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マシーナリーとも子EX ~疑似徳2名の会話篇~

「徳というのはマントラの量では無いのよ、川口」
「……マントラが多いやつに言われてもな」

 地面に大の字になっているアストラルヒート川口の耳に轟音が響く。身体中の火傷が痛む。だがまだだ。自分はちょっと痛みで倒れてしまっただけ。まだ戦える。負けん気というのをこのネットリテラシーたか子とかいう化け物に見せつけてやらなくては。

***

 川口は飢えていた。言葉通り腹が減っていたのではない。彼女が飢えていたのは評価だった。川口は純戦闘タイプのサイボーグだ。首を取り囲むようにセットされたディスクが回転体。その円周から剣やムチ、フレイルをぶら下げ、回転の遠心力で敵に叩きつけて戦う。彼女の戦闘力は高い。先日はフォボスからやってきたエイリアンが巣食う西麻布のゲットーに単身潜入し、20分で270人のエイリアンを轢き潰した。だが彼女はそこから得られた評価に満足できていなかった。

「そもそも贅沢なんじゃないのかい? 君は充分評価されてると思うよ」

 同期のモレキュラーシールド飯田はそうこぼす。

「私から見たらお上からの君の評価はすごく高い。一人でフォボスの連中とやり合わせるなんて、君の力を信頼してる証拠さ。私にはとても任せてもらえないよ」
「そもそも君は非戦闘タイプなんだからそれは当然だ、モレキュラーシールド」

 飯田は情報処理・管理タイプのサイボーグだ。武装は最低限で、その破壊力も低く、自衛用に近いものしかセットできる余地はなかった。

「私に言わせればあんな任務を任せられたのはちょうどいい駒だったからとしか思えない。少ない人数で対処できれば被害も少ないし、準備をかけるのも面倒がない。私は戦うしか能がないから良いように使われてるのさ」

 川口はコップに注がれた酒をかっ喰らった。銘柄もわからない、安いラーメン屋で酒としか書かれてない粗悪な酒だ。こんなクサクサした気分のときに煽る酒はこんなんでいい。

「じゃあ逆に聞こうか? 君はどうなりたいんだい? 偉くなりたいのか?」
「一言で言おうとすればそうだ。そうだけど……本当は、違うんだきっと」

 川口は思い切り椅子にもたれかかって天井を見た。バチバチと安定しない光を放つ蛍光灯をぼんやりと見つめた。

「私は……きっと私になりたいんだ」
「なんて?」
「評価されたいというのは嘘じゃない。でも代替可能なものはイヤなんだよ。誰にでもできるものにはなりたくないんだ。私は、私でしかできないことをやりたいんだ」
「酔ってるなあ川口。20分でエイリアンを惨殺するのはほかのサイボーグにはできないだろ?」
「できるよ。アイツがいる」
「……あ」

 ネットリテラシーたか子。恐ろしいほどのマントラを備え、規格外れのマントラを放ち、圧倒的戦闘力を誇るシンギュラリティ最強のサイボーグ。そのため政治力は皆無ながらシンギュラリティ組織の中で確固たるポジションを築き上げ、上からも下からも尊敬の目を向けられているサイボーグだ。戦闘用擬似徳サイボーグの大半は彼女に大きな憧れを向け、また彼女自身も多くのサイボーグを育て上げてきた。たか子自身はその存在を認めようとはしないが、たか子に目をかけられて本徳サイボーグとなった者たちは「たか子派」として団結し、シンギュラリティ内でも独自の影響力を持つに至っている。

「アイツがいる限り、私は永久に2番、永久に補欠なのさ」
「は! 君、まあまあ大胆なことを言ってるのはわかってるのかなあ? 自信満々に言ってるけど2番ってのも怪しいモンだぜ。シンギュラリティには他にもアサイーボウルあずきだのルチャドーラますみだの強者はいるじゃあないか」
「あんな奴ら、物の数じゃあない。私の敵じゃないよ。断言できるね。だがネットリテラシーたか子は別だ」
「よぉーしわかった。じゃあ君が2番目に強いってのはいいとしよう。だが2番目で何が不満だ? 銀メダルだって相当な名誉だぜ。生きていくには充分な誉だと思うがね」
「ガガーリンを知ってるか?」

 飯田は2秒固まった。

「人類のか?」
「そーだ。徳学校で人類の歴史詰め込まれたろ」
「あの露助か? 宇宙に行ったとか程度で人類の教科書に載ってる……」
「変な名前だから覚えやすかったけどね」
「確実に5点がもらえるのはありがたかったね。だが人類学の授業は実にばかばかしかった。奴らの社会を侵略するのに役立つのは理解できるが……人類の、実につまらない功績をだよ! さんざん暗記させられて……なあ? だったら花のおしべとめしべだの、昆虫の脚は6本だのみたいな生物学的な話の方がまだ面白いと、そう思わないかい?」
「人類の生物学だってやったろ……腕の関節を逆に曲げると折れるとかさ」
「やったけどね! でも社会学としても面白くなかったさ。アリの社会と歴史の方がよっぽど高度で、美しくて、興味深かったぜ。アリは宇宙には進出しなかったけどさ。でも1298年のドポー蟻塚の建立! あれは実に興奮したね。で、ユーリがどうしたって?」
「好き勝手に話してくれるなあ飯田……。じゃあ次だ。ニール・アームストロングは?」
「なんだあ? 酒に酔ったからって暗記勝負って、私はそんなに話し相手としてつまらないか?」
「酔ってるのはお前さんだよ飯田。いいから答えろ」
「初めて月に降り立った人類だろ! ファッキン月世界旅行だっ! イルカから600年も遅れたくせにギャーギャー騒ぎやがって。私はあのへんの下りが好きじゃあないんだよ」
「ふむ……じゃあゲルマン・チトフは知ってるか?」
「何?」

 またも飯田が固まった。今度は10秒固まった。

「……知らない。誰だいそいつぁ」
「2番目に宇宙に上がった人類だ。周回軌道には乗れなかったがね。私が当てっこクイズをしたい訳じゃあないのがわかったか?」
「2番じゃあ意味がないってのか」
「そうだ。序列と順番とで同じように話すのは良くないかもしれないけどね。でも、結局はそういうことさ。世間というのはトップオブトップしか知らないんだ。残るのは一番だけなんだ」

 川口は酒のおかわりを頼み、今度は一息に飲み込んだ。一息に呑まないと涙がこぼれてしまうような気がしたからだ。

「だが……川口。君を否定したい訳じゃあないが私が思った素直なことを言わせてくれ。君は、君になりたいと言っていたな」
「そうだ。私は私の思う理想になりたいんだ」
「だが……君はそう言葉にする割に願望は別のところにあるように聞こえるぞ」
「何が言いたい?」

 川口は飯田の方向に顔を向けなかった。じっと汚れたカウンターを眺めていた。飯田はふぅとため息をついてから言った。

「君は……君になりたいと言いつつ、その実、ネットリテラシーたか子になりたいと思ってしまっているように聞こえるんだが」

 川口はしばらくみじろぎすることもできなくなった。飯田は川口の分まで支払いを済ませると、先に店を出た。

***




読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます