マシーナリーとも子ALPHA 刻のるつぼ篇
ピロロロロン。ピロロロロン。
「鎖鎌さん、起きてください」
「ン……」
目覚まし時計ロボットに起こされる。
2050年、12月21日、朝。いつもと同じ1日が始まる。
よくマンガとかだと私くらいの年齢の子が「毎日同じような生活で退屈だなー」とか言ってるのを見るけど、私は毎日同じように生きるの案外悪くないなって思う。朝起きて、朝ごはん食べて、学校いって、テキトーに過ごして、バイトして、遊んで、帰ってきて夜ごはん食べて、遊んで寝る。いいじゃないか。上等上等。私、いまのところとくに不満ないな。
鎖鎌はあくびを立てながら伸びをし、カーテンを開ける。ここまでの一連のアクションをしないとすぐに倒れて二度寝してしまうのだ。カーテンを開けると起きれると聞いたのは正解だったな。確かに日光が目に入るとイヤでも目が覚める気がする。多少でも身体を動かすから意識がハッキリしてくるし。あと、こういうルーチンを朝の行動に組み込むこと自体なんか、イイことな気がする。目が覚めやすい気がする。
制服に着替え、忘れずに得物の鎖鎌を取り出す。刃は……まだ研がなくてもいいか。あと3日くらい大丈夫だろ。バイト代が溜まったらかっこいい鎖鎌ベルトが欲しいなあ。カウボーイみたいに腰に下げられるやつ……。いまはしかたなくリュックに入れてるけど、かさばるし咄嗟に出せないしであんまりイイこと無い。
さあ忘れ物もなさそうだ。朝ごはん食べて学校行こう……。
「ママ、おはよう」
「おはよう鎖鎌」
ピンクの棒の先端が球状に膨らんだような姿の母親に挨拶する。
「朝ごはんの前に今日は鎖鎌に大切なお話があるのよ」
「なに? 明日からバターじゃなくてマーガリンにするとか?」
「鎖鎌……あなたはね」
ピンクの棒のママは身を翻して……表裏の区別がつかない外見なのだが……とにかく回転して、言った。
「あなたは、私の本当の子供じゃないの」
「うん、まあ……そんな気はしてたかな……」
鎖鎌はトーストを頬張りながら答えた。
***
「てぇことが、あった」
「まことか鎖鎌よ」
放課後。私はいっしょに行きつけに向かう錫杖ちゃんに今朝あったことを告げた。
「それ、ウチのママも朝言ってきたわ」
「えっ、マジで?」
「マジ。あと隣のクラスの含針も言ってたよ」
「えー、そんな同時に母親から言われること、ある? でもまぁなんとなくそんな気はしてたよね。だって……」
「ママの見た目、棒だもんな。初期アバターってカンジすらしねえもんな」
「そうなんだよ。あともの食べたり飲んだりしないし……。血縁っていうか別の生き物感あったよね。それで……」
鎖鎌はさてどうしたもんか、と意味もなくキョロキョロし、伸びをする。通学路の脇に広がる田んぼのなかを転がっている全長10メートルの巨大なダンゴムシを意味もなく眺めてみたりする。ここまで話しちゃったら最後まで話さないわけにはいかないよなあ……。あまり深刻そうでないため息を吐きながら、覚悟を決めた。
「それでさ、聞くところによると私の本当のママはいまのママじゃなくて……」
若干の緊張が走る。ええい言っちまえ。
「……シンギュラリティのサイボーグのマシーナリーとも子なんだって!」
「まことか鎖鎌よ」
私の衝撃の告白を聞いた錫杖ちゃんは、それまで地面に先を向けていた錫杖をバーベルみたいに両肩で支えるよう持ち替えた。そしてあさっての方向に視線を向ける。あぁさっきの私と同じだ。なんか言いよどんでるぞコレは。
「それ、ウチのママも朝言ってきたわ」
「えっ、マジで?」
***
道すがら錫杖ちゃんといっしょに野良サイボーグを3体倒した。今日手に入った疑似徳発生源はサーキュレーター、ペッパーミル、水洗トイレ……トイレが重いな。仕方なく鎖で縛ってふたりでえっちらおっちら引っ張って来た。
ここは町外れにあるガレージ。私たちはサイボーグを狩るとここに来るようにしている。野良サイボーグ狩りの半分は趣味みたいなものだけど、もう半分はおこづかい稼ぎでもある。ここの主人は疑似徳発生源をけっこういい値段で買い取ってくれるのだ。なんに使うのかは知らないけれど。
「見てコレ。流すときの渦で擬似徳を得るんだって」
「効果の割に重いから極初期にだけ生産された型ですね……。珍しいっちゃ珍しいけど、価値はあまり無いです。コイツはまあ……3000円がいいとこですね」
ガレージの主人のミスTが便器をしげしげと眺めながら言った。ミスTは変わった人だ。全身黒いケープとポンチョに身を包み、肌の露出はほとんどない。赤いサングラスは瞳からの表情を伺わせず、とらえどころの無い人だった。ポンチョの袖がむやみに長くて、その手を見たことはないけど左袖からはいつもビームライフルの銃身が覗いていた。
「3000円かあ~。苦労して引っ張ってきた割には実入りが少なかったなァ」
「今日はしめて6000円がいいとこですね。ひとり頭3000円。学生の遊び賃としては別に足りなくないでしょう」
ミスTが背後の金庫からもぞもぞとギャラを取り出そうとする。そのときふと思った。この人ならなにか知ってるんじゃないかな? サイボーグの部品を集めてるくらいだしサイボーグに詳しいかも……。
「ねえミスT……。マシーナリーとも子って知ってる?」
「そりゃ知ってますよ。このシャードで彼女のことを知らない人はいないんじゃないですか?」
「だよね……。でもさ、なんか……私や錫杖ちゃんのママらしいんだよ。マシーナリーとも子」
ピタとミスTの動きが止まる。
「そうですか……。ようやくその段階まで来ましたか」
ミスTは感慨深そうにゆっくり金庫の蓋を閉め、振り向いた。
「えっ……ミスT、知ってたの?」
「知っていましたよ。私は全部知っています」
ミスTが金庫から取り出した封筒を投げ渡してくる。えっ、なんか、厚い。重い。
「これって……」
「おぉ!? 30万円は入ってるぞ!」
さっきまで机できなこ棒をむさぼっていたはずの錫杖ちゃんが目を輝かせて寄ってくる。この女はこういうところがあるんだ。
「あなたがたは……人類は、このシャードから旅立つべきときです。ここの役割は終わりました」
「役割?」
「そうです。この地はあなたがたを培養するための恒温槽に過ぎません。ですが鎖鎌、あなたたちはもう充分に大きくなりました。巣立ちのときです」
「え、なに、そういうカンジになってくるわけ? 社会の荒波に揉まれてこい的な?」
雲行きが怪しくなってきた。私はこのままのんべんだらりと暮らしていきたいんだが。
「あなたたちもここでの暮らしに違和感を覚えていたのではないですか? 人間的でない母親や教師を除けば、あとは自分たちのような女子学生と野良サイボーグばかり……。大人の人類が存在しないこの世界を」
「いや……なんかそういうモンかと……」
だってそういう世界で生きてきたんだし。確かにマンガとかと違ぇーなとは思ってたけどフィクションってそういうもんでしょ。
「ここにタイムマシンがあります」
ミスTが金庫の脇にあるワードローブを開けながらまくし立てる。いや、行くってまだ決めてないんだけど。
「時は満ちました。あなたたちは旅立つときです」
「えっ……マジ?まず、行く行かないは置いとくとして今すぐ行くカンジ?」
「私、禁酒法時代に行きたい!」
錫杖ちゃんが横から口を挟む。なんでこういう時だけアクティブなんだ?
「残念ながらこのタイムマシンは機能限定版なので特定の時代にしか行けないのです。設定されているのは2045年……シンギュラリティが起こった日本です」
「シンギュラリティ……」
「そう……そこにマシーナリーとも子もいるでしょう」
「マシーナリーとも子……ママが……?」
マシーナリーとも子の名前を聞くと胸の鼓動が早まる。なんじゃこれは。いままで本とかテキストで読んで存在はなんとなく聞いたことがあるけど……ママ? 本当に? ぜんぜん実感が湧かない。湧かないんだけど……なんか、ドキドキするこたする。
「なんじゃこれは」
声に出てしまった。
「鎖鎌、あなたはとくにマシーナリーとも子の因子が強いようです」
「因子……?」
「あなたは自覚せずとも、データの根幹がマシーナリーとも子との接触を望んでいるのでしょう」
「そういうモンですかね……」
「そういうモンです。あなたは自分で自分の気持ちがよく把握できてないようだから私が代弁してあげましょう。あなたは創造主であるマシーナリーとも子に会いたいのですよ」
ミスTはビシと私を指差す。指は長い袖で見えなかったが……。
「会いたい……んでスかね?うーん」
なんかそう言われるとそんな気もしてきたなあ。
「そういうふうにできているんです。あなたはね。さあこのワードローブに入りなさい。そして見つけるのです。マシーナリーとも子を……」
「会ってどうするんです?」
「それはあなたの心の中に眠っているはずです……。具体的にはフラグがONになって記憶が呼び覚まされるはずです」
「はあ」
この人の言うこといまいちピンと来ないな。
「でもまあ……わかりました。そこまで言うなら行ってみますか。2045年に」
「私、禁酒法時代じゃないんなら行きたくないわ」
錫杖ちゃんは完全にやる気を失っている。なんでそんなに禁酒法時代に興味があるんだよ。
「バカ言ってないでアンタも入りなさい。ほかの人類どもも追って送り出します」
「オエーッ! 嫌だ……2045年なんて最近じゃないか」
「これ、奥に入っていけばいいんですかあ? あっ」
ワードローブに奥行きがあるようには見えなかったが、無理やり服を押しのけて身を入れると突然サイケな空間に投げ出された。タイムスリップってこんなカンジなん?
「あー……押し切られて入ったけど、筆箱と鎖鎌と鏡くらいしか持ってないぞ……」
サイケな背景のせいか急に不安になってきた。しばらくどうしたもんかな、と悩んでると体の浮遊感が消え……私は街に立っていた。
***
街である。田んぼが広がってない。ビルがたくさんある。ちょっと全体的にホコリっぽくて血なまぐさいけど……。
「……錫杖ちゃん?」
いない。やべえ、全然違う位置に出たのかな。10分くらいその場でボケっと待ってみたけど錫杖ちゃんが現れる気配はなかった。何がやばいってさっき受け取った30万円、封筒のまま私が持ってて錫杖ちゃんに分け与えてないんだよな。
「恨まれるかなあ……」
トボトボと歩いていると、前方から駆動音が聞こえてくる……。サイボーグだ! 動力はどうやら、サインポールとバウムクーヘンオーブン。
「とりあえずあいつら倒してみるか。あわよくばママのことを知ってるかもしれないし」
ぼんやりした生活は終わり、見慣れない土地と時代に放り出された。これからどうなるのかはよくわからない。でもまあ悩むのは私らしくないし、とりあえず適当に過ごしてみることにするか。私は気合いを入れ直すために自分の頬をパンパンと叩き、リュックから得物の鎖鎌を取り出し、走った。サイボーグ狩りだ!
***
読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます