々なパターンが考えられますが、先にひとつご指摘しておくなら現状のセキュリティ状況は悪くないですね。この部屋が重要な機密であると侵入者は思わないでしょう。取るに足らないと感じてオフィスに向かうはず……」
「それがもう、割れててね。だから入ってほしくない、もしくは入ったら出られないようにしてもらいたいんだよ」
「……なるほど。それは大変だ。では基本的なところから参りましょう」

 言うとツェッタは触手のように暗闇を伸ばし、自らの中へと伸ばしていった。不思議そうに前澤と土屋、吉村が顔を見合わせているとやがてギュムムと巨大な羊羹のような鉄塊が取り出された。高さは2メートルはあるだろうか。厚みも人ひとり分くらいの嵩があるように見えた。ツェッタはそれを器用に持ち上げ、床にも天井にもつかないように斜めに保持する。

「これはカシオペアではベストセラーで、うちで扱ってる商品の中ではいちばん数も出てるドアでしてね。隕鉄とダークマターが何十層もの積層構造になってまして……言うならダークマターのミルフィーユですね。これを持って外からの衝撃をほぼ完全に吸収するわけですな」
「なるほどそりゃあすげーな……。壊れたことないの?」

 吉村が半分くらいしか興味がなさそうなぼんやりした態度で聞く。

「ありません。と言っても扱い始めたのはここ3年くらいのことですけどね」
「試しにぶっ叩いてみてもいーい? サイボーグでも壊せないかどーかさ」

 吉村がパキパキと左右の破滅アームを組み合わせて鳴らす。ツェッタは少し困ったような素振りを見せた。

「えーと、それはいいんですけどひとつ確認したいことが」
「なに」
「この物件の耐えられる重さをお聞きしようと思いまして……だから私さっきからこれ持ち上げてるんですよ」
「ドアくらい大丈夫だろ」
「じゃあお言葉に甘えて…」

 言われるが早いかツェッタはドアを下ろそうとする。その端っこが床に着いた途端、バリという音共に畳が豆腐のように沈み、ゆずきは青ざめた。

「ストーップ! やめてやめて!!! ツェッタそれ何キロあるのさ!」
「ン ……地球でのポピュラーな単位だと多少言い方が煩雑になるのですが……。そうですね、木星くらいです」
「今すぐしまって」

 ゆずきは自分の身体中からぶわと汗が噴き出るのを感じたが毅然とツェッタに言い放った。ジロと吉村を横目で見ると慌てて目を逸らして口笛を吹き出した。いけない、ここは私がコントロールしないとまずい……。

「地球の重力は結構大きいし建築物は大して丈夫じゃない。500kg/平米を目安にしてくれないか」

「おお、そんなもんでしたか? じゃあこんなのはいかがでしょう」

 続いてツェッタは自身の暗闇からアルミでできたようなフレームと、青いものが充填されたポリタンクを取り出す。

「これは?」
「まあ、一種のスライムのようなものです。最初にこの部屋に入るもの何人かに被せ、形状を完全に記憶します。しかるのち、この枠に充填すると記憶したもの意外は入れなくなるんですよ」
「形状の融通は?」
「10%です。服や成長でどうしても変わりますからね。入れなくなった時はまた取り出して記憶し直してもらって……」
「うーん、強力そうだけど却下だねえ。装備を変えることだってあるし……」

 ゆずきはチラリと前澤を見る。彼女は少し前に核ミサイルからキャノン砲に装備を換装した。こういう装備チェンジはサイボーグにとってそう珍しいものではない。その変化は10%では賄えそうにない。

「それによその支部に頼まれてサイボーグや物資を送る必要だって……ああそうだ、物資だよ。そもそもそれじゃあモノを持って入室することができないじゃあないか。却下せざるを得ないねえ…」
「では……」

 ツェッタがさらに新しい品物を取り出そうとする。それを見て吉村はアゴで前澤と土屋を促した。こりゃ長くなりそうだから退散しようぜ。土屋は即座に、前澤は何度かゆずきと吉村を見比べてからそろそろと退室した。

***

「……で? お前ら最近何人やった?」

 吉村がジャンボサイズのポテトチップスを開けながら尋ねる。土屋と前澤は指を折った。

「アタシは……3人?」
「私は5人はやりました」
「あっ、前澤がんばってんなー。いつ殺したの?」
「昨日帰り際にも見た」
「私は7人殺してる」

 吉村がポテチを貪りながら言うと土屋が口笛を鳴らした。

「さっすが。しかし多いスね」
「マァージでロクでもない状況だぜこいつぁ。ワニツバメより強いやつがいるとは思わねぇけどさ。数揃えられたら溜まったもんじゃねえ」
「仮眠室の警備強化もいいですけど……。ビルの警備を増やした方がいいんじゃないですか?」
「もう依頼してるよ。来週から表にも4〜5人増えるはずだ。雰囲気は剣呑になるけど……ま、こんなご時世だしそこまで不審には思われないだろ」

 10分ほどして仮眠室からゆずきが戻ってくる。

「とりあえず一番手頃で嵩張らない、警備用小型ロボットと生物を2匹ずつ買った……。でももーちょい煮詰めたいところだからツェッタには一度持ち帰ってもらったよ。そもそも根本的に模様替えした方がいいのかもね」
「模様替え?」
「ああ、例えば今みたいな和室じゃなくて装いを洋室にすればもうちょっと誤魔化せるかもしれないだろ。ベットの下に殺人ドローンを隠しておくとかさ」
「ああ、そういう」
「何にせよこのままでは良くないね……周囲の支部にも協力を持ちかけないと」

***

「……と、ここ数日で10人のエージェントが殺害されました」

 暗闇で跪いて報告する黒づくめの男。男はじっとりと脂汗をかいている。なぜか? およそ2分にわたって行った報告が、自らの口から出たはずの言葉が、一切空気を震わせなかったからだ。
 奥の玉座にどっしりと座る女はそれを聞いて……音はしなかったが……かったるそうに頬杖をついた。ローブにフード、全身黒づくめの装いに赤いサングラスが妖しく光る……。我々はこの女を知っているっ! 人類至上組織N.A.I.L.。その首魁、トルーさんだ!

(ピリピリしてますねえ……。人員の消費は予想の範囲内です。とはいえいまの状態を続けることにメリットはあまり無いですね。しばらくはあまり近づかないように、遠くからの監視のみ続けて戦闘を避けるよう伝えなさい)

 トルーはテレパシーで部下に指示を伝え、下がらせる。音は一切発しない。

(ツバメが最後に送ってくれた報告……。アレでタイムマシンの場所は特定できました。それ以降、ツバメや過去の私とテレパシーが通じなくなったのは不可思議ですが……)
(ですが……やることは変わらない。タイムマシンなどという世界の法則を歪める装置を……あの非人道的集団に任せるわけには行きませんからねえ)

 トルーはホチキスで止められた口をニッと歪めると、椅子に腰掛け直し瞑想を始めた。



***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます