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ロボットは東大に入れるか(AI vs. 教科書が読めない子どもたち/新井紀子)

1. ロボットは東大に入れない

2011年に始まった「ロボットは東大に入れるか」という人工知能プロジェクトがある。メディアで取り上げられて話題になったこの人工知能・通称「東ロボ君」は、センター試験の成績を年々上げ、この本が発行された2018年、ついにMARCHや関関同立の合格圏内である偏差値57.1に到達した。
このまま東大に入れるようになるのでは?と素人目には思ってしまうが、数学者でありこのプロジェクトの創始者である著者は、東ロボ君の偏差値はおそらくここで頭打ちだと主張する。
理由は、過去問というビッグデータが模試をかき集めても足りず、例えば英語のセンター試験の読解に必要な「間違いのないお手本のような英語」を集めることもまた、容易ではないからだ。

2. シンギュラリティは来ない?

ここで、じゃあシンギュラリティは来ない?と安心するのは早い。
東ロボ君と同時進行で行われた大規模な読解力調査で、高校生の半数以上が教科書の記述の意味を理解していないことが分かった。
(この調査、通称RST=Reading Skill Testの例題が本誌に載っている。いずれも4択問題でよく読めば正答できるものの、さっと読みながら考えていたら私もいくつか間違えた。)
MARCHクラスの大学に入れるのは全学生のうち上位20%に相当するが、これは既に8割の学生は東ロボ君に負けていることを意味し、この状況は非常にまずい。

3. AIにできないこと

ではAIに仕事を奪われないために必要な能力は何だろうか?
著者は「読解力」こそが最も重要であると説く。以前『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』を読んだ時にも同様の話が出てきたが、AIは自然言語処理ができない。
例えば次の二つの文章

警報器は絶対に分解や改造をしないでください。
未成年者は絶対に飲酒や喫煙をしないでください。

警報器は目的語、未成年者は主語であるという、人がごく自然に理解できることが、AIにはできない。AIは意味を理解せず、できるのは計算だけだからだ。
AIが人間と同等の知能を得るには、全てを計算可能な数式に置き換えなければならない。しかし今のところ、数式に置き換えられるのは論理的に言えること、統計的に言えること、確率的に言えることの3つだけで、私たちの認識を全て論理、統計、確立に還元することはできない。
つまりAIに代替されない人材とは、意味を理解する能力をもつ=読解力の高い人材であるといえる。

4. 未来予想図

最後に、来るかもしれないA I大恐慌に備えて、著者は「人間らしく柔軟になれ。AIが得意な暗記や計算に逃げずに、意味を考えろ。生活の中で不便に感じていることや困っていることを探し、起業しろ」とアドバイスを送る。
仕事を変える際に必要なのは、これまで読んだことがないようなドキュメントと読みこなすことで、ここでもやはり読解力は重要であり、読解力は大人になってからでも鍛えることができる。

5. 所感

一冊を通して『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』に通じる話が多く出てきた(この著者の名前も出てきた)が、イタチの方が「自然言語処理ができる人間って実はすごいんだよ」というベクトルなのに対し、本書は「今の子どもがこの読解力じゃ未来はヤバいよ」と警鐘を鳴らすもので、ほとんど逆の結論を導いているのが興味深かった。

それと、ディープラーニングに必要な「教師データ」の話。
センター試験は教師データが圧倒的に足りないという話があったが、AIは決して教師データの精度を超えることはなく、教師データの設計者が悪意に満ちていれば、あるいは鈍感ならば、その悪意や鈍感さをAIは増幅してしまう。(マイクロソフト社のチャットボットTayがナチズムを礼賛した事件があったらしい…知らなかった。)

何に価値があるか、誰に価値があるかを人間がAIに教えてやる必要があるのです。その価値は民主的に決定されるわけではありません。あなたの知らないところで、あなたが知らない誰かが、勝手に決めているのです。

AI大恐慌よりも、この真実の方が恐いよ、と思った。。

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