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マシーナリーとも子ALPHA 波打つ鎖篇

まえがき

このショートストーリーはバーチャルYouTuber「マシーナリーとも子」のスピンオフストーリーであり、またpixiv chatstoryにて連載していた『マシーナリーとも子ZERO』の後継作です。興味が出たら動画や前作も見てみてね。

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 地球人類は地球という惑星が産まれて以来誕生した生命体の中では36番目にユニークな種族だと言われており、地方で祭り上げられたB級グルメの定番メニュー程度の人気は獲得していた。そんな彼らの生態の中で、唯一残念で、そしてランキング36番目に甘んじているもっとも大きな要因がその傲慢さだった。彼らは自分たちのことを地球でもっとも優れた種族だと疑わなかったのだ。

 それは彼らが2050年に肉体を失うことになっても変わらなかった。

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 2045年、池袋……。

 その女……おそらく女、はぼんやりと空を眺めながら、雀将の駒を打っていた。

 おそらく、という表現を使ったのはその風貌があまりにも人間離れしているからだ。上半身は基本的に若い女性のそれだ。長いまつ毛に大きく額を出したブロンドのストレートヘアーは肩ほどまで伸びている。黒いフレームのウェリントン型のメガネの奥には、深く黒く大きな瞳が印象的だ。だが、その腕には大きな錠前がついていた。それだけではない、腰をグルリと囲うようなインクジェットプリンターも異様だし、背中からはプラズマキャスターとレーダーが伸びている。さらに膝から下は異様な機械仕掛けの多関節となっており、不気味なほど長かった。

「……暇だなあ」

 その異様なフォルムに似つかわしくないほど平凡な悩みを口にしたこの女性。お察しのとおり、彼女は人類ではない……。この2045年において地球を支配している機械生命体。シンギュラリティのサイボーグ、エアバースト吉村だ!

「最初の数日は仕事しなくてよくてラッキーって思ってたけど、こうもやることねえとなあ」

 彼女が所属するシンギュラリティ池袋支部にはほかに4人のサイボーグがいた。同僚のマシーナリーとも子、ジャストディフェンス澤村、アークドライブ田辺、上司のネットリテラシーたか子……。
 3人の同僚は数ヶ月前に任務で2010年代に飛び、追ってネットリテラシーたか子も2018年に向かった。そうして残されたエアバースト吉村は補充のサイボーグが来るまで待機を強いられることになったのだ。
 だが事務所でぼんやりと過ごす日々も終わりだ。今日の午後一で補充のサイボーグがふたり来ることになっている。仕事をすること自体はダルいが……そうなれば成り行きから言って池袋支部の代表は暫定的にアタシになるだろう。池袋支部部長代理エアバースト吉村。いままでパッとしないロボ生を送ってきたがようやく運が巡ってきた。名刺はどうしようかな。腰のプリンタで刷るのもいいけどせっかくだから金の特色とかでいい紙……そうだな、ちょっと厚手で黒地で風合いがいいやつで……。
 名刺に使う紙について思案していたそのとき、けたたましく事務所の通信機が鳴った。今日やってくるはずのサイボーグ、ダークフォース前澤とパワーボンバー土屋からの救難信号であった。

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「こりゃあひでえな」
 パワーボンバー土屋は全身が穴だらけだった。疑義徳を生み出すためのサインポールは引き裂かれ、肌が露出した部分には鎖が巻きついたような跡が痛々しく刻まれていた。
「これアタシが処分すんのかなあ?」
 吉村は嫌悪感を露わに、切り落とされた土屋の左手をつまんでつぶやく。
「基本的に機能停止したサイボーグの処理は第一発見者が行なうものですよ」
 その傍わでふわふわと浮かぶイエローのインクカートリッジが返す。
「クソダリいな」
 ため息をついてしまう。退屈なのもダルいし仕事をするのもダルいし。もっと気楽に生きていく方法はないモンだろうか。
「吉村さん、あっちで前澤が戦ってますよ」
 マゼンタのインクカートリッジが飛んでくる。彼らは吉村のスレーブユニットで、周囲を飛行して偵察を行なうことができる。プリンタに収納すれば情報の外部出力も可能な便利な存在だ。ただしすぐにインクが空になってしまうのが面倒なところで、吉村の悩みのタネだった。
「相手はなんだ? 別のサイボーグか? 宇宙人か?」
「いや……あれは……」
 マゼンタはかぶりを振った(インクカートリッジには頭がないのに奇妙な表現だが、とにかく振った)。
「ありゃ人類です」

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「お、お前……何者なんだ……」
 池袋支部に向かっていた擬似徳サイボーグ、ダークフォース前澤は口からボルトを吐き出しながらもなんとか発声することができた。すでに擬似徳発生源であるバウムクーヘンオーブンも粉砕され、機能停止までそう猶予はないと思われた。
 向かいに立つ少女は前澤の腕から取り出したバウムクーヘンを貪っていた。その目に飢えや狂気は見えず……ただ純粋に甘味を楽しんでいるという様子だった。それが余計に前澤を苛立たせた。見たところ変わったことのない人類……それもまだ若く……どこか規則正しさを思わせる装いから見て学生と呼ばれるカテゴリに属する者だとわかった。まだ生物として未熟で、戦う力など持っていないはずの存在。そんなヤツにいま、優良種であるサイボーグの自分が破壊されかけている。

「あ~! オイシイなコレ! 期待してたよりずっとオイシイ! オイシイけどやっぱ喉がモサモサするな。飲み物がほしいな」

「答えろ! お前、ただの人類ではあるまい!」

「なんでママでもない、ただのサイボーグに答えなきゃなんないのさ」

 少女はかったるそうに得物をひるがえす。これだ。この自然さがこいつは怖い。サイボーグを殺そうというのに殺意や憎しみといったものが見えない。無論、楽しみや悲しみといったものも……。さっき土屋を倒したときもそうだった。その手に持った鎌で雑草を刈り取るかのように、なんでもないことのようにヤツは土屋を破壊したのだ。

 「とりあえずうっさいから黙ってねっと」

 少女は鎌を振りかぶる。やられる──!

 前澤が死を覚悟したとき、少女はとっさに後ずさった。その刹那、両者のあいだをプラズマ弾が通過する……。エアバースト吉村の背部に装備されたプラズマキャスターからの砲撃だ!

「驚いたな……。マジで人類、しかもガキじゃねえかよーっ」

「あ、あんたエアバースト吉村さんか? 気をつけろ! この人類はやばいーっ!」

 吉村は慎重に半身の態勢をとり、腰を落として両腕を肩の高さまでかかげる。前に出した左手は間合いを測るように軽く開き、奥に引いた右手は力強く握り締める。彼女が得意とするサイボーグ格闘技、サイバーボクシングの構えだ!

「私はエアバースト吉村と言うものだ……。テメーッ人類! 名を名乗りな!」

「私? 私はね……」

少女は手に持った鎌の柄から伸びた鎖分銅を引き寄せ、回転させながら答えた……。席替えして始めて話すクラスメートに名乗るように、朗らかに!

「私は鎖鎌ちゃんだよ! あなたはママを……マシーナリーとも子を知ってる?」

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読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます