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マシーナリーとも子ALPHA ~刻む日報篇~

 2020年2月29日(土) 晴れ。本日は休日につき歴史への介入および人類の抹殺行為は控える。マシーナリーとも子から映画を見に行くとの報せ届く。勝手にしろ。N.A.I.L.とくに動きなし。デマヒューマンおよび異星からの干渉とくになし。

***

 吉村さんに促されて薄汚れたバインダーを開き、最後のページを開くとこう書かれていた。

「……? 日記ですか?」
「日記っつーよか日報だな。この支部の前のリーダー、ネットリテラシーたか子さんが残したものだ」
「これがなんなんです?」
「わかんねぇーかなあー。なあ、いまは時空連続体が乱れてて過去と時空間通信ができなくなってるだろ」
「ッスね」
「だから物資の輸送も……控えてる。これはできてる、できてないというより“うまくいったかどうかわからない“から控えてるんだ。送り先の時代から届いたよ、と返事がなけりゃあうまく送れたかどうかわからないからな。もし時空の狭間に消えちまってたらもったいないだろ」
「ッスね」
「時空連続体が乱れていては離れた時と時の間での通信はできない……。それが今の現状だ、とアタシらは思ってた。でもひとつだけ方法があった」
「……あ……! もしかしてこれ……」
「そう。過去から未来への通信は可能だったんだ。痕跡を残すことでな。それは多分……25年前にたか子さんが書いて残したもんだ」

 さすがの私も感心した。直接会ったことはないがネットリテラシーたか子というロボはやはり噂どおり徳の高いサイボーグなのだろう。少しでも現場をなんとかする助けとなれば、と一縷の望みを託して記録を続けていたわけか。

「確かにこれを見れば何かわかるかも知んないですね……。なにか珍しいことは書いてありましたか?」
「あったよ。すンげーことが書いてあった。なにもわかんねーけどな」
「なんです?」
「パラ見すりゃなにがおかしいかすぐにわかるよ」
「?」

 どういうこと? と見返すと吉村さんはアゴをンッと向けて私を促した。とにかく読んでみろってことか。パラパラと適当なところを読み進める。吉村さんの言っていたことはすぐにわかった。私は思わず目を見開いて「えっ」と声を上げた。どうして。

「な? ヤベーこと書いてあるだろ?」
「ヤベーなんてもんじゃないですよ……。どういうことですか!? 鎖鎌が2019年にいるじゃないですか!」

***

 異常はそれだけではなかった。鎖鎌に遅れてワニツバメも2019年に現れている。

「どういうことなんですか……? 時間の流れは基本的に一軸。未来から過去に移動したら未来にいた個体は消える、というか文字通り移動していなくなるはずです。でも鎖鎌もワニツバメもいま、この時代にいる……。ついさっきですよ。ふたりを同時に見たばっかりなのに」
「なんだ、ワニツバメ来たのか? カチコミか?」
「小競り合いはしましたがカチコミじゃないです。バウムクーヘン買いに来ました」
「なんだそりゃ」

 吉村さんはケラケラ笑った。私はそれどころではない。なにが起こってるのか困惑し、バラバラとバインダーのめぼしいページを読んではめくる。いったいなにが?

「可能性のひとつとしてはぁだ。……鎖鎌とワニツバメはああ見えて結構おばちゃんでよ、40とか50とかなんだよきっと。鎖鎌が2050年から来たとか言ってんのはジョーダンだ」
「吉村さん、それ本気で言ってます?」
「いいや。でも後からくだらねーこと思いついて悩むより先に言っといて疑問点を潰しておこうと思ってサ。前澤、お前なんでふたりがおばちゃんって可能性は無いと思う? 見た目が若いってのはナシだぜ」
「そうですね……。ほら、ここ見てください。2019年の8月……ワニツバメが初めてネットリテラシーたか子たちの前に現れたときの日報です。ワニツバメのワニにマントラが刻まれており、本徳の力を発揮したと書かれています」
「うん」
「吉村さんも見ましたよね? ワニツバメが本徳を発揮したのは2045年……私たちの目の前で、錫杖を飲み込んだときです。だからワニツバメの移動の時系列としては、やはり私たちの前に現れた2045年→2019年じゃあないとおかしいんですよ」
「そうだよな。でも例えばワニツバメはもともと2019年の段階で本徳を持っていて……でもそのあと無くしたのかもよ? 2045年でようやく取り戻せたのかも」
「それも違うんですよ。それからしばらく経った日報によればたか子さんはしばらく鎖鎌と暮らしています。そのとき聞いた話によれば……ワニツバメの身体の中にいるのは錫杖だと明記されています」
「錫杖もおばちゃんだったら矛盾しねーだろ? 鎖鎌と友達なんだから歳は同い年、もしくは近い年齢と考えてもおかしくねーだろ」
「それはそうです。でもまあ……その可能性は低いと思いますけどね」
「だな。アイツらぁ人間だ。鎖鎌については私が調べたしな。もちろん本徳が出せる人間なんてそうそういないし、もしかしたら徳には人間を若々しくするこうかもおるのかもしれない。でもまあ、そのあたりの可能性はやめとこう。キリがねーからな。とりあえず鎖鎌とワニツバメがおばちゃんって可能性は低いと思っておこう」
「じゃあ鎖鎌たちが順当に2010年代から歳をとってきた者ではないとすると……なぜこの2046年と2019年に同時に存在してるんです?」
「一応心当たりはあってな」

 吉村さんは空中を見つめながらポリポリと頬をかく。

「鎖鎌が2019年にあらわれた8月な……。最後に通信したり補給物資を送ったの、そのあたりなんだよ」
「へ? てことは……」
「時空連続体が乱れたせいで鎖鎌とワニツバメがおかしいことになってるんじゃなくて、アイツらが時空移動をしたせいでおかしくなってるんじゃねーのか?」
「鎖鎌が原因ってことですか?」
「わかんねー。ワニツバメかも」
「この日報の記述が正しければ"これから"この2019年で鎖鎌とワニツバメがタイムマシンを使うってことですか? 私達はそれを止めたほうがいいんですか? 助けたほうがいいんですか?」
「わかんねーって。なんにせよグッチャグチャだよグッチャグチャ。時系列が意味わかんねーことになってら。まだ報告してないけど上に伝えたら大騒ぎになるかもな」
「伝えないんですか?」
「伝えるよ。怒られるし……。まだアタシんなかで整理中なの。どうなってんのか」
「整理つくんですか?」
「つかなくてもなんとか伝わるように整えんだよ! それが伝達ってモンだ。あ~あ、マージでどうすりゃいいんだろなこれ」

 吉村さんが文字通り頭を抱えたままクルクルと座っているオフィスチェアを回す。これはどうも吉村さんが行き詰まったときのクセらしい。以前「目ぇ回さないんスか」と聞いたら「これも徳を発生させてるんだ」と答えにならない答えを返された。マントラ刻んでないんだろ。

「とりあえず、まだ鎖鎌には黙っていたほうがいい……です……ね?」
「そうだな~……」

 話しかけながら私はパラ見していた日報の内容に目を奪われた。どういうことだ? そこで触れられている「もうひとつ」の事象にも心を鷲掴みにされた。私はバサバサと日報をめくり、読み進める。これはいったい……? そんなことがあるのか?

「吉村さん、いまの話とは関係ないことを伺ってもいいですか?」
「なんだよ~……」
「マシーナリーとも子とアークドライブ田辺……一度死んで、甦ったんですか……!?」
「あ~~、なんかそんなこともあったらしいな~~。通信で聞いただけだから知らんけど。生き返ったマシーナリーとも子と話したこともあったけどマジで1回死んだのかよってくらいピンピンしてたぜ。ガハハ」
「そんな……」

 いままで私は考えたこともなかった。サイボーグは甦ることができるのか? じゃあ……。
 私は懐にしまい込んでいた旧友の回転体、サインポールの割れた欠片を取り出す。
 パワーボンバー土屋も、生き返るのか……?

***

 


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます