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「山内くん、ラブホやねんけど」

皆さん、知らないことを「知らない」と言えますか。言えた方がいいと思うけど、知らないからOKというわけでもありません。でもOKな時もあります。その境目は曖昧…今回はそんな話です。

数年前、僕が総合演出を担当していた番組で、ある旅ロケをすることになりました。出演するタレントは男女1名ずつ、ディレクターのAさんは僕より年上の人です。僕は構成だけ詰めて、ロケ当日は会社で仕事をしていました。

すると、朝イチでAさんから電話がかかってきました。ディレクターからロケ当日に電話がかかってきて、いい話だったためしがありません。

電話を取るなり、Aさんは言いました。

「山内くん、ラブホやねんけど」

最初何を言ってるのかわかりませんでした。わりとゆったりした旅ロケで、ラブホテルが出てくるようなロケではないからです。

「メイク用に押さえてもらったホテルが、ラブホやねん」

Aさんは怒りを通り越して呆れていました。

ロケのスタート地点にメイク場所がなかったため、ホテルの部屋を取って、そこをメイク部屋として使うことになっていました。スタジオだとメイク室がありますが、ロケでは近くにあるホテルの部屋を使うのはよくあることです。

ADのBくんが事前にホテルを押さえていたのですが、スタッフ全員で現場に着いて建物を見たら、完全にラブホテルだったそうです。

「いやいや、どうするんですか?」

「タレントさん来たら、説明するしかないわ」

「OKしてくれますかね…」

「そんなんわからんわ」

「また連絡ください…」

結果から言うと、出演者の2人は「こんなことあるんだ」と笑いながらラブホテルの部屋でメイクをしてくれました。女性の方は、メイクが終わった瞬間ロケバスに戻ってきたらしいですが(当たり前)。

問題は、なぜBくんはメイクの部屋がラブホテルでいいと思ったか、ということでした。この話はスタッフの間に瞬く間に広がり、ロケから帰ったBくんに皆で真相を聞くことになりました。

別のADが「僕、Aから『ロケ現場の近くにホテルがないから、ラブホでいいか』って聞かれたんで、絶対アカンって言ったんですけど…」と申し訳なさそうに言いました。確信犯なのか?狂気の沙汰なのか?色んな憶測が広がるなか、ロケから帰ってきたBくんが口を開きました。

「僕、ラブホ行ったことなかったんです」

Bくんは当時22歳。そうか、それは仕方ないね…とはなりません。タレントがメイクするのにふさわしいかどうかはわかるはずです。

Bくんは続けました。

「ホテルに電話して『普通の部屋ありますか?』って聞いたら『あります』って言われたんで大丈夫かと…」

そうか、それなら仕方ないね…とはこれもなりません。その『普通の部屋』とはマニアックなプレイ器具が揃ってたりしない、ノーマルな部屋ということであって、タレントがメイクに使えるわけがないのです。しかし、Bくんにとって『普通の部屋』とは『タレントがメイク可能な部屋』でした。

電話で部屋を予約したBくん(ラブホテルって予約できるんですね)はロケ当日、他のスタッフより一足早く現地に到着しました。チェックインするためです(ラブホテルにチェックインという概念があるかわかりませんが)。

中に入ったとき、フロントの独特な雰囲気にBくんは初めて「これはヤバいかも」と思ったそうです(もう遅いけど)。しかし、Bくんなりの『普通の部屋』に入ってある物を見たとき、絶望を感じたと言います。

それは、大人のおもちゃなどが売っている、金庫のような自動販売機でした(よくわからないよーと言う方は「ラブホテル」「自動販売機」で画像検索を)。

「こ、これがタレントの目に触れてはヤバい!」

と、ここでついに焦ったBくんは、あの金庫のような自動販売機を強引に持ち上げてガガガガ…と90度回転させ、側面が前を向くようにして、隠ぺいします(何度も言いますが、もう遅いんですが)。

なんとか乗り切ったと思って安心したBくんですが、ディレクターのAさんが現場に到着してから、何も乗り切れてないどころか、ロケ前にとんでもないトラブルを起こしていたことを知ったのです。

これが『メイク用のホテルがラブホだった事件』の顛末です。この出来事を思い出すたびに「知らないなら仕方ない」か「知らないとはいえ…」の境目はどこなんだろう…と考えてしまいます。この件に関して言えば、タレントさんが笑って許してくれた時点で結果オーライにはなっているのですが。

あれから数年たち、僕は同じ場所でロケをすることになりました。「あのラブホテルが見れる…」とちょっとワクワクしながら現場に到着したのですが、そのラブホテルは潰れて解体されていました。

僕は廃墟と化したラブホテルを眺めながら「もう他のADが間違ってメイク用に予約することもなくなるな…」と思いましたが「そもそもそんなADが他にいるわけない」と思い直して、メイク済みでやってくるタレントさんを待ったのでした。

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