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マシーナリーとも子EX 〜呑み込むとも子篇〜


 マシーナリーとも子が食卓の真ん中にドスンと煮物が入った器を置く。すると即座に3方からワイシャツの白い袖、袖を捲った浅黒い腕、戦車とデカい腕が伸びた。

「今日は筑前煮かぁ〜」

 間抜けに開きっぱなしの口に煮物を放り込んでいくのはジャストディフェンス澤村。2045年の未来からマシーナリーとも子の相棒を務める擬似徳サイボーグ。

「鶏肉がホロホロでおいし〜!」

 ニコニコしながら肉ばかりをつまむオレンジ色の髪の毛の人間。2050年からやってきてマシーナリーとも子の娘を名乗る徳人間、鎖鎌。

「おい鎖鎌、野菜も食べなければならんぞ。緑黄色野菜を食え。人参食え」

 そう言いながら大量に人参を鎖鎌の器に盛るのは浅黒い肌に眩いマゼンタの髪の毛を持つ女の子。鎖鎌同様、とも子の娘を名乗る徳人間、錫杖だ。こいつは喋り方が変だ。

 マシーナリーとも子はその三者三様をぼんやり見ながら……とくに新入りの錫杖を注視しながら飯を口に運んでいた。最近、わけのわからないことが多い。なんでか自分の娘を名乗って家に押しかけてくる奴が多いし……。待てよ、もしかしてこのまま少しずつ増えていくのか? じきに3人目も来たりすんのか?
 とくに最近入ってきたこの錫杖ってやつは奇妙だ。なんでも最初は鎖鎌といっしょに2050年から2045年にやってきたらしいが、そこでワニツバメの腕のワニちゃんに飲み込まれてエネルギー源にされてたらしい。なんだそれ? 

「錫杖、お前……ワニちゃんのなかにしばらくいたんだよな」
「ん? そーだぞ」

 マシーナリーとも子は思わず箸を使って錫杖を指さした。すぐにこの行為の徳の低さに気づいて慌てて箸を置きながら左手で指し直す。

「中ってどんな感じだった? てゆーか腹とか減らないの? 何ヶ月も入ってたんだよな? ワニが本徳になるってどーゆーことだよ」
「ちょっとちょっとママよ、いま食べてるから後にきてくれぬか」
「メシはお話ししながら食べた方がおいしーんだよ。ここで暮らすならちったあ身の上話を聞かせてくれたってよかねえか?」
「私も気になる! 教えてよ錫杖ちゃん」

 横から鎖鎌が口を挟む。人参は残している。錫杖は観念した様子でお茶をすすった。

「ワニの中にいるときは……なんというか、ママの想像してるような感じじゃあない。身体がなくなるし……」
「身体が無くなる!?」

 初耳なんだが。

「あ、でもそれわかるかも。私も2045年行った時にサイボーグの中に入って〜……あれ? 2046年だったかな?」
「サイボーグの中に入る!?」

 それも初耳だが。

「え? じゃあ鎖鎌さ、私とか澤村の中に入れんの? どうやって?」
「いや、なんか私が入ったサイボーグさんはなんか特別な感じで……。ママとか澤村ちゃんはなんか、なんだろ? 中がギュウギュウな感じで」

 全然わからん。とりあえず今は錫杖の話に注力するか。

「……で、なんだ、じゃあワニちゃんの中にいたときは大体寝てるような感じだったのか?」
「うーん、そうっちゃそうだし、うっすら意識がある時もあったなあ。でもメンドクサイから寝てたぞ」
「錫杖ちゃんさ、ワニツバメのエネルギーにされてたんでしょ? 疲れたりとかしなかったの?」
「別に? あとご飯食べたら私のお腹も溜まるしなあ」
「ワニやろーの意識が入ってきたりとかはなかったのか?」

 少し興味が湧いたのか澤村が口を挟む。

「無かったねえ。別に合体してるわけじゃないからのう」
「あ! でも私が未来でサイボーグと一体化した時はやり取りできてたよ」
「ああでも、ワニ? ワニ側とはたまにお話ししたぞ。ザワみのとこに打ち出されたときも軽く打ち合わせしたし。ちょっと突然だからびっくりしたけどの」
「ふぅーむ」

 こいつらが特殊なのか、ワニツバメが特殊なのか、その両方なのか?

「多少興味はあるなァ……」

***

 次の日。

「は? なに言ってるかわかってるんでスか?」

 マシーナリーとも子はワニツバメの前で頭を下げていた。話を聞いてたら試したくなってしまったのだ。

「私を飲み込んでみてくれ……!」
「え? え? 殺していいってことでスか? 願ったり叶ったりではあるんでスけど」
「いや殺すんじゃなくてなんかいい感じに飲み込んでみて欲しいだけなんだけど。満足したら出てくるから」
「なんで私がお前なんかに気つかってそんなメンドクサイ要求を聞かなきゃいけないんでスか!?」
「……いくらだ?」

 とも子が懐から高速で財布を出して開くのでワニツバメは右手でビンタした。

「金の問題じゃないでスよッッッ」
「たっ、頼むよぉ〜! どおしてもワニちゃんの中を体験してみてぇんだよぉ〜ッ! ちょっと前まで錫杖飲み込んでたじゃねえかよォォ〜ッ!」
「アンタを殺すために飲み込んでたんでスよッッッ!!」
「じゃあそれだ。出てきたら相手をしてやる」
「ムッ……」

 ツバメがピタリと動きを止めて興味深そうな表情をした。この線ならイケる。

「お前まだ本徳になってからザワみとしかやりあってねぇだろぉ〜? そろそろ本懐を遂げたいんじゃねえのか? 胸貸してやろうじゃないか。私の願いを聞いてくれたらな」
「……いいでしょう。ただし」
「ただし?」
「多分錫杖とは感じ方が違うと思いまスよ。ヤツは中でエネルギー体になってまシたから。……サイボーグもなれるんでスか?」
「知らねー。元はと言えばその話聞いて試してみたくなったんだよ。あいつらが変なのかワニちゃんが変なのか」
(変とはなんだ!)

 変と言われてガウガウとセベクが批難の意味を込めて身を捩る。とも子はそれを見て微笑み、頭を撫でた。

「じゃあ頼まあ」
「あー、あとこれは……私も自分自身で体験したことがあるわけじゃないので参考程度の忠告でスが」
「なんだよ?」
「あまり奥に行きすぎないように……どうなっても知りませんよ」
「はあ?」
「じゃあ行きまスよぉ〜!」

 とも子が目を閉じる。セベクが大きくアゴを開き……。マシーナリーとも子の頭から腰までを一気にその身体へと飲み込み、ガッチリと咥え込んだ!

「おごっ! おごご〜〜!」
「飲み込みまスよぉ〜!」

 ワニツバメはセベクと合体した左腕を大きく上に持ち上げると重力を利用して少しずつマシーナリーとも子を飲み込んでいく!

「んごごご!」
「あんまりジタバタしなさんな! ここまで来たら無駄な抵抗でスよぉ〜! それっ!」
「んごっっっ!」

 トントンとツバメが2、3回ジャンプをする! するとマシーナリーとも子の足が、ワニの口の中へと消えていった……。ワニはしばらく喉をグワグワと動かしていたが……。やがてゲップを戻した。マシーナリーとも子を完全に飲み込んだのだ!

「……本来ならこれで『勝った!』と言いたいとこでスがそうもいかないのが残念なところでスね……。まあこんな勝ち方は納得が薄いし徳が低いので論外ですが……。セベク、後は任せていいでスか?」
(任されよう)

***

「……んあ?」

 マシーナリーとも子が気がつくと乳白色の空間にいた。首から下は生温かい液体に浸かっている。液体は不思議と浮力が高いらしく、腕をある程度沈めようとすると自然と跳ね返ってくる。試しに身体を横たえてみると見事に液体でできたベッドのように寝心地良く浮かぶことができた。まるで死海だ。

「錫杖が寝てたってのはこれか?」

 それならかなり寝てたというのも納得できる。こいつはかなり寝心地がいい。というか段々ウトウトしてきた。そんな時、空間に優しく響く声があった。

(とも子……マシーナリーとも子……)
「んあ?」
(もう満足したか……?)
「あ……もしかしてワニちゃんか?」
(そうだ。これが私の中だ)
「思ってたより普通に居心地いいのな。もっとギチギチに狭くて蒸し蒸ししたところだと思ってたぜ。っていうか明らかに外から見るより広くね? どうなってんの?」
(フン……これがエジプトの神の力だ。恐れ入ったからサイボーグ)
「ああ、よくわからないのね自分でも」
(ナニーっっ!)

 マシーナリーとも子はしばらくバシャバシャと液体と戯れていたがやがて奥がキラキラとことさらに明るいことに気づいた。興味を惹かれ、平泳ぎの要領で奥へと進みつつセベクに質問を繰り返す。

「ビームとか出してるけど、それもここで作るのか?」
(そうだ。以前は錫杖の力も借りていたからな)
「ご飯とか食べてもここにくるのか?」
(胃は普通にある。そこは飲み込んでストックしておきたいモノやエネルギーを溜め込んでおくための特殊な空間だ。内臓というよりは私の能力の一環だと解釈してもらいたい)
「ナルホドね。ところでこの奥のキラキラはなんなんだよ」
(あ! コラ! やめるのだ! さっきツバメが奥に行きすぎるなと言ってただろう!)
「なんで? 行きすぎると戻れなくなるとか?」
(そんな物騒な能力を私は持っておらん!)
「じゃあ別に行きすぎても死ぬってわけじゃあねえのか。なら尚更見に行きたいなあ」
(面倒だからやめろ! なんでそんな必要があるのだ)
「テレビゲームでよぉ〜、ステージを踏破するとマップ画面が埋まっていくタイプのゲームってあるだろ? 私、アレを埋めたくなっちゃうタイプなんだよなぁー。何かをやり残して次に進むってのがイヤなんだわ……おわっ」

 奥の光にある程度近づくと、突然引き寄せられるように液体に流れが生まれ、マシーナリーとも子は体勢を崩す。

「うおおおなんか吸い込まれる!?」
(あー! あー! ダメだぞ! もう遅い! その勢いだと行ってしまうぞ!」

 スピードはどんどん増し、マシーナリーとも子の視界が眩い光に包まれる!

「ウワーッ! 行くってどこに!?」
(私の身体はナイル川と繋がっていてだn……)

 そこでセベクの声は聞こえなくなり、視界が真っ白になった。

***

 気づくとマシーナリーとも子の身体は浮遊していた。いや、すぐに重力を感じる! 驚きの声をあげる間もなく、とも子は水中に落下した。だが先程のような生温かさも無ければ浮遊感も無い。冷たい、普通の、川だった。あまり綺麗でもなかった。

「わびャー! なんだここ!?」

 慌てて川から這い出ると太陽が嫌に照りつけてくる。あたりを見渡す。遠くに巨大な四角錐が見えた。アレはもしかして?
 願いながらスマホを見て位置を確認する。そしてマシーナリーとも子は天を仰いだ。彼女は池袋のワニの体内からエジプトはナイル川にワープしていたのだ。

「……マジ?」

 懐からネギトロが飛び出る。

「軽い悪ふざけがとんでもないことになっちゃったねえとも子くん」
「……これ、ワニちゃんが気を利かせて戻してくれたりとかそういう機能無いのかな?」
「交信できるかい?」
「いや、なにも」
「自力で帰るしかなさそうだねえ」

 とも子は頭を抱えた。

「ダルすぎる……! なんてこった。はじめて来るわけじゃねえけどよお!」
「え! とも子くんはエジプトに来たことがあるのかい!」
「2045年にいたとき仕事でな……。あー! ヒコーキ取るしかねえのか? 経費出るかな……どっちにしろ貰えるのは未来に戻ってからだけどよお! もったいねー!」
「まあせっかくだから観光して行こうよ。僕はエジプトは初めてなんだ。寿司があるかもしれないし……」
「寿司仲間見つけてどーすんだよ……」

***

(ウワーッ! ワーッ!)
「ワ! どうしたんでスセベク!?」
(マシーナリーとも子が……ナイル川に行ってしまったぁー!!!」
「えーーーーッ!!!! だから行ったのに!!! なんで止めなかったんでスかあ!」
(止めたけど聞かねえのだぁ!)
「なにやってんでスかぁー! え! じゃあ勝負は!? アイツどうなんでス!?」

 ワニツバメとセベクがドタドタしていると、やがて彼女の耳に異音が聞こえてきた。いや、それは少し前まで昼夜を問わず聞こえてきたあの恐怖の音……。チェーンソーの轟音! ネットリテラシーたか子だ!

「……ワニツバメ? ちょっといいかしら」
「た、た、たっ! たか子……センセイ! どうしたんでスか? なんか用でスか?」
「マシーナリーとも子を見なかったかしら……? 澤村に聞いたらここに来てると聞いたのだけど」
「あ、あぁ〜〜それはでスねぇ〜〜〜……」

 ツバメはたか子の視線から逃れるように空を見た。数秒後、白状した彼女は怪光線を浴びせられ悲鳴をあげた。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます