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マシーナリーとも子ALPHA 〜徳の満ちる時篇〜

 一夜明けて鎖鎌は横須賀データセンターの一室、32F「ニモニック」の間へとやってきた。例の「八甲田山」シャツは彼女の美観的にはナシだったので朝、シャワーを浴びた後着慣れた制服に着替えた。
 部屋中央にベッドにはパワーボンバー土屋が寝かされてる。最初に会って破壊して以来、直したりパーツを得るために一悶着したりとなんだかんだで見慣れてきた顔だ。これから自分が、彼女のためになにができるんだろうか……。そんなことを考えながら鎖鎌はぼんやり土屋の顔を眺めていた。

「ごめんなさいね」
「ほへっ??」

 ボケーっとしているところに急にタイムリリース原田から謝罪されたので鎖鎌は妙な声をあげてしまった。時間差でなんだか恥ずかしい気がしてきてうっすら汗をかいてきた。

「ゆずきさん時間にルーズでね……。施設内チャットからも連絡してるんだけどあのロボ見ないからなあ……」

 ああ、そういうことか。入室してから10分弱。原田から挨拶された以外はなにも起こらないのでぼんやり土屋を眺めていたのだがドゥームズデイクロックゆずきを待っていたのだ。

「サイボーグでも、時間にルーズとかあるんですか?」

 事態が掴めたら急に手持ち無沙汰を覚えた鎖鎌はふと原田に尋ねてみた。

「そりゃああるよ。そうだね……。あなたみたいにサイボーグはなんにでも正確で、白か黒か、ゼロか1かがハッキリしてるみたいな認識を持ってる人類は多いけどそんなことは無い。我々の行動にはもっと細かいグラデーションがついてるんだ。そういう意味では人類と似ていると言えるところもあるかもしれないな」
「へえ……そうなんだ」
「もちろん、例えばまったく寸分違わず同じ動作を連続でするとか、時間ぴったりに前もって指定しておいた動作をするということもやろうと思えばできる。だがそれはどちらかというとコンピューターや産業用ロボットのプログラミングされた動作ではなくて……。君たち人類が、集中して何かを行うときに似ているかな。例えばなるべく正確に歪みがない円を描くとか……そういった行動に近いと言えるかな」
「へーっ。それってやっぱり疲れるんですか?」
「疲れるし、我々はなるべくそれをやりたくないんだ」
「なんで? 便利そうなのに」
「我々は誇り高きシンギュラリティのサイボーグ。この星の頂点に立つ超ロボット生命体なんだ。時間を知らせるための時計や、計算を間違いなく行うために存在するコンピューターとは違う存在なんだ。だから我々にとってはある意味正確すぎないことがサイボーグとしてのプライドであり、好ましいことなのさ」
「へぇ〜〜……」
「ま、それはそれとしてゆずきさんのこれはルーズにすぎるけどね……。時間に正確で無いというなら5分前とかに来てくれりゃいいのに……」
「おいおい、私の話題かい?」

 原田が苦笑いしながら揶揄した瞬間、扉を開けてゆずきがやってきた。原田が罰が悪そうに舌を出すのを見て、鎖鎌は笑うのだった。

***

「さていよいよ今日は鎖鎌……君に仕事をしてもらうよ」
「なんでもします!」
「ウン、いい返事だ。よく寝たみたいだね」
「えへへ」
「で、具体的には土屋の身体に入ってもらいます」
「はいはい身体にね……。えっ、入る!?」
「ウン。ちょちょいと入っちゃってよ」
「なにを手伝わせられるかと不思議に思ってたけどそれ系なんだ……」
「前澤と吉村から話は聞いてるよ。以前入ったことがあるんだろ? エネルギー体になって……」
「まあ、そうッスけど前に入ってみた時は特になんにもなくて〜……。土屋さんの身体は動かせたけど」
「その時の土屋の身体は抜け殻だったからな。でも今は違う。私たちが彼女のクラウドデータを詰め込んだ。あとは火を入れるきっかけがあればそれでいいのさ」
「そうなんですかあ? じゃ……やってみますけど。言っておきますけど前もなんか入れちゃっただけで、うまく行くとは限りませんからねー」
「うむ。じゃあ端末で土屋の様子を観察してるからやってみてくれ」 

 土屋と原田が端末を凝視するのを脇目で見ながら鎖鎌は土屋の傍に移動する。先ほどと変わらず、土屋は穏やかに寝ているようだった。改めてささみと森繁の腕は大したものだと思う。その顔には鎖鎌が刻んだ傷痕はまったく見当たらず、見るだけでサラサラと絹のような滑らかを感じられた。
 鎖鎌はあらかじめ腰掛け、土屋の手に触れる。するとあの、体重が抜けるような、あまり気持ち良くは無い感覚が甦ってきた。自分の意識を頭ではなく、腕に感じる……。自分の身体と、空っぽの土屋の身体に意識があるのだ。鎖鎌は、腕を通じて土屋の身体に意識がスライドするような想像をする。徐々に感覚が、体重が戻ってくる。しかし、彼女が感じ始めた感覚は腰掛けて土屋に手を添えるそれではなく、ベッドに仰向けになっている感覚だった。

***

「……来た!」
「来ましたか!?」

 端末を凝視していたゆずきと原田が声を上げる。その画面には……鎖鎌が入り込んだ瞬間大量のファイルが生成! そのうちのファイルを開いてみると不可解なバイナリの海! ゆずきは自信の終末時計から生まれる徳をフルに活用してそのバイナリを解析、言語情報に自分の頭の中で置き換える! 導き出された文字は……オム・マニ・ペメ・フム……あまりにも見覚えのある真言!

「これは……徳だ! 吉村から話も聞いていたし時々感じもしたが……彼女は徳の塊なんだ!」
「どういうことです?」
「わかんない! とにかく徳ってことだ! そして……見ろ原田!」

 画面の中にノイズに包まれたアイコンが出現! まるでグリッチのように明滅しながら震え始めた! これは一体!?

「侵入した鎖鎌の意識に、徳に土屋のデータが反応している! “火”が点くぞっ! 失われていた意識が……甦る!!」

 アイコンは激しく揺れる! 明滅を繰り返す! やがて……そのリズムが遅くなりはじめる! 不確かだったものが確かに! 消えていたものが戻ろうとしているのだ! 原田とゆずきの2機は固唾を飲んでそれを見守る! 2機はいつの間にか、思わずその拳を握り込んでいた! 原田の掌に汗がにじむ! そしてアイコンのおぼろげさは無くなり……点滅も終わり……今はハッキリとそこに存在していた。その瞬間ゆずきは満を辞して産まれたアイコン……「Ishiki.exe」をダブルクリックした!

「甦れっ! パワーボンバー土屋っ!」

***

「あれ?」

 モンヤリした感覚を多少抜けた鎖鎌は不思議に思った。パワーボンバー土屋の身体感覚は覚えている。だが以前のように自在には動かせない。なんだか今の感じは……寝入りばなのような感じ。もはや手足は動かせないが、意識だけはなんとなくある感覚。それが眠りに落ちるような感じはなく、安定しているような不思議な感覚。なるほど、以前とは雰囲気が違う。これがゆずきさんの狙いだったんだろうか。
 身体を動かしてみる努力をしたらどうなるだろう。他に思いつくこともないので鎖鎌はやってみた。四肢になるべく力を込めようとしてみる。何せ身体は眠っているような感覚なので、意外なほどうまくいかない。それでもしばらく頑張ってみると、自分自身が土屋の中に広がっていくような気がした。これならうまくいくか? そう思った刹那……。

「ありゃ? 何か変だぞ?」

 そんな声が鎖鎌の意識に響いた。鎖鎌が発したものではない。夢の中で話しかけられるような感覚……。鎖鎌は難儀して身を翻そうとした。土屋の身体は動かなかったが、暗闇の中で光球となった自分が、ぐるりと旋回するような感覚があった。その視線……実際には視線ではないが、視線のような感覚……の先に、アロハシャツを着たサイボーグが見えた。なんだかんだで見慣れた姿。意識を手放す前、最後に見たもの。

「……土屋、さん?」
「へっ?」

 土屋の中で、鎖鎌と土屋の視線が交錯した。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます