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マシーナリーとも子ALPHA ~鰐の役割篇~

「あ〜〜……う、ウマ〜〜……」

 ワニツバメはパイプをぷかぷかと喫みながら馬を思い浮かべた。アークドライブ田辺特製のトンカツを食べたあとはもっぱら店先でパイプをくゆらせるところまで1セットにしている。まだ口のなかに残っている脂を、煙草でスッキリとさせるのが応えられないのだ。恍惚として薄目で太陽を見上げながらふとワニツバメは思った。こんな生活でいいのか、と……。

***

「あのー、私こんなことでいいンでしょうか……」
(はあ?)

 仏像のように頬杖をついて横になり、ボケーとヤンキードラマの録画を見ていたトルーは突然思考にワニツバメの後ろめたそうな念が差し込まれてきたので驚いた。

(こんなことって……何がです?)
「いや〜〜、毎日とくに何かやるでもなく、朝起きてご飯食べて、煙草吸って昼寝してってグータラ生活でいいのかなあって……」
(言うて週に何回か田辺のお店を手伝ってもらってますし、しょっちゅうマシーナリーとも子に殴りかかってるじゃあないですか。それに昨日アミド人の殲滅を手伝ってもらったばかりじゃあないですか)

 アミド人というのは人類が飲む栄養ドリンクに潜んでいるデミヒューマンで、人類に口腔摂取されることで体内に侵入、支配して身体を乗っとるという物騒な人種なのだが、昨日関東地方の製造プラントを田辺とワニツバメを中心としたN.A.I.L.の工作部隊が破壊、戦力の4割を失わせたところであった。

「まあそれはそうなんでスけど……。なんというか仕事らしい仕事をしているわけじゃあないじゃないですか。ときどき、あれ? 私こんな生活してていいのかな〜〜って焦るわけですよ。楽すぎて」
(真面目な人ですねえ)
「真面目っつーか……」
(いいですかツバメ。あなたは確かに私たちの……正しく言えば未来の私たち……の組織の力で産まれたバイオサイボーグです。ですがあくまであなたはシャーロキアンですし、N.A.I.L.にとっては食客なんですよ。食客ってのはグータラしてていいんです。仕事なんかしなくてもね。いてくれて、ときどき手伝ってくれりゃあそれで役目は果たしてるんですよ)
「そう言われましても……」
(ふむ……そうですねえ、そういえば来週か)
「は?」

 トルーはふと思い出したように視線を空に向けた。

(ちょうどいいかもしれませんねえ)
「なんです?」
(ツバメ、私といっしょに来ますか)
「どこに?」
(ジュネーブですよ)

***

「ドリャアーッ! バリツデスロールッッッ!!」

 ツバメは壇上で跳躍、必殺の一撃を繰り出す! 次の瞬間、ツバメに飛びかかられた米軍の遠隔操作アサルトスーツロボットは雷に穿たれたヤシの実のようにズタズタに引き裂かれた! バリツの奥義とエジプト神の神秘パワー、本徳による徳の高さが組み合わさった三位一体の大技だ!

「「「おおーっっっっっ!!!」」」

 場内がどよめきで満ちる。ツバメが立つホール中央を取り囲むように、円状に無数の席が段々に据え付けられている。その席数、およそ450。ホールはすり鉢状になっており、それぞれの席には立派な服を着た人類たちが顔を隠しツバメの一挙一動を見守っていた。彼らは各国首脳陣、もしくは大企業の重役、銀行のえらい人、空手家などといった世界レベルの有力者である。

(なるほど、そういうことだったんでスね……)

 ツバメは遠隔操作アサルトスーツロボットからワニの口を離し、残心を決めながらこれまでの疑問が解けるのを感じていた。N.A.I.L.はツバメの本来の時代である2045年にも存在していた。同じようにシンギュラリティと争っていたシャーロキアンとしては肩を並べる相手として頼もしくも思っていた。どうぶつの力を操る奇妙なメンバーを数多く揃えた、圧倒的勢力の戦闘組織……。彼らを束ねてるのは世界最強のサイキッカーだという。
 だがその組織をどうやって維持しているのかは謎だった。いや、おそらくなんらかのパトロンやスポンサーがいるのだろうという推理はもちろんしていた。あのような世界的組織が、なんの後ろ盾もなく戦えるわけがない。実際シャーロキアンも格闘技組織やミステリー出版社からの出資がその資金源だったのだ。もっとも、イギリスでシャーロックホームズが禁止されてからはそうしたスポンサーは姿を消してしまったが……。
 だがN.A.I.L.と来たらどうだ。ツバメを囲んでいる面々は、まるで人類全体の縮図だ。考えてみれば当然なのか。N.A.I.L.がなくなれば困るのは彼らなのだ。大多数の人類の上に立ち、下々から富を搾取するという既得損益をサイボーグの魔の手から失いたくない物たち……。そんな彼等にとって、自分たちの特権を脅かすサイボーグと対抗できる望みがN.A.I.L.なのだ。シャーロキアンに所属していたとはいえただの市民に過ぎなかったツバメは、そんな彼等から徳の低さも感じたが、誰が持っていようと金は金だと思い直した。
 そして、そんな彼等に対してN.A.I.L.の価値をさらに高めるのが新たに加入したバイオサイボーグ、ワニツバメというわけだ。果たしてツバメはひと通りのデモンストレーションを終えた。会場は称賛の拍手で包まれている。が、一瞬にしてその拍手は止んだ。いや、正確には止んだのではなく音が消えたのだ。壇上にトルーが歩み出てくる。不快な拍手の音をまるごとミュートしながら。

(みなさん……これがワニツバメです。彼女の強力無比な力があれば、サイボーグやデミヒューマンの侵攻などまったく恐れるものではありません……。みなさんの権利は、私たちN.A.I.L.によって守られましょう)

***

「すごいですねミス・トルー……。N.A.I.L.の資金源が人類全体の支配層だったとは……」
(フフフ……だからあなたはいてくれるだけで役に立っていると言ったでしょう。あなたの存在そのものが、N.A.I.L.のアピールになるのですよ)
「まあそれは、理解しましたけどああいうヤツらをたらし込んで味方にしているミス・トルーの手腕にも驚きましたよ。どんな手を使ったんです?」
(ン? そうですね、まず各国の大統領だの首相だのを超能力で洗脳しましてね……)
「あっ、もういいです。なんかもうオチわかったんで……」
(釣れませんねえ。まあ、気が進まない仕事だったかもしれませんがお陰様でしばらく彼等も満足してくれるでしょう。仕方ないことですが多くの人間は愚かなものです。日々働いてますよ、私たちのおかげで貴方達に危害が加わることはありませんよ、と伝えていてもなかなか納得してくれないものなのですよ。俺たちは襲われてない、あんな奴らに金を払うことはないじゃないか……とね。だから時々こうしたデモンストレーションを行う必要があるんです。馬鹿馬鹿しいけど必要なことです)
「そうですねえ……。まあ、私の身体がこうやって人類のためになるならうれしいことでスよ」
(フフフ、少し気が楽になりましたか?)
「いやぁ〜〜、お陰様で……改めましてこれからもよろしくお願いします、ミス・トルー」
(こちらこそ)

***

(ウゲーーーーーッ!!!!)
「え!?」
「は!?」

 書斎からトルーの慟哭のような思念波が飛んできて、リビングでゴロゴロしていたワニツバメとアークドライブ田辺は仰天した。すべての人間を圧倒的超能力を持って超越している彼女がこれほど絶望的な気分になるのは相当なことである。ふたりは慌てて書斎に駆け込んだ。

「どどどどうしたんですかトルーさん!」
「何事でス!?」

 トルーはショボくれた様子で広げていたノートパソコンをふたりに向けた。

(先程複数のスポンサー企業、国家を代表したメールが届きました。この動画とともにね……。彼がいるからもうどうぶつ人間やバイオサイボーグは必要ない……。N.A.I.L.への支援を打ち切るというメールがっっっ!!!)

 動画に映っていたのは、身長50mはあるかというヒューマノイドタイプのエイリアンだった。


***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます