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マシーナリーとも子ALPHA ~電子の海の伝説篇~

「田辺よォ」
 同僚のエアバースト吉村がニヤニヤしながら話しかけてくる。こいつがこういう顔してる時は大体私をからかおうとしてるときなんだ。なんと徳の低い! 手玉に取られないように警戒しないといけない……。
「なんですか?」
「お、なんだムスっとしてるなあ。なんか機嫌悪いのか?」
「アンタがそういう風に話しかけてくる時はロクでもない話だってわかってるからですよッ」
「えぇ〜〜? そんなことないよォ」
 吉村がニタニタと笑う。いけない。警戒を強めろッ! ヤツは相当な覚悟で私をからかおうとしているッッ!
「田辺さぁ、"きさらぎ駅"って知ってる?」
「……きさらぎ駅? なんですか?ぬれ煎餅でも売ってるんですか?」
「あのな、きさらぎ駅ってのは存在しない駅なんだよ。ある日、"はすみ"っていう人類が乗ってた電車が、通常あり得ない距離を止まらないまま走り続けてだな……」
「ストーーーーーップ! それ怖い話でしょう!?やめろ!」
「怖い話じゃねえよォ。最後人類がヒドイ目にあうだけだって!」
「ヒドイ目に会うのが人類だろうがサイボーグだろうが怖いもんは怖いんですよ! あとその話アレだろ!? 怖いのが出てきてウギャーッ! ってタイプじゃなくてなんとなく不気味な話が続いてバシッと終わりがキマらないけどなんとなく不気味な感じのヤツだろッッッ」
「おっ、勘がいいな〜〜。そういう感じのやつだよ! でさー! 20分くらい電車が止まらなくてー!」
「ウワーッ! やめろやめろやめろ!!!」
 私は耳を塞いで走りだす! 吉村は追いかけながら尚も話を続ける! やめろやめろやめろ! 畜生脚が長いから吉村のほうが走るのが速い! 逃げ切れない! 怖い話を聞きたくねぇーっ!
「コラーッ!!!!」
 怒号が部屋に鳴り響いて私と吉村はピタリと動きを止める。ドアに立っていたのは我々池袋支部のリーダー、ネットリテラシーたか子さんだった。
「会社でバタバタ走るなーッ!  徳が低い!」
「いや、でもたか子さん! 聞いてくださいよ、吉村がひどいんです!」
 私はたか子さんに、吉村がいかに自分のことをからかってひどいか、過去の事例も交えつつ伝えた。
「フム。なるほど。まず、吉村は悪い。減点です」
「やったー!」
「えぇ〜〜ッ、そんなぁ〜〜ッ」
「だけど田辺もそんな話でいちいち怖がってはいけませんよ。減点はしませんがそれはそれで徳の低い行為です」
「そうだそうだ」
「えぇ~っ……」
 私は口を尖らせる。
「それにね……」
 たか子さんはフンスと鼻息を鳴らすと意外なことを言った。
「そうした都市伝説は大抵サイボーグが流しているのですよ」

***

 私達はたか子さんを中心にパソコンの画面を見つめていた。表示されているのは人類が運営している、ゾッとする話のまとめサイトだ。
「例えばこの話ですが……」
「あー、アタシこれ知ってる。箱に水子を入れて~ってヤツですよね」
「ギャーッ! 概要からしてもう怖いじゃないですか!!」
「だ~から、作り話だって」
「作り話でも怖いモンは怖いんですよ!」
「……続けていいかしら? この投稿者のハンドルネームを見てみなさい」
「……"6]ji^[/2]"……? ただのランダムな文字列に見えますが」
「ネットリテラシーが低いわねえ。こんなものは暗号とすら言えない、基礎中の基礎よ。見てなさい。このとおりにキーボードを打つの」
 ファンネルがキーボードを叩いていく。表示されるのは"6]ji^[/2]"だ。
「同じじゃないスか」
「そうね。じゃあこうすると……?」
 ファンネルがキーボードの「かな」を押す。
「あ……! そういうことか!」
 ファンネルがふたたび"6]ji^[/2]"を入力する。するとディスプレイに徳の高い文字列が現れた。
「"オムマニペメフム"……! これ! マントラじゃないですか!」
「そう。つまりこれが徳の高いサイボーグの投稿であることを示しているのよ」
「だ、誰なんですかコイツぁ!」
「彼女の名はワイオミングまこと……。マントラとともに都市伝説をインターネットに回すことで徳を得るサイボーグよ」
「ゲェーッ! インターネットをマニ車にしてるのか! なんて厚かましい野郎だ」
「私も彼女のネットリテラシーの高さには一目置いているわ」
「す、すごい徳の獲得の仕方だ……! しかも一度投稿すればおもしろがった人類がどんどんコピーペーストして回してくれるからやればやるほど徳が貯まるって仕組みなんだ!」
 私は舌を巻いた。これまでも妙な本徳サイボーグにいろいろ出会ってきたが、こんなやり方をするロボまでいるなんて……。ふと自分のCPUファンを見てみる。クルクルと回って風を送り込む自分の疑似徳生成装置は、なんだかいつも以上に頼りなく思えた。
「……たか子さんはその、ワイオミングまことさんにお会いしたことはあるんですか?」
「無いわね。私に限らず彼女に会ったことがあるサイボーグはほとんどいないらしいわ。めったに姿を現さないのよ」
「存在まで都市伝説じみてんなあ」
 私は勇気を出してたか子さんに進言してみた。ワイオミングまことさんに会ってみたいと。多くの本徳サイボーグにふれることでより徳の高いサイボーグへと成長したいのだ、私は。そしていつかは……。
 たか子さんはしばらく目を閉じ、言った。
「……そうですね。私個人としても興味があります。本部に問い合わせれば居場所はわかるはずです。面会を申し出てみましょう」

***

 うらぶれた山のなか、轟音を立ててサイボーグビークルが走る。このサイボーグビークルは人類が運転する標準的な4WDの100倍の馬力を持つスーパーカーで、ある程度の勢力を維持しているシンギュラリティの支部に与えられる特別な車だ。
 私は助手席に、吉村は後部座席に、運転席にはたか子さんが収まっている。が、当然たか子さんのチェーンソーアームでは車のステアリングを握ることは不可能。なのでいま最新鋭のスーパーカーを制御しているのはみっつのファンネルだった。ふたつがステアリングを、もうひとつはシフトノブを操作する。フットペダルはたか子さんが自分で踏んでいたが、そこだけ役割分担されているのが却って怖く感じられ、私は運転中ずっとたか子さんとファンネルから目を離すことができなかった。
「フンフンフ~~~ン♫」
 当のたか子さんはゴキゲンで、ほとんどの制御をファンネルに任せながらも車の運転が楽しいのか鼻歌まで歌っていた。なんてネットリテラシーの高さなんだ……。
 私は恐怖を紛らわせるため、たか子さんに話しかけてみた。
「たか子さん、運転お好きなんですか?」
「ン……? どうしてそんなことを聞くの、田辺」
「なんか楽しそうにされているので……」
「は? 楽しそうになんかしてない。感情が無いから」
 たか子さんはカチンとした目つきで私をにらみつける。しまった! またやってしまった。ネットリテラシーの低さが裏目に出た!
「たか子さぁ~ん。まだッスか?」
 後部座席で横になっていた吉村が身を起こす。気楽なもんだ。
「そうですね。そろそろ"村まで何メートル"的な看板があるはずなんですが……」
 サイボーグビークルが大きくうねったカーブを曲がる。すると進行方向に四角い人工物が見えてきた。
「看板、アレじゃないですか……?」
「そうみたいね」
 その看板は横向きで、道路に対して水平に立てられていたので遠くからはよく見えなかった。
 サイボーグビークルが走る。だんだんと看板が見えてくる。
「ン……?」
 近づいてくる看板を見ながら、私は言いしれぬ違和感に襲われた。なにかおかしい……。文字の数が少ないのだ。話に聞いた文面は"○○村まで□km"といった表記だったはずだ。だが……文面を読むことはできないがそんなに多くの文字が書いているようには見えない。大きな文字が3つほど並んでるだけに見える。
「なんだ……?」
 私を襲う感覚は違和感からゾッとするものに変わっていた。服と背中の隙間に、よく冷やした鉄の棒を突っ込まれたような感覚……。
「たか子さん、あの看板……おかしくないですか?」
「ン……? そう……?」
 サイボーグビークルが近づく。
 看板には赤いスプレーで殴り書きにされたように「巨頭オ」と書かれていた。
「ヒッ……!」
 意味不明な文面、そして恐怖を煽る書かれ方に私は悲鳴を上げた。
「巨頭オ……? どういう意味なのコレは……」
「アーーーーッ!? 巨頭オ!?」
 吉村が後部座席から身を乗り出し大声を上げる。
「吉村、なにか知っているの?」
「マズイっすよこれ……! これもインターネット上の都市伝説です!」
「都市伝説……? じゃあこれもワイオミングまことの仕業だと言うの?」
「よ、吉村……。聞きたくないんですけど、その都市伝説ではこのあと何か起こるんですか……? 私たちどうすればいいんですか?」
「ネ、ネットの書き込みではこのあと……」
「田辺、落ち着きなさい。ワイオミングまことの仕業だと言うのなら、その書き込みも単なる悪ふざけにすぎません。このあと何かが起こるなんてことは……」
「……このあと、頭が不自然に大きな人類が無数に現れる。脚に両手をピッタリとくっつけ、その大きな頭を不気味に振りながら……」
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
「落ち着きなさい田辺! 吉村もやめろッ! 怖がらせるな! っていうか怖がる必要ないだろ! どうせ宇宙人かデミ・ヒューマンだろそいつ!」
「でも、でもたか子さん! 怖いですよぉ!」
「怖くない! 殺せる!」
「アーーーーーーーーーーーッ!!! たか子さん! 田辺!!! アレッ!!!!!」
 吉村がフロントガラスの方向に向けて指をさす! 田辺は恐る恐るその方向を向いた。
「ま、まさか……"巨頭オ"……?」
 暗闇から何かが近づいてくる。その姿は頭が不自然に大きく……ない! むしろふつうだ! だがしかし!
「な、なんかアレはアレで変じゃありませんか……?」
「……? なんか……長いわね……」
 そう、前から近づいてくる人影は長かった。通常のヒューマノイドタイプに比べ不自然に四肢が細長く……近づくにつれ大きさもわかってきた。3メートルはあるようだった。田辺は恐怖のあまり気絶した。
「あ、あれは巨頭オじゃねえ~ッ! スレンダーマンだ!!!!」
「それは何?」
「身体が不自然に細長くて、直視し続けると死ぬんです!」
「なんで……?」
「それがわからないから怖いんじゃないスか」
「怖くないし。殺せるだろ。っていうか私は感情がないから恐怖とか感じないんだが?」
 ネットリテラシーたか子は車を降りる。
「たっ、たか子さーーーん! 危険だ! スレンダーマンを見ちゃいけねぇ~~っ!!」
「いや、だから見たら死ぬって定命の者の話でしょ……。っていうか全部ワイオミングまことのウソなんだろ!? っていうかアレがワイオミングまことなんじゃないか?」
 ネットリテラシーたか子はスレンダーマンに近づいていく! 最初はパニック一歩手前のちょっとハイテンションな状態が続いていたエアバースト吉村も、異常な状況に恐怖の感情が芽生え始めていた。
「たか子さん! マジでヤバいですって! たか子さーん!」
 たか子はスレンダーマンに近づき、話しかけようとする。
「ヤバい、絶対ヤバいって……」
 吉村は後部座席から運転席に移り、窓から身を乗り出す。
「たか子さーーーん! そんなヤツほっとけ! 戻ってこーい!!」
 突如、スレンダーマンの姿が消えた。最初からそこにいなかったように。
「え……!?」
 たか子も同様にスレンダーマンを見失ったようでキョロキョロと頭を動かしている。
 すると消えた時と同じように、唐突にスレンダーマンが姿を現す。ただし、現れた場所はたか子の真後ろだった。
「あ……! た、たか子さーーーーーーん!!!!!!」
 吉村が絶叫する。まばたきする。まばたきをしたその刹那、ネットリテラシーたか子とスレンダーマンは消えていた。

***

 夜中の25時。マシーナリーとも子のもとにアークドライブ田辺からチャットツールで連絡があった。ネットリテラシーたか子とはぐれ、サイボーグビークルも不調を起こし、その後電車に乗ったが不自然な距離を移動したあと知らない駅にたどり着いたという。
 電車が来る様子も無いのでアークドライブ田辺はエアバースト吉村とともに駅を出た。まわりはとても静かで、人類や動物の気配はしないという。田辺はとても怯えている様子だったのでとも子は適当に気楽な調子で返事をしてやった。
 田辺から「遠くから太鼓や鈴の音が聞こえてくる」と書き込みがあった。とも子はとりあわず、そんなものよりCPUファンやタービンの音のほうが大きいだろうと返した。
 田辺からは矢継ぎ早に混乱したチャットが飛んでくる。片脚のおじいさんを見た、太鼓の音が近づいてくる。怖くて後ろが振り向けない。
 とも子はため息をついてどうせ宇宙人とかだ、怖がるなと返す。

***

 3時前に田辺から見覚えのないトンネルを見つけたので通ってみるとチャットが来た。とも子は適当にそうか、がんばれよと返事をする。正直そろそろ眠い。怖いのなら隣にいる吉村と話せばいいのに……。
 20分ほどしたとき、チャットが飛んできた。トンネルを抜けたところに見知らぬサイボーグがいたそうだ。田辺はおそらく彼女がワイオミングまことだと思うといい、彼女が運転するサイボーグビークルに乗ったと返してきた。とりあえず安心そうだなと思いとも子はもう寝るよ、と返事して目を閉じた。

***

 次の日、ネットリテラシーたか子、アークドライブ田辺、エアバースト吉村は出社してこなかった。

***



読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます