見出し画像

マシーナリーとも子EX 〜促す再起篇〜


「9時35分、9時35分ね……。ピッタリ到着だ」

 池袋から10分ほど歩いた高速道路沿いの大通り、そのバス亭に立つ者がいた。青みのあるブロンドをツーサイドアップにまとめ、アンダーリムのメガネをかける女性……。彼女の背中からは大砲とオカモチのような物体をぶら下がり、前腕には巨大なマニ車が回っていた。読者の方々はここまで列挙すれば彼女が何者かもうおわかりであろう。シンギュラリティのサイボーグ、マシーナリーとも子だ!

「とも子くん、さっきから何をしきりにスマホ確認してるんだい」

 とも子の懐からネギトロ軍艦寿司が飛び出て話しかける。

「バス乗るの苦手なんだよ……慣れねえ」
「電車と対して変わらないだろう?」
「そんな気はするんだけどいつも失敗するんだ……。オッ、言ってたら来たぜ」

 サイボーグと寿司はバスに乗り込む。平日、通勤も終わった時刻ということもあり車内は空いている。適当に席を見繕い座ろうとすると運転手がちょいちょいと手招きした。

「先払い」

 ICカードリーダーを指差す運転手。とも子はため息をつきながらスマホでタッチした。

「……な? 先払いか後払いかもわからねえ」
「都内は大体先払いじゃないかなあ」
「それがわかんね~から困るんだっつーの」

 憮然として席に腰掛け、外を眺める。バスは苦手だがバスから眺める景色はけっこう好きだ。電車からの景色とは全然違うし、タクシーもそんなにしょっちゅう乗るもんでもない。当然自家用車も持ってないので車道から眺める町並みというのはなかなか味わいがある。こうして車道を通って知らない土地へ向かうというのは電車とはまるで違った体験が……「あ!?」

 ボンヤリと考え事をしていたとも子の血の気が引く。今日の目的地は板橋市内だ。ふだん根城にしている池袋からは離れていくはず。なのにバスはどんどん池袋へと近づいていく……。見慣れた景色が窓からどんどん表れるッッ!

「ヤバイ!!!」

 祈るように降車ボタンを押した。220円の乗車料金を払い、家から歩いて5分の停留所から歩いて10分の停留所への移動を果たし、マシーナリーとも子はうずくまった。

「うわ……うわ~~~!! 乗るバス間違えたぁぁ~~!!! なんでだよぉ~~~!!」
「なんで路線をチェックしなかったんだい!?」
「だって時間ピッタリに来たんだもんよ!」

 スマホで路線の時間を調べるとまったく逆の方向へ進むバス2種類が両方とも9時35分到着になっていた。マシーナリーとも子は怒りと絶望のあまりブリッジする。

「なんで真逆の目的地を目指す路線が同じ時間に来るんだよッッ! ズラせよッッッッ!!!! アァ~~~~!!!!」

***

 15分後、マシーナリーとも子はなんとか目的のバスに乗れていた。今日の目的地は板橋市街のスーパー銭湯。人類から受けていた仕事がひと段落したのと動画のアップが終了したため、英気を養うため、次ネタのアイディアを練るために心休まる施設で寛ごうというのが狙いだ。
 だいたい月イチで都内のスパに行くのだが、最近向かう先が3~4店舗でのローテーションとなっていて少し飽きが出てきていた。そのため普段足を運ばない板橋にいい感じの施設があることをつきとめ、電車でいけないその秘境にバスで向かおうとしていたのだが……。

「おとなしくしろぉ!」
「あ?」

 ボンヤリ外を寿司とともに眺めていたマシーナリーとも子の耳に怒声が響く。見ると車内の前方に3人の目出し帽を被った男が立っている……。中心の男の手にはピストル! バスジャックだ!

「ウワァーッ!」
「銃を持ってるぞ!!!」
「怖い!!!」
「殺さないで!!!」

 バスの乗客たちのあいだに混乱が走る! 

「騒ぐなあ! 騒ぐと撃つぞ!」

 バスジャック犯が威嚇のため天井を撃つ! 乗客にさらなる混乱が走る!

「ウワァーッ!」
「銃を持ってるぞ!!!」
「怖い!!!」
「殺さないで!!!」
「騒ぐなって言ってんだろーが!」

 バスジャック犯が威嚇のため天井に5連射! ようやく車内は鎮まった。

「ようやく静かになりやがったか……校長先生じゃねぇんだぞ俺は! 銃の弾もこの国じゃ安かねぇんだぞ!」
「校長……どういう意味ですか兄貴?」
「いちいち突っかかるんじゃねぇーよ! ちょっとしたジョークだろっ! 俺たちは今からあ! 羽田空港に向かう!」
「あ?」

 どこ吹く風で様子を眺めていたとも子だったがこの一言にはピクリと来た。羽田。目的地とはまるで違う方向だ。

「てめえらの身代金を要求してそのまま国外に……あ? なんだお前は?」

 マシーナリーとも子はヌッと立ち上がる。聞き捨てならねえ。これ以上バスとかいう交通機関のせいで今日という日の予定は狂わせねー。

「おい……! こっちに来るな! マジで撃つぞ!」
「羽田には行かせねえ〜よ……」

 ぬらりとマシーナリーとも子が車両の先頭へと歩いていく。乗客たちはそれを冷や汗をかきながら見守る!

「おい! 来るなって言ってるだろ! あと3歩でも近づいてみろ、脅しじゃなく撃っちまうぞ!」
「このバスはこのままよぉ〜〜…」

 マシーナリーとも子は意に介せず歩みを進める!

「てめぇー……。怨むなよ! 俺は警告したからなぁー!!」

 バスジャック犯のピストルが躊躇いなく火を吹いた! マシーナリーとも子に迫る弾丸! 危ない! だがその時とも子の左腕が素早く振り払われた! チュイーン! 

「なに?」
「板橋に行ってもらわなきゃ困るんだよなぁ〜〜」

 一体これはどういうことか! マシーナリーとも子には傷一つない! 彼女の左腕をよく見てみよう……。前腕のマニ車! その上下2層に分かれたマントラが刻まれた円筒部分の間! マントラとマントラに挟まれた溝部分にじゅうだんが挟まれている! サイボーグだからこそできる正確無比な防御だ!

「バッ、バカな……! くそっ、リロード! リロードを……!」
「オラッ」

 パキャッと音が鳴りハイジャック犯のピストルが紙細工のように折れた。マシーナリーとも子自慢のアイアンネイルから繰り出されるサイボーグチョップだ!

「うわーーーっ!!!」
「兄貴ーーーーっ!!!」

 ハイジャック犯が恐慌に陥る!

「ったく面倒ばっかり起こりやがるぜ……あ?」

 障害を排除したマシーナリーとも子の目にふと地図が映る。青ざめた顔の運転手、その彼が握るバスのハンドルの傍にルートが記されていたのだ。とも子はふとその地図を手に取ってみた。目的地に至るまでにバスはさまざまな道を蛇行する。区役所、商店街、高速道路の高架下、大きな公園……。目当てのスーパー銭湯にたどり着くために大幅な寄り道をしている。更に最寄りのバス停から降りた後12分も歩かなければならないのだ。

「……なるほど」
「なっ、なんなんだぁ〜こいつ…!」
「兄貴ーっ!」
「頼みます! 無理やり付き合わされただけなんです! 殺さないで!」

 とも子が振り向くと未だ恐慌状態に陥っているバスジャック班たちが床にへたりこんで彼女を見上げていた。マシーナリーとも子は犯人たちを一人ずつ立ち上がらせると「よしよし」と親しげに肩を叩いた。犯人たちは不思議そうに顔を見合わせる。何のつもりだ? 不安に怯えながらとも子の顔を見守る犯人たち。やがてマシーナリーとも子はにこりと優しく笑った。

「よしお前たち……引き続きバスジャックしなさい!」
「「「「「「えーーーーーーッ!!!」」」」」

 車内から一斉に悲鳴が上がる! バスジャック犯はもちろん、予想外の展開により助かるかと期待していた乗客と運転手たちも叫んだ!


「ただし行き先は羽田空港じゃねえ……。『板橋の湯』直行だっ!」
「えっ! で、でもそれじゃあ俺たち……」

 主犯格が疑問を挟もうとする! だがとも子は微笑みを崩さないまま先ほど折り曲げたピストルの表面をトントン人差し指で叩いた! するとピストルはバキャッと音を立てて粉々に砕けた!

「……!!」
「口答えすんな?」
「はい」

 バスジャック犯はオイオイ泣き出しそうになるのを必死に男の意地で堪えた! なんでこんなことになるんだ!? もはや行き詰まった俺の人生、最後の最後に一か八かで決行したバスジャックが、警察に知られる間も無く崩れ、そして今また別の意図によって上書きされようとしている! なんで俺っていつもこうなんだ!? うまくいかねえ!

「ああそうだ……バスジャックするのに武器が無いんじゃしょーがねえな。人類は暴力装置がなけりゃ暴力でやられちまうもんな」
「えっ、でもそれはあなたが……」
「は?」

 犯人は「あなたがいるじゃないですか」と言おうとした。言おうとしたのだがさっきまでニコニコと笑っていたマシーナリーとも子の顔が4日間溜めた三角コーナーを見つめるような視線に変わったので喉を詰まらせた。

「私が……なんだって? バスジャック被害者の私が? お前らにとってなんだって?」
「ひっ、ひっ、ひひ……そ、それは……」
「おら、"奪われてやる"よ。これはグレネードランチャーだ。ここのカバーを開くとな、スイッチがあるだろ。これを右にスライドさせてみろ。やれ。いいからやるんだよ。お前がやれ。カチッとなるからよ。ホラ、するとモードが入れ替わって下からグリップとトリガーが出てきただろ? あとはピストルとおんなじだよ。ただしさっきみたいに威嚇射撃とかしようとするなよ。バスごと吹っ飛んでお前ら全員……客もだよ、みんな死ぬからな。爆発で死ねると思うなよ。皮膚が溶けて苦しみながら死ぬぜ?」
「カッ……カカッ……!」

 怖くて言葉が出ない! バスジャック犯はもはや自分を失っていた! この女の言う通りにするしかない! さっきまで耐えていた涙はとうに頬を伝わっており、男は嗚咽していた。

「よーし……運転手! 聞こえてたなぁ!」
「はい!」
「まっすぐ行けよなぁ〜。板橋の湯!」
「はい!」

 言われて運転手はアクセルをベタ踏みする! 法定速度200%超過で板橋区役所前バス停を通過! 老婆が叫ぶ!

「アーっ! 私は区役所に用事がアーッ!」
「うるせぇババアーッ! このバスはこいつらにバスジャックされてるんだ! 命が惜しかったら警察が来るまでは大人しくするんだよッッッッッ! ひとまず協力的な態度を取れ! 犯人を挑発するのは逆効果だぜ! なっ?」
「はっ……はい」

 とも子にポンと肩を叩かれバスジャック犯は力無く頷いた。もはや自分にこの場をコントロールする権利はない!

***

「……いい湯だった……」

 死に近い体験を味わったバスジャック犯はその後仕方なく湯に浸かり、食事処でグラスを傾けていた。板橋の湯に到着したバスジャックツアー一行は悠々と入店するとも子を呆然と見守り、しばらくポカンとしていた。この場所に用事があったのはとも子だけ……。ほかの乗客は全員、途中通り過ぎた区役所や商店街に用事があったのだ。だがバスはあまりにもそれらの場所から離れすぎた。そして傷つきすぎた。超高速の走行によりタイヤは擦り切れ、数度のサイボーグによる威嚇によって側面には数箇所穴が空き、しまいには実際に一度グレネードランチャーが発射された。もはや戻れる状態では無い。傷つき、疲れ果てた彼らは誰に促されることもなく入店し、入浴した。

「ここいいですか……。あっ」
「いいですよ……。あっ」

 バスジャック犯はうわのそらで返事をしてから誰に話しかけられたのか気づき、声をあげた。向こうも後から気づいたらしい。彼はバスの運転手だった。運転手は気まずそうに会釈をし、バスジャック犯の向かいに座り、そばを啜り始めた。バスジャック犯は無言で脇の子分からグラスを奪い取るとビールを注ぎ、運転手の手前に置いた。

「あっ、ダメですよ! 私、運転手ですよ」
「どうせバスは動かないだろ……? アンタにはすまんことをした」

 運転手は少し逡巡し、ビールを飲み干した。こうしなければバスジャック犯の面子も立たないだろう、そういう考えもあった。

「……手をつけちゃいけねえ会社の金使っちまってな……。にっちもさっちも行かなくなってやったことだった……。あんなよくわからん女に邪魔されたが……湯に浸かって酒を飲んでると、これで良かったかもしれないとも思うんだ」
「……だろうね。端金持って他所の国高跳びしたところで肩身狭く生きていくことになるのは変わりがない。残りの人生怯えながら過ごすだけさ」

 アルコールが入り、運転手も少し口調が砕けた。バスジャック犯は深くため息をつきながら言った。

「こいつを飲み終わったら自首するよ……。しばらく臭い飯を食って自分の人生ってやつを見直したいんだ。刑務所ならとりあえず寝る場所は確保できるし二日にいっぺんは風呂に入れるみたいだしな」
「自首する……? なにをだ?」
「え?」
「……見てみろ、ほかの客たちを」

 運転手に促されて食事処を見回す。他の客は全員同じバスに乗り込んでいた乗客たちだった。彼らはみな、湯に浸かってツヤツヤになった肌をビールで赤くさせ、天ぷらに舌鼓を打っていた。とんだトラブルだったがみな笑顔だった。

「彼らは……変な女に無理やり温泉に連れてこられただけだ。グレネードランチャーを背負った爪が鋭い女にな。あんな体験をして誰が目出し帽の男にピストルで脅されたなんて言える? 風呂に入ってる間、あんた誰かに責められたのか?」
「…………いや」
「変に背負いこむな。俺らもアンタも……被害者さ」
「被害者……? 俺が……?」

 バスジャック犯は思いもよらない言葉を投げられ困惑した。そうなのか? そう……なるのか?

「……なあアンタ、免許は持ってるか? バスジャック犯さんよ」
「免許? 昔タクシーを転がしてて大型2種を……」
「じゃあ次は、バス転がしてみねえか。ウチも人手不足でな」
「え?」

 運転手は蕎麦を食べ終え、タバコに火をつけて一服喫んだ。

「どんな状況でもやり直せるさ。だから……やけっぱちになるなよ。他人様を不幸にするようなことはな」
「ううっ……うう……」

 バスジャック犯の目から、サイボーグに脅された時よりももっと大粒の涙が溢れ、目出し帽をグショグショに濡らした。

「お世話に……お世話になるっス……運転手さん……へぐっ!!」

***

 その後、板橋の湯は急な団体客の来訪によってビールが売り切れてしまったことに腹を立てたマシーナリーとも子のグレネードランチャーによって爆発炎上した。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます