見出し画像

マシーナリーとも子ALPHA ~右手に筒を持つサイボーグ篇~

「んあ……ッッッ!」

 鎖鎌はドスンと落下するような感覚とともに起きた。ギャア最悪な目覚めだ。なんかあの、なんかよくわかんないけど「落ちたァ!」って感じで驚いて起きるアレだ。鎖鎌はバクバク鳴る心臓を抑えつつウンザリしながら身体を起こした。

「あれ……?」

 起きた鎖鎌はしばらく状況が掴めなかった。和室じゃない。布団じゃない。散らかってない。私の部屋じゃない。
 それから30秒くらい浅い混乱に包まれてから、ようやく横須賀のデータセンターに来ていることを思い出した。そーだそーだ何日かかかるから泊まってけって言われてたんだった。時計を見ると夜の9時。けっこうガッツリ寝てしまったらしい。

「うあ……」

 冷静になってきたらけっこう寝汗をかいてることに気づいた。泊まるつもりなんかなかったから着替えが無いんだった。確か……着替えはあるし特別な洗濯機があるとも言ってたなあ。
 とりあえず鎖鎌は施設内電話でタイムリリース原田に連絡した。横須賀データセンター、およびサイボーグセメタリーはそれ自体がサイボーグのための巨大な生活共有施設であり、所属しているサイボーグのほとんどは通勤することなく施設内で生活している。そのため寝泊まりするのに不自由ないよう、一通りのサービスが揃っているのだという。原田は着替えを用意しながらあとで洗濯室に行ってみるといいと伝えてくれた。

「ンゲッ! なんだこりゃあ~!」

 原田が用意してくれたシャツに袖を通すと胸には「八甲田山」の文字とともにヨーグルトのイラストが描かれていた。サイボーグのセンスってわかんないなぁ~~と内心ごちりながら鎖鎌は教わった洗濯室に向かうのだった。

***

「洗濯室洗濯室……ここかな……。ってアレ?」
「いらっしゃい」

 洗濯室にたどり着いた鎖鎌は予想外の光景に若干の気まずさを覚えた。ネーミングからしてコインランドリーのような施設を想像していたのだ。だが扉を開けると広がっていたのはバーのようなカウンター。そしてそこに座って食事をするサイボーグだった。

「え? あれ……すいません、私部屋マチガエタかも……」
「原田ちゃんから話は聞いてるよ。君が例の徳人間だろ? 洗濯しに来たんだろ?」
「そうですけど……。え? じゃあここがやっぱ洗濯室?」
「そーだよ。いま食べちゃうからちょっと待ってな」

 そう言うとサイボーグはチャーハンをかきこみはじめた。

 スプーンを持つ左手は、腕から想像される大きさよりふた周りほど大きくいかにもパワーがありそうだ。右手の手首には用途がよくわからない、穴が空いた大きな筒がくっついており、ゆっくりと回転している。そしてその中央から色鮮やかなライフル銃が生えていた。その筒を見て、鎖鎌はふとまだ会ったことのない母のことを思い出したのであった。

「お待たせ……。んで、洗濯物ソレ?」
「ああはい……そうなんですけど」

 鎖鎌は池袋から着てきたブラウスを手渡しながらキョロキョロ部屋を見渡す。バーカウンター以外にもテーブルや座敷のようなスペース、モニターやパソコン、本棚やちょっとしたショウケースが置かれている。だが洗濯機の姿は見えない。どちらかというとやはり飲食店のたぐいに見える。まさか手洗いするのか? いやそれはないか……。単にこのロボが洗濯当番なだけで、これから洗濯機に持っていくのだろうか。

「10分くらいかな……ちょっと待ってな」
「はぁ……」

 サイボーグはそう言うと右手首の筒に洗濯物を入れ、右腕を高く掲げた。どうするつもりだ? 鎖鎌が不思議がっているとサイボーグの身体からバキバキと音が鳴る。すると背中についていた大ぶりの四角い羽根のようなユニットが身体側にガコンとスライドした!

「えっ!?」

 まさか。鎖鎌は嫌な予感がしてきた。サイボーグ掲げていた右上を今度は前方に伸ばし、続けて肩と肘を引いて胸の位置に持ってきた。すると胴体を挟むように配置されていた羽根ユニットが、腕の筒を中心にして閉じた! これは……!

「せ……洗濯機!!!!!!」

 なんということだ! さっきまでチャーハンを食べていたサイボーグは、いまや足が生えたドラム式洗濯乾燥機に姿を変えた! ここは洗濯室で間違いなかった。洗濯機はずっとそこにあったのだ。彼女の名はグラインドグリッド古賀! 洗濯機のドラムの回転で疑似徳を得る、横須賀データセンターが誇る洗濯サイボーグだったのだ!

「柔軟剤、せっけんの香りと花の香りとシトラスの香りがあるけど何がいい~~?」
「な……なんでもいいです……」

 鎖鎌は気まずい気持ちで、自分の洗濯物を脚が生えた洗濯機が洗っている様子を眺めていた。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます