マシーナリーとも子EX 〜サイボーグの老舗カフェ篇〜
「サイボーグの喫茶店んん?」
ネットリテラシーたか子から話を聞いたマシーナリーとも子は高い声をあげた。
「えぇ……。あるらしいのよ、ここから3駅ほどのところにね」
「そんな馬鹿な。だって今は……」
とも子は視線を横に走らせ、壁に貼ってあるカレンダーを見る。2021年2月。そう、今は2045年ではない。2021年なのだ。この時代に、自分たち以外にサイボーグがいる……?
「そんな驚くこともないでしょう。同じ時代に異なる任務を持つサイボーグが重なることは珍しいことじゃないわ」
「そうなの? だって今まで会ったことねーじゃん」
「そりゃ期間が重なる絶対数は少ないからね。例えば……あなたは2010年から2045年までが主な任務となりますが、1990年台から2030年までの任務を抱えたものもいれば、江戸時代から来ていて未だに未来に帰還してないサイボーグもいるわけです」
「そうなの?」
「いや、まあ今のは例え話で実際にそういうサイボーグがいるかどうかはわからないわ。でもそういう事例は実際にあるってこと。私も過去の任務でそうしたサイボーグと接触したことはありました」
「ふーん」
ネットリテラシーたか子は過去何度もタイムスリップ任務を完遂しているエリート中のエリートだ。桃太郎のおとぎ話も彼女の活躍が元になっているという説があるほどだ!
「で、その喫茶店に……」
「行くわ。同時代にサイボーグがいるとわかった以上あいさつするのは礼儀よ」
言いながらたか子は立ち上がり、外へ出ようとする。そしてドアノブにファンネルをよこした瞬間、座ったままのとも子を振り返り……。
「あなたも来るのよ?」
「え」
***
「あれっ たか子さんにとも子じゃないですか」
駅に向かってうだうだ歩いてるところに声をかけてきたのはアークドライブ田辺だ! 本シンギュラリティのサイボーグであり、いまは敵対組織N.A.I.L.の上級幹部にしてとんかつ処田なべの店長を務める。
「どっか行くんですか?」
「オメェーこそふらふらほっつき歩いてていいのかよォ。トルーんとこの仕事とかあんだろ?」
「いや、私今日明日完全オフなんですよ。特にやること無いんで散歩しながらなにして遊ぼうかな〜って思ってたんですけど〜」
「……私たち、サイボーグがやってる喫茶店に行くんだけど……」
「え! サイボーグの喫茶店!?」
田辺はウヒョッと声を上げて寄ってくる。いかにも興味ありありといった顔だ。
「私も行ってみたいです! 飲食のお店同士ためになるかもしらないしーっ! そのロボ本徳なんですか?」
「いや……擬似徳だけど」
思ったより田辺が食いついたのでたか子もちょっと引き気味だ。
「ああでも全然! ぜひお会いしたいですね〜。近いんですか? 行きましょう行きましょう」
たか子ととも子は顔を見合わせる。一応気にしておいた方がいいのか? 無言の言葉を交わす2機。
「あのね田辺……。別にいっしょに行くのは構わないんですけど、一応、私たち敵同士なわけだけど……」
「え? あぁ〜。なんだたか子さん、結構気にしいなとこありますね」
気にしいとかそういう問題か? たか子は空中に目線を向けた。
「大丈夫です! 私、今日明日はオフなんで!」
田辺があまりに自信に満ちた顔をするのでたか子ととも子はそれ以上この話をするのはやめることにした。
***
高田馬場、駅から5分ほど歩いた繁華街からもう2、3歩ほど離れた場所。そこにくだんの喫茶店、「ローリングドリーム」はあった。その外観は昭和の頃はモダンだったのだろうという雰囲気がある、微かに古びた、だが艶のあるログハウス風のもので、表に出た看板には良心的な価格が書かれていた。
「ブレンドコーヒー……230円。安いね」
「もっと近所だったら通ってもいいくらいね。入るわよ」
チリンチリンとドアベルを鳴らして中に入る一行。そこには数人の客と……焙煎機を回す店主の姿があった。
「いらっしゃい……おや」
店主はこちらがただの客でないことに気づいたようだ。もっとも、それは他の客もそうではあった。みな、たか子の腕から発せられる轟音に顔をしかめている。
「これはこれは……珍客だね」
「どうも……あなたの噂を小耳に挟んでね」
店主は店の奥からバイトを呼び、前に出てくる。髪の毛は深いバイオレットで、サイドの髪がツンツンと牙のように前に出ているのが目につく。格好はベストスタイルでいかにも古風なコーヒー屋といった佇まいだが、サイボーグらしく、脇の下から腰骨にかけてスリットが合いている。ヘソも出していた。放熱のためだろう。腰に電熱器をつけているのが奇妙だった。たか子はその、腰に四角い装置を取り付けているのを見てふとエアバースト吉村を思い出した。腰の後ろにはコーヒーミルが横向きにくっついている。回転体はあれか? だが、そのほかには目立った機械類・兵器類のたぐいは見えず、なんというか……彼女は人類とそう変わらないように見えた。
店主はバイトをカウンターに立たせつつコーヒーを4つ受け取るとたか子たちとともに店の奥隅のテーブルに腰掛けた。
「さてさて……なにから話そうか。まずは自己紹介かな。私はリープアタック田原。この「ローリングドリーム」の店主だ」
「ネットリテラシーたか子よ。この2機は部下のマシーナリーとも子とアークドライブ田辺」
「ホッ!?」
田辺の顔がパァッとほころんでたか子のほうを振り向く。いっぽうたか子はいつも細い目を更に細め、眉間にシワを作った。
「た、たか子さん……?」
田辺が余計なことを言う前に耳打ちをする。
「……サイボーグ相手にあなたがN.A.I.L.だなんて言ったら面倒でしょう。便宜上の措置です」
「うへっ、うへへへ。わかってますよぉ……。でもなんか……うれしいなぁ〜へへへ」
その様子を見てとも子はちょっと引いた。あいつ前にたか子も殺しかけたよなぁ〜〜……。ああいうところあるんだよなぁ〜〜……。
「……コホン、田原。別に明確な用事があって来たわけじゃあないの。サイボーグ同士は同じ時代にいることがわかったらとりあえず顔合わせしておくのがマナーでしょ? どんなロボなのかと思ってね……。私達は池袋支部のものよ。2010年台より池袋に潜伏し、来る2045年への下地を盤石に整えておくのが我々の使命……。あなたは?」
そうたか子から促され、リープアタック田原はフフフと吹き出した。たか子は不思議そうな顔をする。何がおかしいのか。田原はその様子を見てすまない、とチョップの手を作って謝罪の動作をしながらコーヒーをひと口啜った。
「いや……悪気があって笑ったわけじゃあないんだ。ただ……2045年を目指して下地を整える……って、私達サイボーグの使命はつまるところ全部そうじゃないのかい? 君、ちゃんとしてそうなのにフワッとしてるなと思ってさ」
「それは……そうね」
たか子はなるほどと思った。これではなにも言ってないのと同じだ。そして順を追ってさまざまな施策と結果を話した。基礎的な人類の削減による乱数調整、株式市場への介入、市場移転、アニメ・ゲームの延期、ごはんおかわりロボの導入、野球スタジアムの名義変更、ウダフクベクンのメッピョムといった、他ロボに伝えても差し障りのない代表的な任務の数々を……。それを聞いて田原は納得した様子だった。
「なるほど。かなり大規模な工作を仕掛けているんだね。やり手のようだ」
「田原さんはたか子さんをご存知ないんですか?」
田辺は不思議そうに聞く。2045年ではネットリテラシーたか子はその実績と戦闘力でシンギュラリティでも指折りの実力者だった。名前は広く知れ渡っているはずだ。
「タイミングが悪かったのかもな。私の転移元は2036年だ。君たちは2045年だろう」
「2036年……。池袋“支部”が立ち上がってすぐくらいの時期ね。懐かしいわねとも子」
「ンなこともあったなあ」
とも子は面倒くさそうにコーヒーを飲み干す。そんな2機のちょっとしたやりとりを見て田辺は羨ましさを覚えた。2036年。自分の知らないシンギュラリティの時代だ。
「……じゃあタイムマシンの技術が安定してすぐの任務だったのね。いつからこっちに?」
「1915年……明治時代さ」
「明治!?」
田辺がコーヒーカップを落としそうになりながら大きな声をあげる。
「そ、そんな長いあいだ……」
「田辺、落ち着きなさい。時間移動ミッションでは珍しくないことよ。安定した時間の調整には時間がかかるのです……。私だって過去、100年200年に渡って仕事をしたことがあったわ」
「そ、そうなんですか……。それで、明治時代から田原さんはなにをされてるんですか?」
「そりゃ、来る2045年への下地を盤石に整えておくこと……だよ」
「あら、ジョークのセンスはあるようね田原」
たか子がチェーンソーの音を気持ち大きくする。
「悪い悪い、いまが言うところかなと思ったらついね……。私の任務はね……人類に溶け込んでおくことさ」
「「「えっ」」」
3機は声を合わせた。人類に溶け込む?
「この店は6店舗めだ……。溶け込むといってもあまり目立ち過ぎちゃあいけないからね。ほどほどのところで潰して間を開けてるんだ。と言ってもこの店は長いほうさ。もう20年やってる……。あっちの壁を見なよ。雑誌やWeb媒体の取材も来るんだ。いまがいい感じの潮目だ。そこそこ目立って……目立ちすぎないうちに畳むのがいい」
「人類に溶け込むって、どういうことですか? 私達の任務は……その、人類を滅ぼすこと、じゃないんですか」
田辺が若干口淀みながら尋ねる。N.A.I.L.の幹部の立場でこんなことを聞くのはおかしいと自分でもわかっているのだろう。難儀なもんだ、ととも子は水を一息に飲んだ。
「これも必要な仕事さ。そうだな……とくにたか子、君だ」
「私? 私がどうしたと言うの」
「君はおかしいと思ったことは一度も無いのかい? この時代に来て……そして今、この店に入ったときもだ。君のその……腕のチェーンソーが迷惑がられる程度で済んでいることを」
「なんですって?」
たか子は思わず腕をあげてじっとチェーンソーの刃を見る。どういうことだ?
「そんな腕をね……してるやつは人類にはひとりもいないし……。チェーンソーは人も殺せる破壊力を持つ道具だ。それを白昼堂々振り回してるやつなんて間違いなく警察を呼ばれるね。それが、ちょっと眉をしかめられる程度で喫茶店に入れるのはなんでだと思う?」
「それは……」
なんでだ? 考えたこともなかった。すでにサイボーグの支配が進んでいる2045年なら疑問に思う余地はない。だがなぜ我々はこの時代で不自由なく暮らせているんだ?
「たか子、君はなぜここに来た? なぜサイボーグがいるとわかった?」
「それは新聞で……腰に電熱器とコーヒーミルをつけた不思議な店主がいると聞いて……」
「それが私の仕事さ」
ひと通り言いたいことを言って満足したのか、田原はいつの間にか乗り出していた身をどっかりと椅子に沈め、タバコに火をつけた。
「そういうヤツもいるんだ、と人類に思わせる。時間をかけてゆっくりとね……。この店にはときどき、君みたいなほかのサイボーグもやってくるしね」
「つまりあなたの任務は……サイボーグのまま人類の生活に溶け込むことによって、相対的にほかのサイボーグが目立たないように人類の認識を書き換えること……」
「うまくいったろう? こう見えて苦労してるんだ。流石に派手な武器を背負ったりするのはどうかと思うしね。やむを得ず戦わなきゃいけないときは大変さ」
「それは……大変な任務ですね。でもすごい……重要なお仕事です!」
田辺が目を輝かせる。
「最近は人類もいろんなヤツがいるみたいなの気にしてるだろ? あれもあってだいぶ過ごしやすいし、取材も来るしで助かってるよ」
「フン、そんなことを言ってるから上野に目が向かないのね。人類たちは」
たか子もコーヒーを飲み終える。
「さっきほかのサイボーグも来ると言ってたわね。いまの時代に私達以外のサイボーグはいるの?」
「いや、2年前まで茨城にいたのがいたけどもう帰った」
「ニアミスだったのね……。その連中とは会えなかったわ」
「まあ、ときどき来るといいよ。君みたいに私に気づいてやってくるヤツがいるかもしれないし。ああ、メンバーズカードを作っていかないかい? 住所を教えてくれるなら、よしんばこの店を畳んで新しい店を作ったあとでも連絡がつく」
「……来たいのはやまやまだけど私達もそうヒマじゃないのよ、田原」
「どうかな? 君たちはまたちょくちょく来ると思うよ。この店気に入っただろ?」
「あぁ?」
その物言いにとも子は訝しむ。確かに不思議と居心地はいい。コーヒーも味のわりにかなり安い。だが3駅だ。こんな家から離れた喫茶店にわざわざ通うと思うのか? たか子も同じことを思っているようだ。どういうことだ? 沈黙に答えるように田原は天井を指差した。つられて上を向く池袋の3機。シーリングファンがいくつも回っている。
「ファンの羽……。マントラが書いてあるんだ。50年前に常連だった本徳サイボーグに書いてもらったのさ。いい徳が出てるだろ?」
田原はにっこりと笑い、コーヒーのお代わりを促した。
***
「アレ……コーヒィー?」
ふとメニューを見たワニツバメは高い声をあげた。
「田辺さん! これどうしたんでスか? こないだまで飲み物のメニューはビールとコーラだけでしたよねえ?」
「ああ、ハハ……ちょっと美味しい豆の仕入先を見つけましてね」
とんかつ処田なべ。ランチの食後に出てくるアイスコーヒーが評判を呼ぶようになるのは、あと3ヶ月あとの話だ。
***
読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます