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マシーナリーとも子ALPHA ~愛顧のカブトムシ~

「マシーナリーとも子、虫捕りに行きますよ。支度をしなさい」
「はあ?」

 マシーナリーハウスのドアチャイムが鳴ったので開けると、麦わら帽子に虫捕り網に虫取り籠のフル装備をした上司がそこにいた。

「事情はこれから説明します。が、あなたはどちらにしろ虫捕りに行かなければなりません。上がってもいいかしら?」
「はあ……まあ……いいけど」
「ありがとう」

 夏休みのガキみたいな格好のネットリテラシーたか子がズイズイと我が家に入り込んだ。この女は先日2045年からこの時間軸に移動してきたばかりなのにもう遊び呆けてるんだろうか。まったく人類殲滅を進めずにソーシャルゲームばっかりやってる私が言うのもナンだが、上司にはもうちょっと毅然と仕事しててほしいと思うのは部下の勝手だろうか。そう考えているとネットリテラシーたか子が振り向きながら目を細めた。

「まさかあなた……私が遊びに誘いにきたなんて思ってないでしょうね」
「まさか。麦わら帽子かぶった上司から虫捕りに行こうって言われてるのに、遊びに誘われてると勘違いするわけねーだろ」

 たか子のファンネルが勝手に冷蔵庫を開けて麦茶を取り出す。

「お茶飲んでいい?」
「もう冷蔵庫開けてる! 注いでるじゃねーか!」
「さて……マシーナリーとも子。虫捕りの理由を説明しましょう」

 ネットリテラシーたか子は座椅子にどっかり座り込み、ガブガブ麦茶を飲みながら言った。まだ上がってから1分と経ってないのに寛ぎすぎだろう。

「未来からあなたの虫がやってきてしまいました」
「私の虫? 私、虫なんか飼ってなかったけど」
「あなたには黙っていましたが……実は2045年であなたの徳を利用して新種の虫を作っていたのです。新たな形のスレーブユニットの研究として……」
「待った待った待った……私の虫ってそういうこと? いつの間にそんなことしてたんだよ」
「2044年の7月からです」
「なんで私にひとこと言わねーんだよっ!」
「怒られると思って……」
「黙ってた方が怒るっつーの!」

 ネットリテラシーたか子が目を逸らす。私の徳を勝手に使っておいてなにシュンとしてんだ。

「その虫は順調に生育を進められていたのですが……。今朝のことです。私は2045年から来たばかりで意外とアレが足りないコレが足りないと困っていたのでエアバースト吉村に補給を頼みました。物資はつつがなく到着したのですが……ダンボールの中にその虫が紛れ込んでいたのです」
「虫は“チョージリ”の対象外だからな……悪いのは吉村か?」

 チョージリとは「時空のつじつま合わせ」を意味するサイボーグスラングだ。未来の物質を過去に移動させると時空が違和感を覚え、それを解消するためその物質をあらゆる時空から破壊、消滅、あるいは改変させる。だが意思あるものと、そのものが日常的に身につけているものに関しては時空に違和感を与えないためチョージリを回避できる。とはいえ私たちの身につけているグレネードランチャーのように消耗品の補給が必要不可欠なものについてはチョージリの影響を無視できない。未来から損耗部品の替えや弾薬を持ってくることはできないからだ。そのため私たちの武装はこの時代に合わせたデチューンを行ったうえでタイムスリップを行っている。

「いえ、私にも責任はあります。その場で捕まえればなんの問題もなかったんです。ところが箱を開けたら入ってないはずの虫がいるもんだから声を上げて固まってるあいだに窓から逃げてしまい……」
「え、びっくりしてるうちに逃げられちゃったのか?」
「は? びっくりなんかしてない。私には感情が無いんだぞ」

 ネットリテラシーたか子がイラっとしながら返す。私はシカトして話を続ける。

「で、どんな虫なんだそいつは」
「安心して頂戴。ハエとかゴキブリみたいな小さなサイズではないわ。手のひら大と言ったところかしら」
「結構デケーな。なんなの?」
「私たちがあなたの徳と掛け合わせた虫は……カブトムシです」
「カブトムシ……」
「その名もカブトモコ」
「カブトモコ……」

 あまりにもあまりなネーミングに私は力が抜けていくような感覚を覚えた。

***

「こうしておけば明日の早朝にはカブトモコが引っかかるはずです」

 たか子はそう言いながらファンネルを飛ばす。ファンネルはハチミツを含ませたハケを携えており、クヌギの表面に塗る。ここはネットリテラシーハウスにほど近い公園だ。たか子曰くカブトモコの移動距離はそう長くないはずで、まだ遠くには行ってないということだった。

「基本的に生態はカブトムシなんだな」
「それはもちろん。ただ徳が高く、凶暴です。すでにいくらかの人類は犠牲になっているかもしれません」
「カブトムシが人類殺したら騒がれるぜ〜〜」
「だから良くないのです。未来の技術がこの時代の人類に渡ったら大変なことになります」
「珍しがられて終わりな気もするけどねえ……おや」

 トーモトーモ……。
 クヌギとは反対方向から奇妙な振動音が聞こえる。私はトンとたか子の肩を叩いて合図する。すぐに気づいたたか子は無言で近くの草むらを目線で示し、私たちはゆっくり移動した。

 トーモトーモ……。
 草むらに身を隠して飛来する生き物を観察する。パッと見は紫色のオスのカブトムシだ。だがよく見ると髪の毛が生えており、顔は私そのものだった。これがシンギュラリティが創り出した異形のミュータント、カブトモコだ。

「オゲーっ! 気持ち悪い……」
「ちょっと、大きな声を立てないで。逃げられてしまうわ」
「絶対お前のチェーンソーの方がうるさい」

 トーモトーモ……。
 カブトモコはクヌギに張り付いてハチミツを舐め始める。
 すると遅れて蝶やクワガタムシがやってきた。彼らはトーモから離れたところでハチミツを舐め始める。そんな様子をたか子が顎で指し示した。

「おもしろいものが見れるわよ」

 クワガタムシがハチミツを舐め始めるとやおらカブトモコが近づいてきた。話には聞いたことがある。カブトムシとクワガタムシの甲虫バトルだ。カブトムシとクワガタムシは縄張りを争ってそのツノとハサミのようなアゴを駆使して相撲のような戦いを行うという。キングオブムシとも呼ばれるその戦いは人類の子供達の間では時代を問わず人気なのだ。
 果たしてカブトモコはクワガタムシ相手にそのツノでどんな戦いを繰り広げるのだろうか。さっきまで自分の顔を持つカブトムシを気持ち悪いと思っていたが、いざ甲虫バトルともなれば肩を持ってしまう自分に気づきいささか恥ずかしくなってくる。ともかく私はクワガタムシに猛然と向かっていくカブトモコを見守った。
 クワガタムシも黙ってはいない。カブトモコが向かってくるのを察知するとその立派なアゴを閉じて開いてして威嚇する。カブトモコのツノが間合いに入る。そのツノでクワガタムシを投げ飛ばすのか……? そう思ったその時、カブトモコがさらに2歩3歩と間合いを詰める。当然長いツノが邪魔となるのでクワガタムシからツノをかわすように体を斜めにして近づく。

「何……?」

 まともに戦わないつもりなのか? カブトモコの挙動を不思議に思っていたその時、信じられない光景が私の眼前に広がった。

「トーモ……」

 クシャ、と卵の殻を割るような音がした。
 カブトモコはクワガタムシとの甲虫バトルを制した。ただし決まり手はツノによるものではなかった。クワガタムシの頭には深々とカブトモコの前脚が突き刺さっていたのだ……。親譲りのアイアンネイルが!

「アイツ……! 私と同じアイアンネイルを!」
「ね、あなたに似ているでしょう。あなたも相手の腹にネイルを突き刺すのが得意技ですもんね」

 クワガタムシを倒したカブトモコはその死体をツノを使って投げ飛ばす。投げた先には先ほどやってきた蝶がいて、その身にクワガタムシをしたたかに打ち付けられて鱗粉を撒き散らしながら落下した。
 蜜の競争相手がいなくなったカブトモコは悠然と蜜を舐めるのであった。

「さてカブトモコの食事が終わる前に……ファンネル!」
「はい」

 たか子の背中からファンネル2号と3号が飛び出し、虫取り網を持ってそろそろと近づく。徳の推力で浮くファンネルはジェットエンジンやロケットエンジンのような轟音を立てない(その分、たか子のチェーンソー の音がうるさいのだが)。そろそろと近づくのなら蚊やハエが飛ぶようなもので、カブトモコにも警戒されない。
 労せず近づいた彼らは「エイ」の掛け声とともにカブトモコを虫捕り網で捕らえた。ナイスインセクト!

「トーモ……」

 カブトモコは捕らえられた網の中で心細そうに右往左往する。

「やりました! ファンネル4号、5号! 網を押さえてカブトモコを閉じ込めなさい! 1号と6号は虫取り籠用意!」
「はい」

 たか子の背中から残りのファンネルが飛び出し仕事にかかる! 

「トーモ……」

 だがその時、カブトモコがギュルリと回転しながらそのツノをドリルのように網に突き刺して引きちぎった! 網を押さえようとした4号と5号が吹き飛ばされる!

「ウワーッ!」
「バカなーっ! 圧縮LANケーブルで織られた虫取り網がーっ!」
「トーモトーモ……」

 網を破ったカブトモコは悠然と去っていった。

***

「そんで……どうすんだ?」
「カブトモコはサイボーグ並みに賢いサイバーカブトムシです。おそらく同じ手は使えないでしょう……」

 私たちは途方に暮れながら缶コーヒーを呷った。こうしてるうちにもカブトモコが人類に捕獲されてしまうかもしれない。愚かで低レベルな人類にカブトモコをリバースエンジニアリングする技術や発想は無いだろうが、それでも騒ぎにはなるだろう。歴史によくない影響を与えるのは明白だ。

「僕に任せてはくれないかな、たか子君」

 胸元からネギトロが顔を出す。

「あなたは……この時代で作ったというマシーナリーとも子のスレーブユニットね。なにかいい手があるというのですか?」
「あるよ。ハチミツなんかよりもカブトモコ君を強烈におびき寄せることができ、捕獲も可能な方法がね」
「聞きましょう。あなたの案を言ってみなさい」
「この僕さ」
「なにィ?」
「カブトモコ君はとも子君と似通った能力や習性を持っている……。すなわちネギトロ軍艦に目がないはずなんだ」

***

 私とたか子は草むらに隠れ、ネギトロが公園のベンチに佇む。

「本当にうまくいくかしら」
「さあな………でもアイツ、なんて言うのかな……。結構カンがいいとこはあるんだ」
「ねえ……なんで寿司なんかスレーブユニットにしたのよ」
「いろいろあんだよ」

「トーモ……トーモ……」
「あっ」

 独特の羽音。
 カブトモコがやってきた。
 カブトモコはゆっくりと公園を一周すると、多少警戒する様子を見せながらネギトロに近づいた。やはりネギトロが好きなのか。
 カブトモコはツノでツンツンとネギトロをつつく。そしてジリジリと円を描くようにネギトロを中心にして回る。観察しているようだ。
 やがてただの軍艦巻きだと確信したカブトモコはネギトロにかぶり付くため覆いかぶさろうとした……その瞬間、弾かれたパチンコ玉のようにネギトロが勢いよく飛び出した!
 ネギトロはネギを散らしながら、無防備なカブトモコの腹部へ体当たりする!
「トモーッ……!」
 カブトモコは仰向けに倒れるとピクピクと痙攣する。ネギトロがキングオブムシを制したのだ!
「死んだのか?」
「気絶してるだけだよ。たか子君、さあ虫取り籠を」
「まさか寿司に助けられるとはね……」

***

 未来から過去への移動に比べ、過去から未来への移動は大きなエネルギーを必要とする。そのため滅多なことで行うことはできない。なのでカブトモコはネットリテラシーたか子の家で保護することとなった。

「いやー、まさか物資の中にカブトモコが紛れてたなんて気づきませんでしたよ」

 ディスプレイの向こうには2045年で留守番しているエアバースト吉村がバツの悪そうな顔をしている。そもそもコイツのうっかりが悪いんだよな。

「ま……もともと戯れ半分で生み出した兵器です。そちらにはもう一匹いますし人類の目に触れなければ大丈夫ですよ」
「へ? もう一匹?」
「あ? もう一匹?」

 私は耳を疑う。

「二匹作ったのかよっ! そいつ!」
「当たり前です。試作というのは常に複数用意しておくものです。予備にもなりますし……」
「あのー、たか子さん……」

 エアバースト吉村が気まずそうな声を上げる。その手には木や葉っぱだけが詰まり、空っぽの飼育ケースを持っていた。

「こっち、二匹ともいなくなったんですけど……」
「…………」

 たか子が硬直する。

「…………ナニィーーーーーーーッッッッッ!?!?!?!?」

***

 池袋西口。とあるアパートの一室にコンビニ袋を持った男が入っていく。

「お邪魔しますドクター。かき氷買ってきましたよ。まったく暑いですねえ……」
「来たか……ヨシズミ君」
「それで今日はなんの用事です? 新しい本の相談とかならまず簡単なアイディアとかをメールで送ってくれりゃあ……」
「君に見せたいものがあってな……ほれ」

 ドクターと言われた男が飼育ケースを持ち上げる。中にいるのは……髪の毛が生えた紫色のカブトムシ! 

「トーモ……トーモ……」

 これは! カブトモコだ!

「な、なんですこれ……! 人面カブトムシ!?」
「ただの人面カブトムシではないよヨシズミ君! 思い出さないかね! 少し前、池袋に私がこしてきたばかりのときにこの街で見かけたサイボーグ……!」
「あ、ああ……! 似ている……! 顔がすごく!」
「これは……きっと奴らの作ったバイオ兵器に違いない! ヨシズミ君、池袋にやってきた甲斐はあった! 私は予想以上に彼らに近づいているぞ!」
「トーモ……トーモ……」

***



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読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます

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