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マシーナリーとも子ALPHA ~どうぶつ番付篇~

 澤村の頭に最初に去来した気持ちは「参ったなあ」だった。猫たちに連れられて猫公園に来てみれば、N.A.I.L.の超能力女がいるだなんて。
 澤村はトルーが苦手だった。まず、人類という時点でムカつく。徳が低いし愚かだからだ。これはシンギュラリティのサイボーグならみんなが思ってることだろう。そしてその徳の低い人類が私たちサイボーグを見下していることが次にムカつく。あとアークドライブ田辺がコイツにヘコヘコ従ってるのもムカつくし、口をホチキスで留めててキモい。
 そして何よりもムカつくのは……普段はそんな人類は殺してしまえばいいだけの話なのだが、こいつには過去コテンパンにやられてしまったのだ。
 澤村の自慢は豊富な装備から吐き出される火力だった。火力ならマシーナリーとも子にもネットリテラシーたか子にも負けない。一度に100人以上の人類を殺すことだってできる。でもこいつはよくわからない超能力で私の攻撃を弾き返してしまうのだ。そしてやはり超能力で私を吹き飛ばしてしまうこともできる。人類にいいようにやられるのはものすごくムカつくし、かと言っていまこいつに勝てる手段も思いつかないので澤村はトルーを避けていた。だが……こんなところで鉢合わせるとは!
 澤村はすべての銃口をトルーに向けたまま声をあげる。「なんでオメェーがこんなところにいるんだよぉーっ!」

(なんで?)

 トルーはわざとらしく首をかしげて見せた。

(妙なことを言いますねえ。ここは豊島区民のための憩いの場。むしろ私こそこの場にいるべき人物だと言えるでしょう。税金もたくさん納めてますしね。いるべきでないのは……そんな善良な市民を虐殺し続けているあなたたちサイボーグですよ)
「人類のルールで喋るんじゃねぇーっ! 知らねえーっ!」
(勝手ですねえ。この公園だって人類の税金で作られているんですよ? じゃああなたはなんのルールに基づいているんです? またサイボーグは人類より偉いから……とでも言うつもりですか?)
「そうだし……ほかのこともある!」
(ほか?)
「猫のルールだッ!」
(な……猫?)

 澤村は本気で言ってるらしかった。トルーはその事実に多少興味を惹かれた。そう言えばいつだったか……家でうだうだとテレビを見ているときにアークドライブ田辺から聞いたことがあった。どうぶつの言葉がわかるサイボーグのことを……。

***

「あのフクロウ、かったるそうですねえ」
(え?)

 田辺がなんとなく呟いた言葉にトルーは驚いた。テレビではフクロウカフェを男性アイドルがレポートしている。愛嬌を振りまくフクロウにアイドルはニコニコ。トルーの目にはフクロウも上機嫌そうに見えた。

(かったるそう? このフクロウがですか? 私にはご機嫌そうに見えます)
「いや、さっきからため息つきまくってますよ……。ああそうか、トルーさん鳥語わからないんでしたね」
(鳥語⁉︎ 逆にわかるんですかアナタ)
「ん〜〜。日本の、関東から青森あたりまでの言語ならまあうっすらなんとなく……。種類によってはわからないですけどね。猛禽はまあだいたいわかります。サイボーグは結構どうぶつの言葉わかる機能あったりするんですよ。ロボによりますけどね何がわかるかは……。いちおう人類の言葉は侵略対象なんでよほどのことない限りだいたいわかるようにできてて、それ以外はオプションって感じですけどね」
(なぜそんな機能がついてるんです?)
「まあ人類からすると不思議かもしれませんけど、単純にアクセスできるチャンネルが多いってのは助かるもんですよ。人類が嫌いなどうぶつもたくさんいますしね」
(なるほどねえ)
「ハハハ……そう言えば鳥類をエンハンスしたどうぶつ人間の方とは会ったことありませんけど、エンハンス絡みでN.A.I.L.を怨んでる鳥さんもいるでしょうねえ」
(フフフそれはそうでしょうねえ。そう言った意味ではあなたの周りに鳥類人間を置かなかったのは幸運だったかもしれませんね。変に板挟みになってたかもしれませんからね)
「ワハハハ、そりゃ勘弁ですねー」

***

(つまりあなたは……猫の言葉がわかるのですか?)
「え……お前わからねーの? 超能力者なのに?)
(猫の心を読むこと自体はできますが……猫が心の中で考えてることは当然ナーンとかオアーとかなので理解できないんですよ)

 それを聞いた澤村がニンマリとした顔をしたのでトルーはカチンと来た。コイツ、私のことを馬鹿にしているッ!

「そーかそーか。お前猫の言葉わからないんだぁ〜〜」
(別に……わからないことで困ることなどありませんから。地球の支配者である人類は猫の言葉など解する必要はないのです)
「へぇ〜〜〜」

 澤村はまだニヤニヤしている。その脳内には様々な他のどうぶつ……イルカやネズミ、ピグミーマーモセットなどが浮かんでいた。サイボーグの理屈で人類の位階は低いとかなんとか言いたいのだろう。聞く耳を持つ必要はない。

(で……あなたは猫の言葉に従ってこの人類はこの公園にいるべきではないと?)
「まあそこまでは言わねえけどよぉーッ。私がここにいていいのは猫に許されてるからよぉーっ。この公園は人類が猫のために作ったもんだしよぉ〜」
(許されてる?)
「そ! 私はいつも猫と遊んだり世話焼いたりしてあげてるからよぉ〜ッ。友達なんだよなぁ〜〜。お前のことはまあただの人間だと思ってるって」
(ほ……)

 今度はトルーがほくそ笑む番だった。これは愉快だ……実に!

(なるほどなるほど、私は別にこの公園の主に歓迎されていないと。まあ、それならそれで構いません)
「あ?」

 トルーが急に素直かつ上機嫌な態度を取ったので澤村は却って警戒した。なんだこいつ!? 気持ち悪ぃーっ。

(では、邪魔者の私はとっとと退散しましょうか。気晴らしもできたことですしねフフフ……)
「なんだこのやろーっ! 二度と来んな!」

 澤村は腹いせに、去るトルーの背中にビームを放った。
 ビームはサイオニックフィールドによって弾き返され、ベンチでアイスを食べていた青年を焼き殺した。

***

(……ということがありましてね)
「なんかそれだけ聞くとミス・トルーがナメられただけに聞こえまスが……」

 トルーはツバメが帰ってくるとお茶を用意しながら昼間にあったことを話した。ツバメは納得いかない様子だった。

(いえいえ、これはなかなか愉快なことですよ)
「どういうことでス?」
(つまり……澤村は猫を尊敬していて、彼女のなかではサイボーグは猫と同等……あるいは猫以下の存在なわけですよ)
「ええ? そうですかあ?」
(あの粗暴な澤村が猫の言うことならなんでも聞くんですよ。口ではどう言おうとそういうことです。そして私は……人間ですから。猫は人間より下ですよね?)
「ええ〜? そうですかあ?」

 ツバメはこれまでの人生で猫にいいように使われてフニャフニャになっている者たちを幾人も見てきた。

(総てのどうぶつは人類が地球を支配するための糧。それがN.A.I.L.の理念ですからね)
(ワニは?)

 セベクが若干不服そうに割り込んできた。

(アンタ、ワニっていうよりワニ獣人の神じゃないですか)
(それはそうだがワニの肩は持つぞ。ワニは人間より偉い)
「そうなんでスか?」
(ワニに人間が素手で立ち向かってみろ。勝てないぞ)
「でも武器使うのはアリなんじゃないでスか? 人類が知恵で作り出したものなんでスから……」
(武器を使うのはズルいからダメだ!)
「えぇー……」
(まあともかく……澤村はその、人類より下の位置にいる猫が! サイボーグより偉いと自分から言ったわけです。つまりサイボーグは人より偉くないと! そう自ら認めたわけですよ。だから気分がいい)
「えぇー、でも澤村の中ではもともと人類はサイボーグや猫より遥かに下等なんでスよね? その理屈はおかしいんじゃないですか?」
(そうだそうだ、人類よりワニの方が偉いぞ)
(いいんですよいいんですよ! 私の中で溜飲が下がったからいいんです!)
「ただいま〜」
「あら、田辺さんが帰ってきまシたよ」
(田辺ならサイボーグ調べの地球の生きものランキング知ってるんじゃないか?)
(えぇ〜、サイボーグ贔屓のランク付けでしょう?)
(少なくともワニと人類どっちが偉いかはわかるぞ!)
「田辺サーん、シンギュラリティのデータってすぐ出てきます? 地球いきものランキングみたいなの……」
「えっ……え??? 帰って早々なに??? すぐにはわかんないけど……あー、マシーナリーとも子の家なら置いてあるかもなあ。借りてこようか?」
(そんな醤油借りに行く感覚で敵の家に行かないでくださいよ! どうでもいいでしょ!)
(どうでもよくない! ワニの順位を明らかにするのだ! 今すぐ借りに行こう!)
「まあどうでもいいと言えばどうでもいいんでスが……」
「えっ、ええ〜〜? これ私どうすればいいんですか……?」

***

「向かいうるせえなあ。撃ってやろうか」

 夕食を食卓に運びながらマシーナリーとも子が舌打ちする。

「でもトルーさんがバリア貼ってるんでしょ? 弾き返されちゃうじゃん」
「あぁ~っ、トルーって言えばよぉ」

 鎖鎌が挙げた名前に澤村がビクリと反応する。

「今日の昼気持ちわりぃーことがあってよぉ。公園でトルーにあってよぉ」
「オメーらがタイマンするなんて珍しいなあ。勝てたか?」
「ウーン、勝ったか負けたかって言うと……」

 澤村は不服そうに箸を動かした。
 それぞれの勢力でそれぞれの時間が流れていた。

***



読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます