見出し画像

マシーナリーとも子ALPHA ~寄る市ヶ谷篇~

 支度を整えたターンテーブル水縁とパワーボンバー土屋は駅から地下鉄に乗った。目的地は豊洲。なぜか「辿り着けない」地となった市場についてその目で確かめるためだ。

「えっへっへ」
「楽しそうだねえパワーボンバー」

 スキップしながら改札を通る土屋に水縁が声をかけた。

「私こういうお仕事って初めてなんですよねぇ〜。前にいた奈良支部は防衛と整備ばっかりだったし。池袋に来れたと思ったら仕事する前に壊されちゃったし。直ったと思ったらワニツバメと戦って、それからはまた防衛メインでー」
「壊された?」

 水縁が首を傾げる。

「あ、そうか水縁さんは知らないのか。私、ちょっと前に2050年から来た徳人間にやられちゃってー」
「待った待った、待ってくれパワーボンバー」

 足を止めて身振り手振り話そうとする土屋を水煙が苦笑いしながら静止する。

「こいつは参ったな……。あのなあパワーボンバー。いろいろ教えてくれるのは実際助かる。君が一度壊されたというのも興味深いし、2050年だの徳人間だの、いま初めて聞くには刺激が強すぎる情報が聞けていますごく驚いてるところだよ」
「じゃーなんで止めるんですか?」
「なんと言うかなあ……お前さんは大盤振る舞いすぎるんだな」

 水縁は急ぐ旅でもなし、と改札内の小さなカフェを指さした。適当に飲み物を注文し、座った水縁は改めて語り始める。

「なあ、そもそも今回なんでパワーボンバーを引っ張ってきたかわかってるかい?」
「え? 手が足りないんじゃないすか?」
「やっぱちゃんと聞いてなかったな…。いざと言うときはそれもなくは無いが、そもそもは私の微妙な立場を維持しつつ、シンギュラリティに豊洲やアトランティスの情報を共有するためなんだ。私から色々と共有しすぎちゃあ良くないが、君が自分で見聞きしたものなら問題ないからね」
「はあ」

 土屋がわかってるようなわかってないような空返事を返すので水縁はまた苦笑した。どうもこの子はこういう駆け引きというものに対する適性が備わってないらしい。

「つまりだね、せっかく私が隠し事をしてるのに、そうお前さんからペラペラと私の知らないことを聞かされたんじゃあこっちも伝えなきゃ不公平って感じになって気持ち悪いだろう」
「そーなんですか?」
「そーなの! …はぁ、じゃあ後で軽くアトランティスについて教えてあげるから、さっきの続きを聞こうか」

 土屋は鎖鎌のこと、自分が横須賀で甦ったこと、鎖鎌と協力してワニツバメを撃退したが鎖鎌も過去に渡ってしまったことなどを話した。

「なるほど。モレキュ…いやドゥームズデイクロックもやるな。そういうノウハウも身につけたのか」
「私は直された方なんであんまりやり方は知らないんですけど」
「今度聞いてみるさ。私からの話については道々話そうかね。ぼちぼち出発しようじゃないか」

***

 カフェを出てホームで電車を待つ。ふと水縁は柱に書かれた路線図が目についた。

「むむ! そうか豊洲に向かうなら市ヶ谷も通るじゃないか」
「市ヶ谷? なんです?」
「以前の市ヶ谷支部には古い友達がいてねえ。まあワニツバメに殺されてしまったようなんだが…。ちょっと興味があるねえ。再編でどうなったのか」
「寄るんですか?」
「情報収集がてらぜひ寄りたいね。お前さんの社会勉強にもなるだろう。よし、決まりだ」

 電車に飛び乗る。時刻は14時。中は空いていてすぐに座ることができた。車内で水縁が土屋に話しかける。

「市ヶ谷がどういう土地か知ってるかいパワーボンバー」
「わかりません」
「あすこにはデカい印刷会社があるんだ。この国の印刷業の中でもトップクラスのシェアを持ってる。パワーボンバー、本は読むか?」
「全然ですねえ」
「だと思ったよ。だがこんな時代でも印刷物ってのは確かなパワーがあるんだ。データとは違った物質を伴ったパワーというやつがね。だからシンギュラリティはくだんの会社を乗っ取ってる」
「へぇー。じゃあサイボーグが人類の作った本を印刷してるんですか?」
「工場で働いてるのは人類さ。サイボーグはその働き方を誘導してるんだ。例えば人類の目に映らないインクを使ってサブリミナルを仕込むとかね。あともうひとつ。市ヶ谷には自衛隊の基地がある」
「自衛隊…この国の人類の戦力ですよね」
「うむ。いざと言うときは我々に対抗するために兵器を持ち出してくる輩さ。市ヶ谷の連中の仕事はそいつらの監視や工作もある。だから市ヶ谷ってのは池袋や高田馬場とはずいぶん性格がちがうが、結構重要な拠点なのさ」
「へぇー」

***

 駅を降りて橋を渡り、長い坂道を通る。すると大きな工場とビル群が顔を出した。

「思ってたよりすっげーデカい!」
「刷る数がすごいしいろんなところに運ばなきゃならないからね。こっちのビルだよ」

 ほかのビルよりかなり低い代わりに平たいビルに入ると受付にサイボーグがいた。しきりに両手でペン回しをしている。これが回転体か? と土屋は推察した。前を行く水縁がコンコンとガラスを叩いて身をかがめる。

「はい…? おや、あなたは!?」
「ども…上亜商のターンテーブル水縁というものだ。こっちは池袋支部のパワーボンバー土屋。アポ無しだがちょっと近くまで来たもんでね。情報の共有がしたい。誰か管理職で手が空いてるヤツはあるかい?」
「水縁さん! お噂はかねがね!」

 受付のサイボーグが沸き立つのを見て土屋は感心した。水縁ほどの実力者ならば見知らぬ相手からもこうも敬われるのか。

「ありがとう。何階で待てばいいかな?」
「3Fに応接室がありますのでそちらで! いま誰か責任者を向かわせますから!」

***

 3Fに上がってみた2機は驚いた。てっきり会議室的な部屋があるのかと思いきや、エレベーターを出るとフロアまるごとが巨大な会議ホールだったのだ。これなら数百機のサイボーグが同時に座れるだろう。若干困りつつも入り口からそう遠くない席を見繕って座ると、やがてエレベーターから重厚な装甲に身を包んだサイボーグが現れた。背中には6輪の大きなタイヤ、腕の下からはキャノン砲が伸びている。いかにも戦闘特化型と行った振舞いだ。サイボーグはぺこりと頭を下げると、腰に設置されたメッシュのカゴからペットボトルのお茶を取り出し水縁と土屋に手渡した。

「市ヶ谷支部リーダーのホイール薫です。ご足労いただきありがとうございます水縁さん」
「いやいや、むしろアポ無しでやってきちゃってこちらこそ申し訳ないね。以前の市ヶ谷には知り合いがいたもんで…」
「悠然さんですね。惜しい方を亡くしました」
「うん、残念だ。まあそれはいい。で、どうだい最近の市ヶ谷は」
「と言っても私も一週間前に赴任してきたばかり…というかみんなそうでして。なにせメンバーは全員ワニツバメに殺されましたからね」
「まったく恐ろしいったら無いな。私が知る市ヶ谷はいちばん多いときで30機のサイボーグがいたもんだが…」
「当時は20機いましたが残らず破壊されました。それも器用なことに…この市ヶ谷支部で働いてるサイボーグの多くは人類とともに仕事をしています。仕事の指示を出さなきゃあヤツらロクに働けませんからね。でも人類はひとりも殺してないんですよ」
「まぁヤツはN.A.I.L.の刺客という話だからな。当然だろう…が、私の聞きたいのはそういうことじゃあないのさ」
「と言いますと?」

 水縁は必要もないのに無駄にキョロキョロとしてみせた。その意図がわからず土屋はグビグビとお茶を飲みながらボーッと眺めていた。やがて水縁は声のトーンをわざとらしく落としながら訪ねた。

「人類やN.A.I.L.以外でなにか変わった動きは無いかな。例えば……魚とか」
「魚あ?」

 薫は目をまん丸にし、背中のホイールの回転数を増した。

「魚がなんだってんです? 別に何も見やしませんよ……。ここは市ヶ谷ですよ? 築地や豊洲じゃあないましてや上野でもありません。デミヒューマンだって見やしませんや」
「魚を見たかって話だけじゃなくていい。例えば寿司屋が閉店してるとか…」
「いやあ…なんの話なんです?」

 水縁はフンと鼻を鳴らしてペットボトルを傾けた。ここもハズレか。やはりシンギュラリティではまだ動向を掴めてないらしい。隣の土屋を肘で小突き、「そろそろ行こう」と小声で伝えた。そのとき…。

「失礼します!」

 エレベーターから大声を張り上げ入ってくる者あり…さっきのペン回しサイボーグだ! 突然の乱入に薫が声を荒げる。

「川田! 騒がしいぞ、来客対応中に!」
「すみません、でも緊急事態で…タコが…」
「「「タコォ???」」」

 思わず口に出してすぐ、水縁は気がつく。奴らか?

「なぁ川田くんとやら、詳しく聞かせてくれないか。タコがどうしたって?」
「い、いや、だったら窓から駅の方を見てみてくださいよ」
「?」

 言われるがまま窓の方に寄ってみる3機。駅と工場/自衛隊エリアを繋ぐ橋が渡るその堀に、巨大な軟体が鎮座していた。

「ありゃ……」
「タコだーーーーっ!!!!」

 土屋が思わず叫び声を挙げた。頭頂高20メートルはあろうかと言う巨大なタコが、市ヶ谷の街を蹂躙していた。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます