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マシーナリーとも子EX ~捌くクーヘン篇~

「ほ、本気ですか吉村さんこれ……」
「おう! まずはこれで1日やってみようや」

 ダークフォース前澤は両腕にバウムクーヘンオーブンを装着させられていた……。エアバースト吉村の手によって!

***

 ここに至るまでも前段階はあった。吉村は前澤に「生産性の不足」を指摘したその日に、やはり小型のバウムクーヘンオーブンを持ってきていたのだ。

「とりあえず明日はこれも使ってみてチョーダイよ。使い方はお前の右腕と同じはずだからさ。少なくともこれで生産性2倍! 売上も2倍! だろ?」
「うえーっ メンドクサイ……。ていうかこれこのあと普通に生活しながら世話しなきゃいけないってことじゃないですかあ」
「あ、言われてみればそうだな……。ふだん売ってるバウムクーヘンも店開けてるあいだだけ焼いてるわけじゃなくて焼けたそばから外して袋詰にしてるだけだもんなあ」
「あー、じゃあ私が世話見てあげるよ」

 それまで店内で横になって2体の会話を眺めていたパワーボンバー土屋が口を挟んだ。

「そりゃ願ったりかなったりだが……いいのか土屋?」
「なにさー、手伝ってほしいってさっき言ってたじゃん! まあ任せて任せて」

 そう言うと土屋はオーブンをロケットパンチでひったくり、ともに店を出ていった。そして翌日……。

「お? こりゃなんだ?」
「いや私がお世話してたバウムクーヘンだってば」
「んなこたあわかってる。この色はなんだって聞いてるんだ」

 前澤がふだん売っているバウムクーヘンは透明な袋に梱包されている。だが土屋から渡されたものは赤い半透明の袋に入れられていた。

「あー、区別つくようにしておいたからさ。前澤のと」
「区別? なんで?」
「いやーつけておかないとヤバいっしょ。まあ何も言わず置いてみてよ……。あっ! POPも用意しておいたからね」

 土屋が左腕ロケットパンチでつまんで前澤に渡したPOPには「前澤の」「ふつーの」と荒っぽくマジックで書かれていた。

「売るのも別々なのか?」
「そりゃそーでしょ」
「でも値段は同じなのか」
「中身は同じだからねー」
「でも値段は同じなのか……?」
「まあまあ、今日は私に騙されたと思ってそれで売ってみてちょーよ」

 前澤は釈然としない気持ちになりながら開店した。

***

「どういうことだコラァーッ!」

 13時ごろ、店の様子を見に来たエアバースト吉村は叫んだ。まだ前ちゃんのバウムクーヘン屋さんは営業している……バウムクーヘンが余っているのだ! それも、赤い袋に入れられたバウムクーヘンだけが……!

「なんでだあ!? なんで余ってるんだよぉ~! あれだけの勢いで今まで売れてたのになんで倍売れねえんだよぉ~!」
「い、いや〜それが……」

 前澤が返答に窮しているとそこに2本の土屋のロケットパンチが飛んできた。

「これでわかったっしょ〜?」
「なにっ」

 遅れてさらに2本のロケットパンチが土屋の足首から上を引っ張るように運んでくる。すでに飛んできていた2本は着地し、手のひらを地面につけるとそこに土屋の足首が合体した……。土屋本機はこれを効率のいい移動方法だと主張して譲らない。

「売れ残ったのは昨日吉村さんがくれたバウムクーヘンオーブンで焼いたものなんだよ。前澤ー、今日これいくつ売れた?」
「3つ……かな」
「つまりね吉村さん、お客さんは土屋の腕からできたバウムクーヘンが欲しいんだよ! 土屋が売ってるならなんでもいいわけじゃあないんだ。味は同じだけどね。大事なのはそこじゃないんだよ」
「いやいやいやちょっと待てい」

 吉村が慌てて口を挟む。

「いや、わかるよ。お前の言いたいことは。でもな……わざわざ袋分けて主張しなけりゃあそんなのバレないだろっ! なーんてわざわざこいつは店主の作ったものじゃござりやせんって宣言して売ってんだよっ! 黙って売ればいいだろっ!」
「アァーッ! 言ってはならんことを言ったぁー! 吉村さんって徳が低いんだぁー!」
「こんなんで徳が低い判定になるかっ! 店に売ってる手作り風ナントカみてぇーな食品だって工場で作ってるつーの! 大事なのはストーリーなんだよ土屋ぁ! 物語を提供すればいいんだよ!」
「いやだからそこで嘘つこうとしてるんじゃんさぁーッ」
「黙らっしゃい! うムゥーッ! くそ〜っ! ならば……ならば別の手を……」
「なあ、この余ったバウムクーヘンどうする?」
「みんなで晩ごはんにしよ。ゆずきさんも食べるでしょ」

***

 そして翌日……。この日は朝いちばんからエアバースト吉村が店に来ていた。

「昨日使ってもらったこのオーブンだけどな」
「はい」
「じつはこう……変形してコネクターが露出する」
「えっ!?」

 オーブンの変形した姿は、まるで前澤の右腕の色違いだ!

「んで前方にはお前さんの右手とおなじく破滅ハンドが隠れてるんだな……。ってかぶっちゃけ前澤のオーブンと同規格なんだわ、これ」
「えぇーっ! どこで手に入れたんですかそんなもん!」
「決まってんだろ。上野のナリタん店だよ」
「なんでも売ってるなあ……」
「そんでこいつをな……ドーン!」
「あぎゃ!?!?!?」

 吉村は目にも止まらぬ早業で前澤の左腕を肘から引っこ抜くと変形させたオーブンと換装させた! ダブルバウムクーヘンオーブン前澤!

「ウワーッ!? なにするんですか!?」
「昨日土屋の言ってたことももっともだと思ってさぁ〜。客はお前が焼いたバウムクーヘンを食べにくる! だったらよぉ〜、両腕ともバウムクーヘンオーブンにしとけばお前が焼いたバウムクーヘンが倍になるじゃねーか!」
「えぇーっ……このロボ自分の利益のためならなんでもするなあ……うーん」

 前澤は慣れない左腕をブンブンと振ったり、手をワキワキとさせたりした。

「どう?」
「違和感は……無いです。多少重量バランスが左に寄ったかなとは思いますけどソフト面の調整でなんとかなるレベルですし。……コレって徳も倍になるんですかね?」
「回転体が倍っつっても疑似だからなあ……。そういう気持ちになってればなるんじゃね?」
「まぁじゃあ今日はコレで過ごしてみますよ……。本音を言えば別に倍売り上げ上げたく無いんですけどねぇーっ!?」
「まあまあまあまあ。これでうまくいったら客はバウムクーヘンが食えて喜ぶ、私も儲かって喜ぶ、前澤は徳が上がって儲かるで三方よしじゃねーかっ。頑張ってくれよなぁ〜」

***

「ふぎっ……! ふぎぎっ!」

 20分後……! 開店が迫る中、前澤は唸っていた。バウムクーヘンが取れないのだ。 
 バウムクーヘンオーブンアームは柔軟な可動域を備えていない。その上ものをつまみとるために装着されている破滅ハンドは、本来の手首の位置でなくそこから90度下向きに……オーブンの下部についていた。さらにオーブン自体が角ばっていたのも相まって前澤は苦労していた。右手で左腕のバウムクーヘンを取り出そうとするとオーブントースター同士がガチガチと干渉してしまうしトースターでトースターが隠れて見えづらい! そして破滅ハンドは基本的に敵を破壊するための武器であり、指は短く間接は根本と中程の二箇所しかなくその上3本しか無い……ヒューマノイドタイプの手のように手首から動かすこともできないこの手で、バウムクーヘンを保持する鉄棒を摘み取るのは至難の業だった。バウムクーヘン本体を掴み取ろうとすれば圧倒的パワーで破砕してしまうだろう! いままでは左手のトングで優しく掴み上げていたのだ。

「あががっ……! いかん! このままでは……バウムクーヘンが焦げてしまう〜〜ッッッ!」

 そのとき! 店の裏口のドアをガチャリと開けて入ってくるものがある! それは炎を上げて飛んでくると、優しくバウムクーヘンを刺した鉄棒をつまみ上げた。

「こ、コレは……」

 それはパワーボンバー土屋のロケットパンチだ!

「あーあー、しょうがないねー前澤は。やっぱり私が手伝ってあげないとダメだあ」

 遅れて土屋の足首から上が手のロケットパンチに引っ張られて入店してきた。

「つ、土屋……!」
「前澤は接客とか写真撮るのとかに専念しててよー。バウムクーヘンの管理は私がやるからさ」
「しかしそんな重労働……」
「え~! 手伝ってってこないだ言ったの前澤じゃん。いまさらそれはナシでしょ。それにさ!」

 土屋はゴロンと店の奥のソファに寝転がると腕ロケットパンチも射出する。

「私、手が4つあるから倍働けるし。あとホラ、本体はこうやってゴロンタしてられるから別に大変じゃないしさー」
「土屋……」
「ね、いいじゃん前澤。手伝わせてよ。手伝いたいんだよ、私」

 前澤は短く鼻で笑うとぷるぷると顔を振った。否定をするために首を動かしたのではなく、気合を入れ直すために勢いよく振ったのだ。

「よーし! それなら任せたぞ! 今日はガンガン売って吉村さんを黙らせるからな!」
「よっしゃー! 任されたあ!」
「前ちゃんのバウム屋さん、開店だあ!」

 シャッターが開く。店の前で開店を待っていた人類の客たちは気づいただろうか。開くシャッターの隙間からキラキラと金色の徳の光が漏れていたことを……。

「あれは……」

 その光に気づくものがひとり、いや1体いた。
 巨大な腕部に腰掛け、その腕部で移動をし、背中には大きな円……週末時計を背負ったサイボーグ! 池袋支部の現リーダー、ドゥームズデイクロックゆずきだ!

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます