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マシーナリーとも子ALPHA ~嫌がる鰐篇~

 ピンポーン。
 アークドライブ田辺は右手のロボットアームで器用にチャイムを鳴らした。

「はぁーい」
「あ……どうも、アークドライブ田辺ですけど……」
「んあ? あ……田辺さん」

 マシーナリーとも子の家から出てきたのは鎖鎌だった。その足元にはネギトロ軍艦ドッグ。

「あの……マシーナリーとも子います?」
「ママなら1時間くらい前から出かけてますよ~。ネギトロちゃんどこ行ったか知ってる?」
「さぁ~。おおかたオモチャかマンガのウインドウショッピングでも行ったんじゃないかい?」
「ネギトロさんがついてないなんて珍しいね」
「僕は別にファンネルくんと違ってとも子くんの世話をしてるわけじゃあないからね。プライベートはお互い大事にするタイプさ」

 そう言うとネギトロはくぅーんと鎖鎌に向かって鳴き声をあげた。

「え? なにネギトロちゃん。散歩? 散歩なら散歩って行ってくれればいいじゃん~!」
「僕は犬であることを楽しんでるのさ」
「仕方ないなあ」

 鎖鎌がため息をつきながら獲物の鎖をネギトロに巻きはじめたので思わず田辺は声をかける。

「え……? ごめん、なにそれ?」
「なにって?」
「なんで鎖巻いてんの?」
「リード代わりなんだけど……」
「えぇ~、雑ぅ~……。ネギトロさん、痛くないんですか?」
「寿司に痛覚はないよ」
「そうですか……」
「良かったら田辺くんも一緒に来ないかい?」
「え?」

***

「今日はいい天気だなあ~」
「そうですねぇ~……」

 なんとなく言われるがままに田辺はついてきてしまった。
 ネギトロがふんふんと電信柱に顔をこすりつける。鎖鎌は「あ」と短く声をあげて肩から下げたスクールバッグをごそごそとし始めた。

「うぅぅ~~ん……」

 ネギトロがぷるぷると震える。するとお尻から緑色の排泄物が出てくるのであった。

「わ! ウンチですか?」
「いやネギトロちゃんワサビ出すんだ」
「なんで!?」
「僕は寿司だからね」
「寿司はワサビ絞り出しませんよ!」
「犬は出すだろ?」
「だからワサビ出ないですって!」

 鎖鎌は手慣れた手つきでわさびをビニール袋に納め、ペットボトルの水で地面を流した。時々マシーナリーとも子に変わって散歩をしているのだろう。ふとその時アークドライブ田辺は思った。

「……鎖鎌さんはどうして2010年代に来たんです?」
「え? それはママに会いたくてー……」
「そもそもどうやって来たんですか? サイボーグの施設を利用したとか?」
「んー、それはミスTっていう人がいてね……。あ、ミスTってトルーさんにすっごく似てるんだけど」
「トルーさんに……?」

 わけがわからん。田辺は自分で聞いておいて、これはめんどくさい話になりそうだぞと後悔し始めた。ひとりと一機と一貫は会話しながら駅の方へと歩を進める。

「そういえば、ミスTもママに会えって言ってたなあ〜……。まあそれで、タイムスリップして一度は2045年について〜、吉村さん達と会って〜……」
「ああ、そうなんだったね。吉村は元気でしたか?」
「吉村さんはすっごく元気なロボだったな〜。なんか、いつもヘラヘラしてたよ。落ち込んだりすることあるのかな?」
「あれで結構吉村はビビりだからねえ……」
「それで私、2045年には友達と一緒に行ったんだけどその友達がワニツバメに食べられちゃって……」
「それが例の錫杖さんですか……。うーん」
「ねえ田辺さん! ワニツバメに言って錫杖ちゃん吐き出してもらってよー! 私、半分くらいはそのためにここに来たんだからさー!」
「そうだねぇー……」

 でもツバメさんはマシーナリーとも子を倒すために錫杖さんをのみこんでるんだよな……。つまり目的を達成させるにはマシーナリーとも子に死んでもらわないといけないわけで……それはそれで鎖鎌さんは困るんじゃないかなあ……。田辺はう〜〜んと考え込み始めた。どうすればちょうどいい落とし所に収まるんだろうか?

「あ! ママだ!」
「え?」

  噂をすればなんとやら、前からマシーナリーとも子がフラフラと歩いて来たのだった。

***

「よー、珍しい組み合わせだな。何してんの?」

 マシーナリーとも子の腕には大きな袋が、中にあるゴツゴツとした箱に押し広げられながらぶら下がっていた。あの雰囲気はまたロボットのおもちゃでも買ったのか……。

「ちょうどあなたを探してたんですよマシーナリーとも子!」
「そーそー。ネギトロちゃんの散歩してたらすれ違えるかもって思って! 大正解だったね!」
「なんか用?」
「最近ツバメさんがあなたにくっつかれて迷惑してるってんですよ」
「えっっっ!!!」

 マシーナリーとも子は途端に気まずそうに目を逸らした。こりゃあなんかあるな。

「できたらやめてもらえませんか? ……ていうか、何が目的なんです?」
「……て、敵に教える義理はねー。偵察、そう。これは偵察活動の一貫だ」
「見えすいた嘘をつかないでくださいよっっ! アンタがそんなマメなことやるわきゃないでしょうが!」
「ぐぎゅう〜〜……」
「ママ、ワニツバメを困らせてるの? いいぞ〜! もっとやってやって!」
「いや、困らせてるつもりはないんだが……」
「え、困らせてるつもり、ないんですか? じゃあどういうつもりでやってるんですか?」
「それは……それはだな、その……」
「白状してくださいマシーナリーとも子。こっちはいざとなったらトルーさんがいるんですよ。心を読まれて他人の口からあからさまにされるのと自分で吐くのとどっちを選びますか?」
「ウグゥぅぅ〜〜っっ……。笑わねえか?」
「今更あなたが何をしようと笑いませんよ……。呆れたりはするかもしれませんけど」
「白状する。白状はするから……私の望みも叶えちゃくれねえか?」
「内容によりますね」
「ワニツバメを呼んでくれ」

***

「来まシたが……」

 田辺さんに呼ばれ近所の公園にやって来た。迎えるのは田辺さん、マシーナリーとも子、マシーナリーとも子のペットの寿司、鎖鎌。鎖鎌は案の定不機嫌そうな顔で私を睨みつけてくる。ケッ、無視だ無視。

「マシーナリーとも子の例のストーキングについて答えてくれるってことですが……。場所が公園ってことは答えによっては殺してもいいんでスか?」
「う〜〜ん、正直それほどの話でもないというか……」

 田辺さんは困った表情で空を見上げた。マシーナリーとも子はというと……例の目つきで私を凝視している。なんなんだ……。

「とにかく、マシーナリーとも子が今から真実を告白しながら行動に移ります……。謎が解けるんで、ツバメさんは抵抗しないでください」
「抵抗……抵抗しない!? ええ!? 私なにかされちゃうんでスか!?」
「されます……大丈夫だよ、別に殺されたりしないから」
「私が反撃で殺しちゃうかもしれませんよ!!」
「だから抵抗しないでって……。大丈夫大丈夫。怖くない。多分」
「いいのか……? 田辺、ワニをやっちまってよぉー……」
「すでに怖いんでスけど!?」

 ジリとマシーナリーとも子が近寄ってきて私は後ずさる。抵抗するなって……? なんで!? いまにも危害を加えられそうなのに!?
 ブンとマシーナリーとも子の姿が消えた。私は思わず「えっ」と声を上げたが……そのときすでにマシーナリーとも子は私の背後にいたのだ!

「しまっ……!」

 気づいたころにはマシーナリーとも子はすでにセベクの首を右肘で締め上げていた。やられる!? セベクの戦慄が身体を通して伝わってくる! だが……!

***

 ツバメは思わず目をつぶった。戦闘中に恐れのあまり目をつぶるなどもっともやってはいけないことだというのはわかっていた。だがそれでも無意識の恐怖には抗えなかった。1秒経ち、2秒が経った。想像していたインパクト……。セベクを締め上げられるだとか、殴打されるだとか、あるいは引きちぎられるとか、そういったことをツバメは覚悟していた。だが……想像していたインパクトはなかった。

「……?」

 ツバメは恐る恐る薄めを開けた。ガウガウとセベクが身を捩っている。マシーナリーとも子は……ワニを右肘でホールドしたまま……ピトリと顔をくっつけていた。

「は?」
(ツバメ! ツバメ! 助けてくれ! 助けてくれ~~!)
「え?」
「グフッ! 硬いだろうとは思っていたが……想像してたよりももっと硬ぇ~! ゴツゴツしてるなぁ~!! ウオッッッ!!!」

 マシーナリーとも子がワニに頬ずりしている。ワニは必死にガウガウとしっぽを振ってマシーナリーとも子を振り払おうとしたが、近すぎて届かない!

「え……? なに? どういう状況?」

 アークドライブ田辺がため息をつきながら近づいてきた。

「マシーナリーとも子はね、その……爬虫類が好きなんだって」
「はあ?」
「一度……ワニに頬ずりしてみたかった……。フヘッ」
(やめろぉ~~!! シンギュラリティが私にくっつくんじゃないッッ!!」

 ワニはとも子にホールドされて逃げられない! マシーナリーとも子の恍惚とした表情!

「なにこれ?」
「私が聞きたいですよ……。はあ……」
「フホッ! フホホホホッ! フホー!!!」
「む~~!! ワニツバメ!!! なんかズルいぞ!!!」

 鎖鎌が頭から湯気を出して怒っている。え? 私が悪いの?

「じゃあなんでスか……。マシーナリーとも子が、私をつけまわしてニヤニヤしてたのは……セベクを見てたってことですかぁ~??」
「そういうことになりますね……」
「フヘッヘヘヘヘ……ワニちゃぁ~~~ん!!!」
(ツバメ! ツバメ! なんとかするのだ!!)

 ワニがガウガウと身を捩って嫌がる!!

「ハア……」

 ツバメは目を閉じてため息をついた。得てして世の中というのはバカバカしいもので固まっているものだ。しかしこれは……。

「ていっ」
「フゲッッ!!」

 ツバメは右手のワニハンドで冷静にマシーナリーとも子の頭にげんこつを振り下ろした。衝撃でワニへのホールドが外れる! ワニ……セベクはその機を逃さずにマシーナリーとも子の頭に噛み付いた!

「ウギャアアアーーーッ!!!」

イラスト158

 公園にマシーナリーとも子の抑揚のない叫び声が響き渡った。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます