タイムマシン
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タイムマシン

LOUISE通信

数日前、大阪にいる弟家族にふくどめファームのハンバーグとソーセージを送った。弟にしてみたら意味不明でも私の気持ちが楽になる。今日の夕方、お嫁さんから無事に受け取った連絡とお礼のラインが届いた。恒例の姪の動画もついていた。今回はもうすぐ小学生になる彼女が自分で作った紙芝居を読んで聞かせてくれるらしく、家に帰ってから観るのを楽しみにしていた。彼女自作の紙芝居は自分がママのお腹の中にいたころのことから始まった。生まれて初めて立った日のこと(「ママ、いきなり立って驚かせちゃってごめんね」というセリフがなぜか標準語)や、初めて幼稚園に行った日の気持ち(「とても不安だったよ」というセリフがまた標準語!)が続く。その後は自分で作った紙芝居を読みながら感極まって大泣きし、ママに抱きついたところで終わっているのでなんの話だったのかわからない。幸せになって欲しい!(笑)

私が中学生の頃、甲状腺の病気もあり毎日イライラしていた母の代わりに、1番下の弟の保育園にお迎えに行くのは私の仕事だった。靴職人の父が独立して会社を立ち上げ、職人さんを数人雇っていた景気のいい頃の思い出。父はほんとにほんとによく働く人だったし、それを支えていたのは母だということも今になってすごくわかる。土曜日の夜は職人さん達が彼らの家族と一緒にうちに来て毎週のように大宴会になっていた。酒屋さんが運んでくる瓶ビールの黄色いケースの数が相当だったことも今考えるといろいろ怖い。長女の私と次女のしーちゃんは同級生と比べても家のことをやってたし、兄弟の面倒を見ていた気がするけど、4人も子育てしつつ父の会社の手伝いや毎週末の宴会の準備(片付けはたいてい私としーちゃんがやったはず)、母の負担は想像以上に大きかっただろうし、まだ30代後半だったことを思うと逃げ出したかったのかもしれない。
だから保育園のお迎えは強制的に私としーちゃんが交代で行くことになった。お迎えの日は学校が終わるとすぐ帰らないといけない。友達が校庭でそれぞれの好きな男の子の部活姿を見たりしてワイワイやってる中、私だけ先に帰るのも嫌だったし、ヤンキーが1番イケてるような価値観で育ったせいか、帰る理由がダサくて言えなかった。だから弟と一緒に家に帰る途中に同級生にばったり会ってしまった時には恥ずかしくて、弟に八つ当たりして叩いたり蹴ったり、泣かせてばかりいた。私だってまだ子供だったし、お姉ちゃんなんだからという母の圧力から逃げたかったのだと思う。だけどしーちゃんはいつだって優しくて、駄菓子屋に寄ってお菓子を買ってあげるのが大人になった気分で嬉しかったと言ってた。どう言い訳しても、自分がしたことは虐待にしか思えず、一度ちゃんと謝罪するために弟と飲んだことがある。大人になった弟は「ぜんぜん覚えてないわ」と言った。「だけど俺、ねーちゃんのこと気持ち悪いくらい好きやったよな?(笑) ねーちゃんの友達が家来てる時もめちゃ嬉しくて、オチない話したらめっちゃしばかれるん分かってるのに何回も部屋行って、結局めっちゃしばかれてたな。」「ねーちゃんに遊んでもらえるん嬉しかったで。」

保育園を出た瞬間急いで帰る意地悪な私を泣きながらおっかけてくる弟の悲痛な「ねーちゃーん!」って声も、生まれたばかりの小さくて柔らかな頭をうすいガーゼでなで洗う時の感触も、兄弟みんなで参加した小さなお祭りの日の嬉しそうな笑顔も、大人になった今の方が鮮明に思い出せる。数日前ベランダにいた時になぜかまた思い出してしまい、辛くなってハンバーグを注文した。
もし生きてる間にタイムマシンができて、一回だけ乗せてもらえるとしたら、あの頃に行きたい。保育園の先生とさよならのご挨拶をした後は、私が思いっきり抱きしめてあげたい。一番来て欲しいお母さんがずっとお迎えに来てくれなかった彼の寂しさを理解してあげたいし、中学生の私に大事なことを教えてあげたい。団地の前の駄菓子屋で、弟が好きだったお菓子をいっぱい買ってあげて、家に着いたら一緒に遊んであげたい。ハンバーグ、重いかもしれない。



ありがとうございます!!
LOUISE通信