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マシーナリーとも子EX ~速さへの渇望篇~

「キャッホー!」
 
 ブブブブブ……ゴゴゴゴゴ……。
 モーター音、アスファルトを切りつけるタイヤの音……。それらに混じって錫杖のはしゃぐ声がマシーナリーとも子たちに聞こえてきた。
 錫杖は原動機付自転車にまたがっている。ひらがなの「し」を更に強引に曲げたかのようなフォルムにパステルグリーンのボディカラー……色は黒系統ばかりだったので買った先で即、塗装してもらったそうだ……。この車種は原付2種と呼ばれる免許でないと乗れない排気量だったが、そのフォルムに一目惚れした錫杖は、あえて免許取得の初挑戦を一種ではなく二種とした。今日はその努力が報われる日となったのだ。

「あれよお、いくらしたと思う?」

 マシーナリーとも子は隣で腕を組んで原付を睨んでいたベルヌーイザワみに声をかける。ザワみは目線を原付きに向けたまま、組んでいた腕をほどくと、今度は顎に手を当てて考え出した。

「いまケッコーああいうヤツも高いんだろ? それに二種……? 排気量も多いってなるとな……。買ったのは中古か?」
「それがもう、手垢ついたのはヤだっつって新品よ」
「カァーッ。剛毅だねえ。それも若さってヤツか? どう考えても20はくだらないよな……30か?」
「塗装とかオプションパーツとかコミコミで……コレよ」

 そこではじめてザワみはとも子の方向に首を動かし、目を丸くした。視線の先ではとも子が指を4本立てていたのだ。

「40ウーッ!? あのガキにどうしてそんな金があるんだよ……。お前かァ!? お前が買ってやったのか?」
「まさかだろ。バイトだよバイト。ガネーシャんとこのバイト代がいいのと……。あとあいつアレでやりくり得意なんだよ」
「それでも40は大したもんだ」

 ザワみは目線を戻す。

「それにしても……」

 そして錫杖の向かう先へと目線をズラす。そこにはえっちらおっちらと進むジャストディフェンス澤村──四肢のキャタピラを接地させた高速移動モードの──がいた。澤村が先行しているのではない。すでに周回遅れなのだ。高速移動モードでは自転車程度のスピードしか出ない! それを錫杖は軽快に追い抜いていく……。

「キャッホー! 澤ちゃん、お先だぞう」
「ムガーッ! なんでだあ!? なんでアイツのほうが速ぇ?!」

 ザワみはため息をついた。

「なんで、も無いよなあ。むしろなんでアイツ自分の速さを信じてるんだろうな?」
「私らとは見えてる景色が違うのかもしんねえなあ」

 澤村はついに諦めたのかゴローンと地面に寝転んだ。

「ちっくしょー! 勝てねえ! なんでだぁ~!」

 錫杖はそれを見るとギャルンと切り返し澤村のもとに戻ってくる。

「悔しいのかい澤ちゃん? 私にもその気持ち、わかるぜ……」
「うるせ~! お前になにがわかるんだ錫杖ォ!  だいたいお前のそれは借り物の力じゃねーか! お前が速いわけじゃねえ!」
「おっとぉそいつは違うな澤ちゃん。私はこいつとひとつになったのさ。私はこいつがいなきゃ速く走ることはできないが、同時にこいつも私という操手がいなければ走ることができない……。互いに互いを必要とする存在。こいつと私は人馬一体なのサ……」
「クソォ~ッ! なんで人類なんかが作った装置が私のキャタピラより速いんだぁ~ッ!」
「速くなりたいか」
「あ?」

 錫杖の声がトーンを変えた。澤村はそれまでギュッと閉じていた目を見開き錫杖の顔を見る。

「速くなりたいか? 澤ちゃん」
「……速くなれんのか?」
「必ずなれるかどうかはわからん。だが……速さを追うことはできる」

 澤村は錫杖から視線を外し天を見た。その日は風が強かった。雲が高速で空を流れていった。

「……乗ったぜ。その話!」
「よく言った澤ちゃん! さあ乗りな!」

 その様子を遠くから見ていたとも子とザワみは焦った。寝転がっていた澤村が突然転がり、起き上がったかと思うと錫杖の原付に後方に飛び移ったのだ! タンデム!

「え? なにやってんだあいつら?」
「オイーッ! どっか行くつもりかぁーっ!」

 錫杖はとも子に向けて手をブンブンと振った。違う。そうじゃねーっての。

 ひとりと一機が乗った原付はとも子とザワみのほうに向かってくると……両者のあいだをすり抜け、走り去っていった。そのとき、錫杖の声がドップラー気味にとも子の耳に届いた。

「ちょっと澤ちゃん改造してくるわぁーっ」

「えっ……えぇ~~っ!?!?!」

 とも子が錫杖の言ったことの意味を咀嚼して振り返ったとき、原付は豆粒のように小さくなっていた。

***

「ここだ」
「ここぉ~っ!?」

 澤村が錫杖に連れられてきたのは国道沿いにある……古めかしたバーだった。

「お前飲酒運転はダメだろ……そもそもお前未成年だろぉ~ッ!?」
「まあまあいいから入った入った。おっちゃぁ~~~ん」

 バーの扉にはCLOSEDの札がかかっているが、錫杖は構わず開け、中に入っていった。

「えぇ~~ッッッ……」

 澤村は少し迷ったが、キョロキョロと周囲を確かめながら扉を開けた。

「おっちゃーん! おっちゃーん! 出てこいや!」

 中ではまだ錫杖がひとりでぎゃあぎゃあと騒いでいた。店内は古い……おそらく昭和からある個人経営のバー……といった感じだ。壁には何枚かのジャズのレコードが展示されているが、肝心のプレーヤーはもう何年も針を落としてなさそうなホコリをまとっていた。

「なんなんだこの店? そもそも夜でも開いてねえんじゃねえか?」
「あー、本業のほうはもうしばらくやってないみたいだねえ」

 本業? と聞き返そうとすると店の奥からのっそりと姿を表す影があった……人のそれではない!

「なんだ? ついにマシンを買ったのか錫杖」
「おうグッさん! それもそうなんだけどの、今日はほかに見てもらいたいヤツがいてのう」
「ほかに?」

 影が照明の下に躍り出た……。首から舌はだらしのないのびたジャージを着ている……だがその頭は精巧なワシだ! そして背中からは背丈ほどの翼が生えている……亜人!?

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます