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マシーナリーとも子EX 〜恐山の超人兵士篇〜

 トルーの父はバイコヌール宇宙基地に勤めるロケット技術者だった。彼は仕事が忙しくなかなか会うことができなかったが、たまに家にいる日は熱らしく人類が抱く宇宙への夢、それを叶えるためのロケット技術の素晴らしさを熱っぽく語ったものだった。幼い頃より聴覚が異常に発達し、世の中の音すべてを忌み嫌っていたトルーだったが、父親の話を聞くことは好きだった。
 父親はよくトルーに言い聞かせた。宇宙に向かおうとする生物は人間だけだ。だから人間は地球上のすべての生物の中でもっとも偉大なのだ、と。


 トルーの祖父は生物学者だった。父親のそれとは違い、彼の声はほかの多くの音と同じようにトルーを不快にさせた。が、それでも彼の口から語られる話はおもしろかった。中でも好きなのは祖父の持つ持論だった。すべての生物の中で知識を、知恵を受け継ぐという能力を持っているのは人間だけだ。ほかの生物の生態を研究し、収拾することができるのも人間だけだ。人間は論理と言葉によって、世代を超えて無限に成長していくことができる。だから人間は地球上のすべての生物の中でもっとも偉大なのだ、と。

***

(ム……)

 ガタガタとした揺れの中でトルーはまどろみから戻ってきた。少し昔の夢を見ていたようだ。祖父と父の夢……。

(このところはあまり思い出すことはなかったのに、珍しいですねえ)

 窓から外を見下ろす。さっきの揺れは飛行機が高度を下げた影響のようだった。雲をかき分け目的地の日本列島が姿を見せていた。会ったことは無いが父方の祖母は日本人だったという。遠い自らのルーツに夢が引っ張られたのだろうか。
 与えられたミッション期間は1ヶ月。経費はすべて政府持ち。トルーはとっとと仕事を終わらせ、残りの期間は観光に費やすつもりだった。青森はリンゴや魚が美味しいらしい。家ではあまり新鮮なものは食べる機会がない。こういうときに美味しいものを食べだめしておかなければならない。
 またガタガタと機体が揺れる。シートベルトをするように伝えるアナウンスが流れ始めたので、トルーはマイクを持ったCAの首をサイコキネシスで絞めて黙らせ、自らのベルトを締めた。

***

「お客さん! ドコ……はうっ!」
(まず市場まで連れて行ってださい。ノッケドンなるものが食べたいのでね。ああ、今日は1日運転手を頼みますよ? なに、ご心配はいりません。お金ならキチンと正規の値段を払いますよ? あとひとつだけお願いしますが、口は開かないでください。あなたの思ってることはすべてわかりますから)

 タクシーの運転手の喉をサイコキネシスで押し潰して黙らせる。これで今日の脚は確保できた。まずはこの地の名産地で空腹を満たす。その後ホテルにチェックインし、今日のところは1日休む。然るのち仕事だ。

***

 ノッケドンとは青森の魚介市場が売り物にしている名物料理だ。入り口でどんぶりに入ったライスを受け取る。そして市場に入ると、中では通常の売り物のほか、魚のサシミやエビ、ウニやイクラといった丼の具が売られている。要するにビュッフェスタイルで具をセレクトし、自分ならではの海鮮丼を作ることができるのだ。

(ふぅーむそういえば日本のイクラというものを食べたことがありませんねぇ。あとはマグロと、サーモンと……)
「さぁー! みなさんお待ちかね! 限定5個、特大バフンウニ1個まるごと具材だよ!」
(むっ!?)

 とっさに振り返る。それはぜひ食べたい! だがそれは周りの観光客も同じ! ウニを持ち出した店のスペースにワッと人が群がっていく!

(いけません……!)

 出遅れた! すでに10人はいる! だがこちらはわざわざロシアからやってきているのだ。諦めるわけにはいかない! 10歩ほど走り(市場内で走るのは禁止されており、実際トルーはこのとき職員から注意されたがうるさかったのでサイコキネシスで床に倒れさせた)、群がる客たちにサイコキネシスを浴びせる!

「グワーッ!」
「ワーッ!」
「ああ〜ーッ!!!」

 何人かはすでにウニを確保していたようだがともあれ道は開けた! 会計の雰囲気からおそらくまだ二人分か一人分はあるはず! 勝ったッ! トルーは急ぐ足を超能力でブーストしてさらにダッシュ! 猛然と注文をする!

(限定バフンウニをひとつ!)「限定バフンウニをひとつ」
(はぁ?)「あぁ?」

 絶妙のタイミングで右手から差し込まれる声あり! 声のした方を向くと同じく丼を持った女が立っていた。トルーは無意識に陰気そうなやつだな、と感じた。女は漆黒の和装を身にまとっており、その服よりも更に黒い髪の毛を腰まで伸ばしていた。額にはなにやら金属のパーツがあしらわれた鉢巻を巻いており、露出した前腕には包帯がグルグル巻にされていた。
 そこまで観察するとトルーはグッと眉間に力を込めた。前方をイメージして衝撃の思念を伝える……。さきほどの客同様、サイコキネシスで吹き飛ばそうというのだ! しかし!

「グッ!?」
(なんですって?)

 トルーは驚いた。和装の女は一瞬、衝撃に驚いた顔をした。だがそれは一瞬のことですぐにドンと踏ん張り、その場に居座ったのだ。和装の女は少し冷や汗をかいたようだが、すぐにキッとトルーを挑発的に睨みつけた。

「なるほどアンタ……カタギじゃないね?」
(なんですかあな……グッ!?)

 トルーは自らの驚きに思考を奪われ、和装の女の考えを読もうとするのを忘れていた。その一瞬のスキをつかれ、和装の女はトルーの腹部に掌底を見舞った。すさまじい衝撃! だがトルーはそのダメージ以上に驚くべきインスピレーションを受けた。

 ……象!?

 理由はわからない。掌底を受けたその刹那、トルーは和装の女のすさまじい力に一瞬象を思い浮かべた。

***

 目覚めると駅前の病院のベッドであった。吹き飛ばされたトルーは気を失い、ここに収容されたらしい。こんなことは初めてだった。この能力を自覚してから、ほかの人間に負けることはなかった。近所の子供達はトルーの力に怯え、誰もが外で遊ばず、言葉もろくに喋ることができなかった。学校でも絶大な権力を発揮し、校長ですらトルーには逆らえなかった。いまだってそうだ。暗殺を生業とする政府の特殊エージェントに選ばれ、言われるがままに仕事はしているが……やろうと思えば政府の役人に怖いやつなどいない。赤の広場に身体ひとつで出向き、クレムリンを制圧することだってできるだろう。生まれてこの方、トルーは無敵だった。だが、こんな極東の地で、魚市場で、トルーははじめて他人に気絶させられたのだ。

(フフ……。つまり? どういうことだと思いますか? トルー)

 彼女は自問自答した。答えは明白であった。

(まあ何にせよ、行動を起こすのは明日ですね)

 トルーは頭まで布団を被り、栓をした耳の上からさらにイヤーパッドを装着すると2秒で眠りに落ちた。

***

 病院で朝食を食べたのち、止めに来る看護師と医師をサイオニックブラストで消し飛ばしたのちトルーは退院。外のタクシープールで適当な車を見繕い、昨日と同様喉を潰して黙らせるとどっかりと座り行き先を思念で伝えた。

(あ……そういえば結局昨日の運転手には金を払わずじまいでしたねえ……。ま、非常事態につきしょうがないですね)

 病院から目的地までは遠い。青森独特の地形で挟み込むようにした海をグルリと迂回し、2時間半。だがトルーはその道中を苦痛とは思わなかった。それどころではなかった。彼女は窓から水平線を眺めながら何度も昨日の市場での一幕を思い出し、そしてシミュレーションを繰り返していた。
 敗因はなにか? 驚いて思考を読めなかったことか? ならば今回は読めば勝てるのか? あのふんばりとすさまじい掌底はなんだったのか? 奴はバフンウニを食べたのか?

(ああ……そうか)

 ふと自分の気持ちに気づいたトルーは自らを鼻で笑った。

(私は……楽しんでいるのですねえ。はじめて自分の相手になる人間と出会えて)

***

 恐山。日本が誇る霊力あふれるスポット。さしものトルーも、門外漢ながらその場に流れる言いしれようの無いパワーに肌がさざめいていた。
 入山料は500円だがクレジットカードもルーブルも使えないというので職員の喉を潰して黙らせた。入った先には霊場や霊泉といった観光客用の施設がいくつもあったが、トルーは無視した。こういうときのセオリーは決まっているのだ。彼女は関係者以外立ち入り禁止のロープをくぐり抜け、山を登る。目指すは山頂。
 ゴツゴツとした寂しい岩場をいくつも抜け、湯気立ちのぼる霊泉をいくつも通り過ぎたところにそれはあった。下の観光用霊場の華やかさとは打って変わって、煤けたボロボロの寺がそこには建てられていた。トルーは厳かに侵入し、思念の波を飛ばす。

(……いるんでしょう?)

 やがて奥から黒い女が現れた。間違いない。昨日市場で出会った女だ。

「……おやおや、誰かと思えば。わざわざこんなところまで仕返ししにきてくれたのかい?」
(まさか。そんなにヒマじゃありません。今日ここに来たのは……仕事ですよ。日本がアメリカのご機嫌取りのために用意した超人兵士……。青森が生み出した過去最強の霊力を持つイタコ……。霊障(たまあたり)京子とはあなたですね?)
「ハハ! やっぱりアンタ、カタギじゃなかったね」
(いやぁ〜正直面倒な仕事だと思ってましたが逆に感謝ですよ。昨日の出来事のおかげでモチベーションが上がりました。イタコとかの能力がどれほどのものか知りませんが……私の超能力で消えて……おや?」

 トルーは訝しんだ。思考が読めない。

「どうかしたのかい?」

 京子がニヤニヤと笑う。まずい! トルーはとっさにサイオニックの壁を前方に作り出す。衝撃! 昨日受けたのと同じ掌底がトルーに炸裂し、彼女は吹き飛ばされた! バリアーを貼っていなければまた気絶させられていた! しかしこれは一体!?

「イタコはね……はるか昔からあらゆる外敵、怪異、宇宙人とかと戦ってきたんだ。そんな奴らの中にはね面倒なことに精神的な攻撃とかを仕掛けてくる奴らがいるんだよ」
(ぐぬぬ……?)
「そういう対策もちゃーんと大昔から考えてあるのさ」

 京子は額に巻かれた鉢巻を指差す! アレがこちらの超能力を阻害しているのか!?

「この鉢金があれば脳への干渉を避けられるのさ。さあ……ガチでやろうじゃないか?」
(くっ、日本の力を侮っていましたね……! そんな厄介な装置を作っていたとは!)
「昔っから妖怪とか幽霊とか多くてねえこの国は」

 ダウンしていたトルーはギュルンと勢いよく回転して立ち上がる。悪態をつきながらもその口角は上がっていた!

(こいつはなかなか……楽しませてもらえそうですね!)

 恐山の山頂で、ふたつの黒い影が激突した。

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます