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マシーナリーとも子ALPHA 〜隔世の5年篇〜

「ンギャーッ!」

 爆裂! 池袋の路地に衝撃波が走り、爆心地の人類はもちろん、半径50mほどにいた人たちも吹き飛ばされる! ロケット弾の着弾だ!

「セリャーっ!」
「ンギャーッ!」

 爆煙を切り裂いて猛ダッシュで突っ込んだダークフォース前澤は左手の殺人格闘兵器トングを用い、まるで週末のパン屋で思い思いにパンをつまんでいくように人類たちの首を引っこ抜く!

「トリャーッ!」
「ンギャーッ!」

 返す刀で右腕を掲げた前澤は先端のパワーアーム機構を作動させ次々に人類を殴り飛ばした! 殴られた人類たちはあばら骨を粉々にさせたり胸が吹き飛んだりして死亡!

 ああ、なんて残酷なんだ! 人類の読者のみなさんはそう思うかもしれない。だがサイボーグにとってはこれは日常的な仕事なのである。人類の仕事に例えれば品出しや始業前の掃除、Excelに数字を入力するような、ごくごく単純で基礎的でつまらない、なんてことのない風景なのだ。

 だがそれはあくまでサイボーグの感覚であることは前澤をはじめほかのサイボーグたちも承知していることではあった。自分たちのなんでもない振る舞いは、脆弱な人類から見れば兇悪極まりない所業に映るであろうことを。……じゃあ今、私について来ているコイツはどう思ってるんだろう? 前澤は近くのびょういんのかだんに腰掛け、モサモサとバウムクーヘンを食べている鎖鎌に目をやった。

***

「え? 別にどーとも思わないけど……」

 前澤から目の前で人類が殺されてるのを見てどう思う? と聞かれた鎖鎌は口の周りにバウムクーヘンのかけらをつけたまま間抜けに答えた。

「それはそれで冷たい話だな。お前がマシーナリーとも子に作られたという……なんかふつうの人類より大分強いみたいだが……ただの人間じゃあないにしてもカテゴリ上は同じ種族なわけだろう?」
「どーなんだろうね? そのあたり私も自分たちのことよくわかってないからアレなんだけど……」

 鎖鎌は前澤にコンビニ袋を差し出す。前澤が自分の仕事をしているあいだに飲み物を買っておいてくれと頼んだのだった。前澤はカフェオレにストローを挿してチュルチュルと吸ってひと息つく。

「そういえばなんだかんだでお前が来た……2050年だったか。の話をキチンと聞いたことがなかったな」
「そうだっけ」
「そもそも最初は信じてなかったからな……。でも色々それどころじゃなくなったしな」
「あぁ〜〜……ママとお話ししてみたかったなあ」

 鎖鎌はグイーと伸びをしながら愚痴を吐く。ワニツバメの一件から、2010年代と連絡を取ってみようとなった池袋支部の一同だったが、時空が乱れてるとかなんとかで時空間通信がうまく繋がらなくなってしまったのだ。これはシンギュラリティ全体の活動に関わる重篤な問題で、現在組織は対応に追われている。

「そもそも2045年の私たちがタイムスリップしてるんだから2050年の人類にできても不思議はないよな」
「でも、別に2050年にもタイムマシンとかそこら中にあるわけじゃなかったよ。私も初めて見たし……」
「どんなところだったんだ、2050年は」
「う〜ん、他のところは知らないけどこの時代に比べると平和で寂し〜いところだったよ2050年の池袋シャードは」
「シャード?」

 前澤は聴き慣れない言葉を聞き返す。鎖鎌はそれに困った様子で腕を組んで宙に視線をやった。

「あ〜〜……なんつったらいいかなあ……。駅みたいなもんというか……」
「街のことを2050年ではそう呼ぶのか?」
「うーん街ともちょっと違うんだけど街っちゃ街というかもうちょっと不便というか……とにかくいまの池袋とは全然違うよ。田舎っぽい」
「そうなのか」
「人も少ないしね〜〜……。そうそう、2045年に来てびっくりしたのは人っぽい人がたくさんいることかな」
「なんだそれ」
「私たち、産まれたころから基本的に自分たち学校の仲間とサイボーグくらいしか人間っぽい見た目のもの見たことなかったんだよね」
「なんだそれ……。そんなんで社会が機能するのか?」
「いや、ほかにもたくさん人間はいたんだけどみんな……なんつーか先っぽに球がついた棒みたいな形してるってゆーか」

 鎖鎌が空中でボーリングの球を掴むような仕草で伝えようとする。前澤にはまったくわかんなかった。球がついた棒?

「それは……球がついた棒で、人間ではないんじゃないか……?」
「いや、そう言われたらそうなのかもしんないけど少なくとも私が産まれてからこの時代来るまではそういうことってなってたし別に違和感とかなかったんだってば。私の育てのお母さんも棒だったし……」
「棒……棒???」

 前澤は鎖鎌の言ってることがなにも理解できず、困った。棒は棒だろ。鎖鎌は構わず続ける。

「だから2045年に来たらいろんな年齢の人間がいっぱいいて新鮮だったな~~。あ、あと男の人の実物って始めて見たかも。本とかネットの写真でしか見たことなかったから」
「なんか……たった5年なのにずいぶん環境が違うな……。向こうじゃどんな生活だったんだ、お前」
「そうだなあ〜……」

***

 ピロロロロン。ピロロロロン。

「鎖鎌さん、起きてください」
「ン……」

 目覚まし時計ロボットに起こされる。軽く伸びをする。昨日は夜中に急にその気になって鎌を研いでしまったから眠い。もう3時間くらい眠りたい気分だったけど今日は木曜日なのでそうも行かなかった。学校がある!

「おはよう鎖鎌」
「おはよーママ」

 ピンク色の棒の先端に球がついたママから朝食を受け取る。どこからどう見てもツルツルした棒で学校の友達とは全然違うママ。でも物心ついた時からこの姿だし変だとは思わない。みんなのママもこうだし。でもたまに夜中に起きてきてみてもいつも台所にいるのは不思議だ。いつ寝てるんだろうか。
 今日の朝食はコーンフレークとバナナだった。ふつー。ところでママが食事を取っているのを見たことがない。
 1時間ばっかしダラダラと着替えたりテレビを見たりして過ごしてから家を出る。私たちの家は40個の同じ形の建物がズラリと横並びになっている。私の右隣の家がいちばん仲がいい錫杖ちゃんの家だ。そして左隣が……

「んあ〜……、おはよう、鎖鎌」

 わかめのサラダみたいにモサモサした髪の毛の女の子がフラフラと出てくる。

「おはよう含針ちゃん」
「今日もキツいわぁ〜。んん〜……」

 彼女は低血圧だ。朝はいつも顔色が悪くだるそうにしている。でもちゃんと起きてくるからえらいと思う。私は錫杖ちゃんが朝活動しているのをついぞ見たことがない。

***

「待て待て待て待て」

 ダークフォース前澤はとうとうと故郷について語る鎖鎌を思わず止めた。

「え……何? なんでもない朝の一幕じゃん」
「お前の時点でおかしいし、錫杖ってやつが出てきた時もなんだこいつは、と思ったが今度は含針だと?」

 文句をつけながら前澤は右腕のバウムクーヘンが焼け過ぎなことに気づいて棒を差し替える。鎖鎌の話がちょいちょい変なところがあるせいでぼーっとしてしまった。バウムクーヘンオーブンの上部から少しずつタネが流れて焼かれ、周囲にまた香ばしい匂いが漂い始めた。
 なんだったっけ。そう、含針だ。

「含針ちゃんってなんだよ。おかしいだろその名前」
「え……? そう? なんで?」
「人間の名前の付け方と全然一致してないぞ! 鎖鎌使うから鎖鎌で錫杖使うから錫杖って……じゃあその含針ってやつもいつも口ん中に針入れてんのか」
「そうだけど」

 鎖鎌がキョトンとしながら答えるので前澤は唸った。

「あのなあ……機能から名前をつけるなんて、まるでモノみたいだぞ。お前たち人類の名付け方じゃあない」
「そんなこと言われてもなあ〜……。私の感覚からするとダークフォース前澤〜の方が絶対変な名前なんだけど」
「そらゃあまあ種族が違うからなあ」
「じゃあ鎖鎌も変じゃないっしょ!」
「いやだから他の人類と比べて変だっつーんだよ! …………」

 ここで前澤は複数の違和感に気づく。変か、変じゃないかは比較によって生まれる概念だ。先ほどから鎖鎌が話す2050年の話はまだ家から出たところなのにちょいちょい変だ。明らかに。だが鎖鎌はそのことを当然のように話す。彼女にとっては当たり前のことで不思議なことなど何もないのだろう。それはそれでわかる。だが……おかしいのはそれがたった5年後の池袋の話だということなのだ。

「鎖鎌、聞きたいことがある。お前錫杖や含針って名前が変じゃないと抜かすが……ほかに、例えば苗字とかついてる人間はいなかったのか?」
「苗字ぃ?」

 鎖鎌が首を傾げるので前澤はゾッとした。だがすぐに鎖鎌は「あー、あー」と納得したように頷いた。

「それってあれ? 秋山〜とか宍戸〜とかのアレでしょ? 最初についてるやつ! 学校で習った」
「学校で習った…………」

 2050年では苗字が失われているのか? シンギュラリティがうまくいった結果なのだろうか? しかしそんなに早く失伝するモノなのだろうか。たった5年だ。5年前って何があったっけ? ヴォロネジオリンピックか。覚えてる。たったあれくらいの期間しか経っていないのか。たったそれだけで長く人類のあいだで根付いていた文化が跡形もなく消えてしまうものなのだろうか? 鎖鎌の環境が特別なのだろうか?
 前澤は急に不安になって目についた池袋市民につかみかかった。

「ギャーッ! サイボーグ!」
「おいお前、苗字はあるか……? 苗字をなんと言う!」
「ギヒッ……か、圍です」
「ありがとうよ!」

 前澤は捕まえた人類を空中に30メートルまで投げ飛ばして再び鎖鎌の隣に座った。まだ苗字はある。この2045年に苗字はある。

「苗字のことがそんなに気になるの? 前澤さん」
「ああ、気になるね……。それともうひとつ。なんで今まで思い至らなかったってことなんだが……」
「ウン」

 前澤は鎖鎌の瞳を見据える。まったく本当になんでいままで違和感を覚えなかったんだろうか。

「鎖鎌……お前、いまいくつだ……。どう見ても中高生に見えるが、2050年にそのくらいの歳ってんなら……2045年の現代にだって、どこかにお前がいるはずだろう! なんでそんなに2045年を珍しがってるんだよ!」

 前澤は思わず声を荒げた。どう考えてもおかしい。どこかで辻褄が合わない。
 前澤の大きな挙動とは裏腹に鎖鎌はそう言われてみれば、と言う顔をしてひーふーみーと指を動かした。そして数秒宙を見つめ……答えた。

「ン…………別に産まれた直後のこと覚えてるわけじゃないから自信ないけど…………多分11ヶ月くらい…………?」

 前澤は全身から力が抜けていくのを感じた。

***

「じゃ……私今日はもう帰るわ……。吉村さんには直帰って言っといてくれ」

 池袋の駅前。鎖鎌と会話していてゲシュタルト崩壊を起こしかけたダークフォース前澤は早退けすることにした。ノルマは達成してるし有給も残ってる。文句は言われまい。

「ねー、前澤さんってどこから来てるんだっけ?」
「十条だよ。埼京線でふた駅」
「今度遊びに行っていい?」
「なんでだよ……。勘弁してくれ、仕事と生活は分けたいんだ」
「えー! 私だって家の話してあげたじゃーん!」
「それとこれとは全然次元がちげぇだろーがっ! とにかく、家には上がらせん。じゃあな」
「うん! 前澤さん、また明日!」

 鎖鎌が満面の笑顔で手を振る。前澤は何かおかしな気もしたが、ひらひらと右手の破滅ハンドを振って返した。

「また明日な」

***

 埼京線といえどこの中途半端な時間は人がまばらだ。今日は座ってる人類の首を引っこ抜く必要はないらしい。前澤はどっかりと端の席に座ると、窓の外を流れる看板たちをぼんやりと見ていた。
 鎖鎌の語る5年後の未来は現代とまったく様変わりしていた。原型を留めないほどに。それはこれから私たちが行うシンギュラリティの成果なのだろうか? そして過去あいつから聞き、この身でも体感したように、2050年では人類……と呼んでいいのか、とにかく鎖鎌たちに我々サイボーグは虐げられているらしい。だが鎖鎌たちを産んだのは同じサイボーグのマシーナリーとも子だと言うのだから……。
 前澤は目をギュッとつぶり、ぶんぶんと頭を振った。わからない。なにもわからない……。いったいどうなっちまうんだ。 
 思えば奈良支部にいた頃は楽なもんだった。鹿と大仏の世話をするだけの退屈な日々だったが、未来のことについて思い悩むなんてことはなかった。毎日をなんとなく過ごせていた。
 前澤は上着のポケットからプラスチック片を取り出す。赤と白の縞模様。かつて友だったサイボーグの部品だ。前澤は友を手で転がしながら呟く。

「私は生き残ってかえって面倒なことに巻き込まれてるのかなあ……。どう思う、オイ」

 プラスチック片は返事をしなかった。
 前澤はぼんやりしすぎてふた駅乗り過ごし、ぶつぶつ言いながら上り電車に乗り換えて帰った。

***



読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます