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お地蔵さんぽ

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人々を苦しみから救ってくれる存在として、古くから日本人に親しまれてきたお地蔵さま。 子どもの頃からいつも側にいる、ちょっと不思議な守り神を探す「お地蔵さんぽ」。 きょうもお地蔵さ… もっと読む
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#散歩

#55 地蔵尊@西尾久3丁目

人々を苦しみから救ってくれる存在として、古くから日本人に親しまれてきたお地蔵さま。 子どもの頃からいつも側にいる、ちょっと不思議な守り神を探す「お地蔵散歩」。 きょうもお地蔵さまを探しながら歩いています。 東京に住んではいたけれど、荒川区へ足を踏み入れたのは住み始めてからずいぶんたってからだ。 本格的に散歩記事を書くようになってから何度も歩く機会があった。 最初に荒川区を歩いたのは、都電荒川線の記事を書くためだった。早稲田停留場から都電荒川線に乗ったり、歩いたりして終点の三

#54 身代地蔵尊@滝野川

人々を苦しみから救ってくれる存在として、古くから日本人に親しまれてきたお地蔵さま。 子どもの頃からいつも側にいる、ちょっと不思議な守り神を探す「お地蔵散歩」。 きょうもお地蔵さまを探しながら歩いています。 身代地蔵尊という旗が風になびいていた。ここは滝野川1丁目。 滝野川不動尊の隣にあったのを見つけた。気になったのは手前にある「江戸三大」「身代自動尊」という石碑。あちらこちらに「身代地蔵尊」あるいは「身代わり地蔵尊」はあると思うのだけれど、三大のあと2つはどこだろうかと思

#53 本然寺@西浅草

人々を苦しみから救ってくれる存在として、古くから日本人に親しまれてきたお地蔵さま。 子どもの頃からいつも側にいる、ちょっと不思議な守り神を探す「お地蔵散歩」。 きょうもお地蔵さまを探しながら歩いています。 灯台下(もと)暗しという言葉があるけれど、最近そんな経験をよくしている。 先日、刊行された『ぶらナポ』(駒草出版)も私的ランキングというコーナーがあって、いろいろと近所のナポリタンを食べ歩いていたのだけれど、なかなかいいランキングがつくれないでいた。やはりある程度有名なお

#52 母子地蔵尊@浅草

人々を苦しみから救ってくれる存在として、古くから日本人に親しまれてきたお地蔵さま。 子どもの頃からいつも側にいる、ちょっと不思議な守り神を探す「お地蔵散歩」。 きょうもお地蔵さまを探しながら歩いています。 お地蔵さまはいろいろな理由でこの世に現れます。 たとえば、実在の人物をお地蔵さまにした例があります。 それはたとえば千束にある「半助地蔵尊」ですね。半助にお世話になった人々によって建立されました。 また、名前はないけれど、幼くして亡くなった我が子のためにお地蔵さまを建立し

#51 名もなき地蔵@中十条

人々を苦しみから救ってくれる存在として、古くから日本人に親しまれてきたお地蔵さま。 子どもの頃からいつも側にいる、ちょっと不思議な守り神を探す「お地蔵散歩」。 きょうもお地蔵さまを探しながら歩いています。 この連載の初回掲載は2017年6月29日になっている。とはいえ、それ以前より、お地蔵さまには興味があったのでカメラを向けていた。今回紹介したいのは2016年5月13日に撮影したものだ。この日の午前9時、赤羽駅の改札でオールアバウトの社員2名と待ち合わせをした。ひとりは紙媒

#50 西念寺の身代わり地蔵@根岸

人々を苦しみから救ってくれる存在として、古くから日本人に親しまれてきたお地蔵さま。 子どもの頃からいつも側にいる、ちょっと不思議な守り神を探す「お地蔵散歩」。 きょうもお地蔵さまを探しながら歩いています。 名もないお地蔵さまがあれば、そのストーリーがきちんとしているお地蔵さまもいらっしゃる。こちら、根岸の西念寺にある身代わり地蔵は、かなりのネームバリューがある。 西念寺のホームページによれば、古い伊勢音頭の歌詞に次のようにあると記されていた。 「花は上野か 染井の堤 今

#49 名もなき地蔵@山吹町

人々を苦しみから救ってくれる存在として、古くから日本人に親しまれてきたお地蔵さま。 子どもの頃からいつも側にいる、ちょっと不思議な守り神を探す「お地蔵散歩」。 きょうもお地蔵さまを探しながら歩いています。 最初に書いた本はビジネス書だった。 本名で書いたのだけれど、これがけっこう売れて、僕はビジネスライターと呼ばれるようになっていた。 それが30歳の時のこと。 30代は下関マグロというペンネームでエロ本などにコラムを書いていたので、エロライターとも呼ばれていた。 本も何冊か

#48 道供養之塔脇のお地蔵さま@三鷹市牟礼

人々を苦しみから救ってくれる存在として、古くから日本人に親しまれてきたお地蔵さま。 子どもの頃からいつも側にいる、ちょっと不思議な守り神を探す「お地蔵散歩」。 きょうもお地蔵さまを探しながら歩いています。 お地蔵さまとの出会いで、僕が理想とするのは、散歩の途中でいきなり出くわすというものだ。お寺の境内などではなく、路傍にたたずんでいるお地蔵さまが好きだ。 先日、三鷹市で取材を終え、ちょっと遠回りをして吉祥寺駅まで歩くことにした。住居表示が三鷹市牟礼になっていて、ああ、懐か

#47 カンカン地蔵尊@浅草

人々を苦しみから救ってくれる存在として、古くから日本人に親しまれてきたお地蔵さま。 子どもの頃からいつも側にいる、ちょっと不思議な守り神を探す「お地蔵散歩」。 きょうもお地蔵さまを探しながら歩いています。 先日、週刊誌の記者から「先日、マグロさんをテレビで見ましたよ。町中華を案内してましたよね」と言われた。 ええ、出てました、とお答えすると「やっぱり、マグロさんですよね、名前が違うから、アレッと思っちゃって」とのこと。 僕は自分からこういう名前で、こういう肩書きでなどと一切

#46 子育て地蔵@文京区関口

人々を苦しみから救ってくれる存在として、古くから日本人に親しまれてきたお地蔵さま。 子どもの頃からいつも側にいる、ちょっと不思議な守り神を探す「お地蔵散歩」。 きょうもお地蔵さまを探しながら歩いています。 45才を境に僕の収入は減少していった。もともとフリーの身なので、仕事が来なければ収入は減る。そのため、家賃が払えなくなり、引っ越しを余儀なくされた。それまで住んでいた四谷から早稲田鶴巻町に引っ越したのが、2004年8月のことだ。 家賃は安くなり、生活が楽になったかといえ

#45 湘江庵@柳井市

人々を苦しみから救ってくれる存在として、古くから日本人に親しまれてきたお地蔵さま。 子どもの頃からいつも側にいる、ちょっと不思議な守り神を探す「お地蔵散歩」。 きょうもお地蔵さまを探しながら歩いています。 前回に続き、山口県柳井市内で見つけたお地蔵さんのお話。柳井という名前の由来になったものが、ここ湘江庵(しょうこうあん)というお寺の境内にあるそうだ。 山門の入り口のところにいらっしゃるこちらは、お地蔵さまなのかなんなのかがよくわからないが、ご挨拶をして、門をくぐることに

#44 愛宕地蔵尊@柳井市

人々を苦しみから救ってくれる存在として、古くから日本人に親しまれてきたお地蔵さま。 子どもの頃からいつも側にいる、ちょっと不思議な守り神を探す「お地蔵散歩」。 きょうもお地蔵さまを探しながら歩いています。 父の七回忌で山口県防府市にある実家へ帰った。母親は老人介護施設にいるので、実家には誰もいない。弟夫婦がやってきて、その後、お和尚さんが来られた。父は平成25年8月26日に亡くなったのだが、6年後に七回忌が行われる。お経などをあげてもらい和尚さんがなぜ、6年目が七回忌なのか

#43 地蔵院@元浅草

人々を苦しみから救ってくれる存在として、古くから日本人に親しまれてきたお地蔵さま。 子どもの頃からいつも側にいる、ちょっと不思議な守り神を探す「お地蔵散歩」。 きょうもお地蔵さまを探しながら歩いています。 今回ご紹介するのは元浅草にある地蔵院というお寺。地蔵の名前のついたお寺だけに、ちゃんとお地蔵さまもいらっしゃる。 元浅草に住んでいる知り合いが、自己紹介をするときに「元浅草に住んでいます」と言うと、「今はどこにお住まいですか?」と言われるというジョークを言っていたことを

#42 傳蔵地蔵尊@西神田

人々を苦しみから救ってくれる存在として、古くから日本人に親しまれてきたお地蔵さま。 子どもの頃からいつも側にいる、ちょっと不思議な守り神を探す「お地蔵散歩」。 きょうもお地蔵さまを探しながら歩いています。 人の名前がつけられたお地蔵さまというのもけっこういらっしゃる。 以前書いた浅草の半助地蔵尊もそのひとつだ。 今回ご紹介する西神田にある傳蔵(でんぞう)地蔵尊も人の名前がついたお地蔵さまだ。 場所は外神田。 日本橋川にかかる橋のたもとにお地蔵さまはいらっしゃる。 上には首