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マシーナリーとも子ALPHA 〜2020年への手紙篇〜

「うわあー……」

 それまで地下トンネルを走っていた東急東横線が地上に出ると、窓からいっぱいにビルが姿を現した。ビルたちは高速で左側に引っ張られるように通り過ぎていく。その様子から鎖鎌は目が離せなかった。
 鎖鎌は電車に乗ったことがない。2050年、彼女の住んでいた池袋シャードはその名の通り破片の世界だった。無数に砕かれた世界の破片で鎖鎌たちマシーナリーチルドレンは暮らしていた。シャードの世界は狭く、球体ではなく、世界の端があった。生きるのに不自由するほどの狭さではなかったし、鎖鎌もバスや車に乗ったことはあった。だがシャードでは電車や飛行機は存在せず、教科書の中だけの存在だった。こんなに長距離を高速で移動することなどあり得なかったのだ。
 鎖鎌はこれまで体験したことがない景色の情報量に目を奪われたいたが、副都心線からスタートするルートのおかげで乗り換えを逃さずに済んだ。横浜で電車が止まったのだ。これは鎖鎌が電車に乗ったことがないということからダークフォース前澤が提案したルートだった。JRを使ったら山手線から横須賀線に乗り換えするよりは、横浜終点の電車を使えば気を使わなくても到着できるだろうという目論見だった。乗り換えという概念自体がピンと来ていない鎖鎌は、そのことを前澤に感謝するほどの理解は得られなかったが、ともかく横須賀に向かうことには成功した。

***

「よぉ〜こそ鎖鎌! この施設にこれほど穏やかに人類が迎え入れられることは大変珍しい……。大抵は死体として入ってくるか、あるいは入った途端死ぬかだからね。君みたいに応接室まで通されてあまつさえキャラメルバニラオレまで振る舞われるのは大変珍しいケースなんだよ」
「はあ……」

 自身の身体と同じくらい大きな腕を持つサイボーグ、ドゥームズデイクロックゆずき。彼女のそのおかしなテンション……落ち着いてるようなちょっとはしゃいでるような、共に席につくのに戸惑われるような雰囲気に鎖鎌は少し戸惑った。とりあえずキャラメルバニラオレをすする。甘い。

「あー……、失礼。もしかして気分を害しちゃったかな? 聞くところによると君は下手なサイボーグよりよほど強いらしいけど、もしかして私をバラバラにしたくなってきたかい?」
「えっ、あっ、いやいやいや! そんなことないですって! ちょっと、呆気にとられたとゆーか……。てゆーか私、あんまり教えてもらってないんですけどここで何をすればいいんですか?」
「色々だよ。パワーボンバー土屋絡みでも君は役に立つし……。そもそも君という存在そのものにも興味がある。インタビューもしたいし実際に身体を調べてもみたい……。あっ、今のところ身体を切り開いて広げてみるなんてことをするつもりはないからその点は安心して欲しいね。あくまで今のところはだけど……。どちらにしろ君という唯一無二の存在を無闇に傷つけるようなことはしないからね。でもそうだね。とりあえず今のところの優先順位は……池袋から例のものを持ってきてくれたね?」
「……えっ! なんですか!?」

 ゆずきが一度にいろんなことをまくし立てるので鎖鎌はいつの間にか天井の柄の数を数えてしまっていた。どうもこのロボの話にはついていきづらいような気がする……。横須賀データセンターに到着して30分と経ってないが、鎖鎌は早くも前澤の落ち着きと吉村の適当さが恋しくなってきていた。

「エアバースト吉村に伝えて持ってきてもらったはずだ。例の日報をね」
「あっ、ああー。はいはい。持ってきてますよー」

 鎖鎌はカバンからファイルフォルダーを取り出す。なんでもネットリテラシー……たか子? とかいう以前いたサイボーグが書いた日報らしい。それの何が重要なのかはわからないが……。

「ちょっと拝見。……ふーむふむふむ、確かに……先日見た時から内容が更新されているね。いや、わかっちゃいたし内容のコピーは以前取らせてもらってたんだけどこういう現象は自分の目で確認しなおさないと気が済まないタチでね。ふーむなるほどなあ」
「あの……ソレって何が書いてあるんですか?」

 鎖鎌がためらいがちに問いかけると、ゆずきはバンとフォルダーを閉めた。

「……君には見せられない。吉村からもそう言われてたと思うけど?」
「そーなんです。吉村さん、ホントは私に運ばせるのもイヤみたいだったし。サイボーグじゃないと解除できないロックまで持たせてさ〜。でもそこまでされると逆に気になるじゃないですか」
「鎖鎌、これは別に君にイジワルしてるわけじゃあないんだ。単純に規則なんだよ。これは管理職サイボーグしか目にしちゃいけないんだ。君の同僚のダークフォース前澤だって見ていないはずさ」

 ゆずきは嘘をついた。日報には鎖鎌に知らせるわけにはいかない、これから過去にタイムトラベルした後の鎖鎌について書かれているからだ。

「お金の流れとかが書かれていいるからね。これで君に見せたら際限なく、じゃあ彼女にも彼女にもとダラダラ見せる対象が増えていくだろう? だからちょっぴりでも君に見せるわけにはいかないんだ」
「えぇ〜〜」
「それに見ても表とか数字ばかりで別に面白くないと思うよ」
「そうなんですか? じゃあいいや」

 鎖鎌が興味を失ったようでゆずきはホッとした。いま言ったのもウソだ。日報にはネットリテラシーたか子による体験談が生々しく書かれている。読み応えは凄まじかった。

「これである意味“確信”はできた……。ようやくここんとこ取り組んでた案件が次の段階に進められそうだよ。あ、これは君が帰るまで私が預かってていいかい? 別に隠してようってわけじゃなくてちょっと何回か使わせてもらうと思うから」
「いいですけど……」
「うん、じゃあちょっと今日はこいつ絡みのことを進めさせてもらうから……ひとまず君は休んでおいてくれ。おーい原田! 鎖鎌ちゃんを部屋に案内して」
「はぁ……。って、えっ? 今日は? 私何日かここにいるんですか?」
「ン? そうだよ。短くて3日くらい……まあ長くても1週間だ。池袋から出たことないんだろ? せっかくだから横須賀を観光していくといい。うろついてるサイボーグには君のことを伝えておくよ……。はは、もっとも君のことを知らせずにおいたら、うっかり殺されるのはサイボーグの方だろうけどねえ」
「えーっ、聞いてなかった……。私、お着替え持ってきてない……」
「着替えは適当なものを用意するから……あっ、なんなら同じ服を着続けたいってんならすぐ済む洗濯もあるから……原田! その辺もよろしく頼むね。それじゃあね鎖鎌。夕食の時にでもまた会おうじゃないか」

 ゆずきは言いたいことだけ言うとそそくさと出て行った。私あのロボ苦手かもしれないなあ……と鎖鎌はぼんやり考えていた。

***

「何をされてるんですか?」
「……おや原田。鎖鎌の応対は終わったのかい?」
「すぐグースカ寝ちゃいましたよ。長距離移動して疲れてたんじゃないですか?」
「はは、長距離ったって池袋横須賀間だろ。まあーなんだかんだ2時間ちょいはかかるけどさ……」
「で、何をされてるんです?」

 ゆずきは巨大な手の10本の指からそれぞれ10本のサブアームを展開、100本の指で無数の封筒を折っていた。

「見てわからないかい? 手紙さ」
「手紙を一度に100以上したためるのはふつうのこととは思えませんが……」
「まあ、ボトルレターみたいなものだね。数撃ちゃ当たるってね」
「質問の仕方を変えた方がいいですかね? 何をしようとしてるんですか?」
「ネットリテラシーたか子を真似るのさ。時空間通信は時空間通信機を使わなくてもできる」
「……もしかしてタイムマシンを?」
「そのとーり。時空のねじれで不調を起こしているのはふたつの時空を繋げる時空間通信機だけだ。一方的に事象を放り込むタイムマシンは……とりあえず仕組みから考えれば問題はないだろうと思われている。実際にはそう信じて補給物資を送るくらいにしか使ってないし、新たな時空工作員も派遣してないがね。さてここでに、ねじれた時空の上で一方通行ながら通信を行うものが現れた」
「……ネットリテラシーたか子!」
「その通り。物質を25年先まで保管すると言うアナログな方法でね。そしてこの日報は日が進むごとに更新されている……。さてでは、タイムマシンを用いて2020年のネットリテラシーたか子に向けて手紙を送り込んだら何が起こるかな?」
「日報に反応があるかもと言うことですか!?」
「あったらいいなぁーと思ってる。たくさん書いてるのは予備だよ。日報の更新間隔から、なんとなくの時空間のギャップは想像つくんだけどピンポイントで狙って外れるのもシャクだからね。前後200日くらいにばらまけばとりあえずなんとかなるかなぁーとね」
「ゆずきさんそれ……名案ですよ!」
「だろう? 時空ねじれの直接の解決にはならないけど手がかりは掴めそーだよねえ」
「でも……私気づいちゃったんですけどひとつ問題がありませんか?」
「なにさ」
「それ、池袋支部のタイムマシンから送らないとネットリテラシーたか子に届かなくないですか?」
「あっ」

 ゆずきの手が止まった。

「……普通に郵便で池袋に送って、吉村にやってもらおっか」
「……なーんか非効率だなあ〜〜……」
「ハハ……かっこつかないねえどうも」

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます